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これは一年以上前の施術のお話です。
後ほどアップする予定の香取施術を午前中に行なってからの鹿島入りでしたので、鹿島神宮駅に降り立ったのは午後三時。 東日本大震災からあまり時間がたっていない頃でしたので、駅周辺はあちこちで敷石がぐっちゃになっておりました。 修復工事の手がまわっていないのは・・・この日もしきりに地鳴りが北から東から鳴り響き、余震も続いていた頃でございましたので、致し方ないのでしょう。 (とはいえ翌日まわった銚子施術で狐につままれたような気分になるのですが^^;) 開いていた観光案内所に入って鹿島市内の地図をいただき、ご挨拶にまわる予定の坂戸神社さんほかへの行き方について聞いてみました。 嬉しいことに観光マップにものっています。 地図を見ながらえっちらおっちら歩いて登ってゆきます。 駅近くのコンビニで坂戸さんへの御供物を購入。(酒とお菓子) 小山の上の住宅地を進みます。 本日もかなりの距離を歩く予定。 夕暮れが迫ってまいりますので最短距離をいくことにいたしました。 住宅街のこの道を進んで・・この林を抜ければ近道だ!! コンクリートで舗装された道をゆきますと、途中であきらかに雰囲気の変わるポイントがあります。 ここから先は次元が違うような(;゚Д゚)! いいのかな?この道で・・・? 空を見ると、大生さんからの応援のように巨大な龍雲が行き先を示してくれていました。 そのまま進んでゆくと、いつの間にやら舗装されているはずの道にセイタカアワダチソウがいっぱい((((;゚Д゚)))) セイタカアワダチソウやら茅やらが背丈より高く育って前方が見えない道をかき分けかき分け、えっさかさ・・・ 林の中の三叉路にでました。 ここで右を取れば最短路だったのですが、 右は両側樹木に囲まれて薄暗く、左は草だらけですが片側が開けていて明るい。 左を選んでしまいまして、ぐるっと迂回するはめに(/ω\) いやぁ~ん゚(゚´Д`゚)゚ さらに草が深くなってくよぉ~ん!! がっさがっさと草を揺らして、坂道を飛ぶように駆け下り、あちこち切り傷だらけになりましたが、 ようやく田んぼのある空間に出たぞお!! よかったぁ(T▽T)やっと人類の営みの香りのする空間に戻れたよぉ まじで、遭難したかと思ったよ 農作業を終えて帰ろうと軽トラに乗り込むご夫婦を発見!道を聞こうと声をかけると・・・驚かれてしまいました^^; 人なんかいるはずのない方向から来たからなぁ(^^ゞ ご夫婦にここから坂戸さんへの最短道を教えてもらってさらに進みます。 どうやら道を間違えていたわけでもないようです。(ちょっととおまわりになっただけ) 今は使う人がいないので、道が荒れてしまった模様。 田んぼの途中から教えてもらったとおり、山に入ります。 この道ももともとは坂戸さんへの参拝路として機能していたらしく、途中にいくつかよい感じのポイントがありました。 でも道は枯れ草でふかふか(*´∀`*) つづら折をいくつか曲がって、上の道に出ました。 左手に坂戸神社さん発見! ようやく到着できたよ(T▽T) ☆☆☆坂戸神社☆☆☆ 鹿島神宮元宮の一つ。(鹿島神宮大鳥居を入って楼門の近く左手に遥拝所があるあの坂戸神社です。) 常陸国風土記によると、 「孝徳天皇・大化5年(649)、当地に神郡を置き、そこに坐した天の大神の社と坂戸の社・沼尾の社との三社を合わせ、総称して香島の天の大神と称える」 とあり、太古からつづく鹿島の聖域であることがわかる。 香島天大神の地は個人的には大生さんだと思っているのですが、風土記の記述では大生の地は郡が違うので・・・この説は保留。 位置関係と龍さん情報によると大生・坂戸・沼尾の三社でよろしいようです。 (もしかしたら鹿島サッカースタジアム建設の際に移動したなんちゃら神社が天の大神の社なのかも!?という思いもちらつくのですが^^) 現在の御祭神は:天児屋根命となっております。 ☆☆☆ 小さなお社ですが、地元の方ばかりではなく呼ばれている方はいるようで、他にも御供物があがっておりました。 私もご挨拶してお酒などを奉納。(はじめてご挨拶するお社さんにはお近づきの印として奉納させていただいています^^) 時間はないのでゆっくりはできませんが、いろいろ伺ってよきポイントを教えていただきました。 近くの国土神社さんにもよりたかったのですがそちらは諦め、坂戸さんの隣の元お寺らしい空間のなんちゃらにもご挨拶し、ご用事済ませて次なる沼尾神社へgo! 注)坂戸神社へのルートは他にもありますよ^^; わたくしめのように鹿嶋神宮駅から最短距離を行こうなどという無茶なことをせずに242か18の大通りからシンプルに行けば大丈夫です。 車でもいけます。 位置は塚原卜伝の墓と鹿嶋サッカースタジアムの中間ちょい南。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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