澤山画伯の年初の作品より
水銀は我が国では、水俣病の発生によって危険極まりない金属として封印させられてしまったが、丹薬として、あるいは湿度の高い我が国における即身成仏の生き仏・ミイラとなるためにも用いられてきた。古代社会ではもっとも貴重な金属(純粋な状態では液体)であった。
水銀には大別してメチル水銀(金属水銀、蛍光灯、体温計などに用いられている)、無機水銀(硫化水銀、顔料、塗料、朱肉など)、有機水銀(水銀化合物)に分けられ、メチル水銀はタンパク質と相性が良く、生物体内に取り込まれやすい。
水俣病は、工場から短期間に多量に排出されたメチル水銀が解毒システムの構築が追い付かないないままに魚類に取り込まれ、食物連鎖によりそれを常食する人、猫、カラスの体内に蓄積され中毒を起こしたのである。
この水銀が問題視されたのは、グリーンピースによる捕鯨反対運動の際に太地の人たちの体内には異常に高い値の水銀が蓄積されていることが判明したときだった。
しかし、それは大量に水銀を含んだプランクトンを食べるクジラの体内にはセレンという化学物質が生成され無機水銀、メチル水銀の毒性を抑制しているため、それを食べる太地の人たちの体内の水銀には異常に水銀が蓄積されているにも関わらず中毒しないようなのだ。
研究の結果、セレンはクジラの体内の水銀を1:1の割合で結合し、無機化してメチル水銀がある一定濃度以上にならないよう抑制機能の働きをしていることが判明。「月のしずく」でも取り上げてきたクジラちゃんは、どでかいだけではなかったのだ。
映画『おくじらさま』の監督は映画に盛り込めきれない内容を著書の形でこのように残してくれていた。
いかなる藝術も言葉をともなってはじめて完成度の高い人類の遺産となる。私がきのこアーティストに俳句という世界最短詩を奨励するのはそんな意味をもっている。「はじめに言葉ありき」である。
いわゆる辰沙(硫化水銀)は、地表に露出している場合、冒頭の澤山画伯の日本画のような鮮紅色を呈し、その化合物は安定しており無害である。古墳の木棺の下に敷き詰められていた辰沙は、遺体の防腐のためだったといわれている。
すでに古代にあって、こうした露呈した赤土は、辰沙(硫化水銀)の指標となり取りつくされている。今でも神事に赤色の土が用いられることがあるのはその辰沙、ベンガラ(湖沼鉄)の名残りであろう。
『古事記』『日本書記』の世界で活躍する素戔嗚尊(スサノオノミコト)は、朱沙の王と読ませる歴史家もいる。古代、神仙術の世界でこの辰沙がもっとも高貴な金属とされた所以であろう。
今年はこんな画伯の絵画のような辰沙にも出会いたいものである。