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これは二年以上前の施術のおはなしです。
鹿島施術1~香島の神の本つ宮~ 大生神社の後、ひたすら導かれるままに歩きました。 雨がだんだん強くなってきます。 途中で神社を見つけたので雨宿り。 ☆熱田神社☆ 日本武尊、東征の折当地に立ちより、東は鹿島、南向香取、西方遥かに筑波の霊峰を望み、北は北浦に接し展望絶景高燥の地なるを以って戦勝祈願を行ったという。この地にあって尊の命に従い功のあった三十番神を褒め称えた。 村人はその跡を都恵地(築地)と称し祠ありしが、大同元年(806)社殿をつくり日本武尊を祭神とし三十番神を合祀、尊崇した。 延宝3年(1673)水戸藩主・光圀公巡視の折、由来を尋ねられ熱田神社の神号を賜る。 北・・・大生神社がありますね 四方に聖地を置き、中心のこの地で祈願をしたということか 境内には珍しい狛鹿がいらっしゃいました。 雨で薄暗くなっておりましたが、拝殿の前でしばし休憩。 道路を整備した際に近くにあった日本武尊ゆかりの聖なる泉(?)を移動したという内容の話が書かれた石碑がありました。 水脈を移動するのはいかがなものか・・・機能してないんじゃなかろうか? しとしと雨がいつまでたっても止まないので、いくつか作業をした後に出発。 少し歩くと立体交差に至り、そばに池がありました。 ここが熱田神社の境外社のようです。 池のむこうに小さな石の社がありました。 意外なことにきちんと機能しております。 ご挨拶し、しばらく池の前で考え込んでしまいました。 私はこれまで、聖地は元の場所が重要だとばかり考えておりましたが、どうやらそうとも言えなそうです。 なぜ場を移動しても清らかな空気を醸していられるのか? 神主が常駐し浄域として日々整えているわけでもないのに。 もしかしたら場所を移動した時に御神事をされた神職さまがきちんと大地の精霊と対話できる方だったのかも。 これからはこちらを窓口に・・・と話を通したのだろうな。 池の様子を見て一つ勉強になりました。 さらにさらに歩きます。 雨がどんどん強くなり、風も出てきましたので・・・傘もレインコートも意味なし(´;ω;`) 全身びっちょり でもなぜか心地いい。 潮来駅から電車に乗って帰ろうとしましたが、この日千葉市内の駅と線路が大雨のため冠水。 電車がストップしてしまいましたので、帰宅は断念し、成田市内に急遽お宿をとって翌日も施術にまわることにいたしました。 成田施術の話は後回しにして、次は鹿島市内の施術話になります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012.04.20 23:53:41
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