カテゴリ:未来の石板2
***** 塔の中央を貫く螺旋階段を降りていく二人。 後をついていくルナは、不意にパルフェに話し掛けた。 「パルフェ様、先ほどは申し訳ございませんでした」 「ん? …ああ、気にしなくてもいいわよ」 そう言いつつも立ち止まるパルフェ。 「…でもちょっと変だったわね」 そして振り返る。 「申し訳ございません」ルナはパルフェの目をしばらく見つめてから、 深々と頭を下げた。 (これ以上聞かないでくれ、か) 再び階段を降り始めるパルフェ。 それに続いて階段を降りていくルナ。 無言の二人。 所々に開いている窓から差し込む薄暗い光。 何度か、何十度かその光を浴びて降り続ける。 九階ホールに出た。 ここから下が一般の書庫・閲覧室となっている。 「ふぅ…」 (全く…エレベーター付けて貰いたいわ… 魔法も使えないし…) という感じで一つ大きくため息をつくパルフェ。 ルナを見ると、いつも通りの無表情。 「…」 そんな彼女にパルフェは少し微笑みかけながら、 周りに配慮しつつ小声で話し掛けた。 「またお昼どう?」 ルナは少し目を見ひらいた後、 「…ご一緒いたします」 静かに肯いた。 そしてまた歩きだす二人。 ***** 図書館正面入口前。 「ちょうどお昼前ね」 ずっと前人間界で買った懐中時計を見ながら、パルフェは呟いた。 「それにしてもほんと薄暗いわね」 「はい」 と、ルナは不意に何かを思い出したようにパルフェの顔を見た。 「そうだ、パルフェ様」そう言いながら指を弾いた。 現れたのは小瓶に入った植物の葉。 「?」 「これ、“魔女の爪”です」 パルフェはそれをじっと見つめながら呟いた。 「ああ、聞いたことあるわ」 ルナはその小瓶をそっと差しだした。 「差しあげます」 「ん?」 少し理解できないという表情でルナの顔を見あげた。 「パルフェ様も目のお怪我が…」 パルフェは、感情をほとんど読み取れないルナの表情のうちにも、 ほんの少しだけ優しい目の光が残っているように感じた。 「あ、ありがと。 そうよ、さっきも少しちりっと痛んだのよね。 …でも、いいの?」 「はい、どうぞ」 パルフェはその小瓶を受けとった。 「ん。 それじゃ、使わせてもらうわ」 パルフェが指を鳴らすと、その瓶は霧のように消え、 代わりにほうきが現れた。 「じゃ、行きましょうか」 「はい」 ルナもほうきに腰かけ、二人はいつものレストラン目指して飛びたった。 ***** 夜― 「…」 青白い月が照りつける、ベッドの上。 パルフェは眠れずにいた。 枕許ではトゥトゥが丸まって眠っている。 「よく眠ってるわね」 くすっと笑う。 「…んにゃ?」 トゥトゥが目を覚ました。 「ごめん、起こしちゃった?」 「うん」素直に肯くトゥトゥ。 「パルフェは眠れないの?」 同じように肯くパルフェ。 「…」無言でトゥトゥを見つめる。 「パルフェ…どうしたの? 今朝も元気なかったけど、帰ってきてから… …もっと元気ないよ?」 トゥトゥは心配そうにパルフェに話し掛けた。 「実はね…」昼間の出来事を話し始めた。 「留学してたときそんなことがあったんだ。 初めて聞いた…」ため息を付くトゥトゥ。 「うん」パルフェは寂しそうに微笑んだ。 「…そうなんだ、人間ってやっぱ良くないね…」 トゥトゥがそう言いかけると、 「ううん」パルフェは首を横に振った。 「本当はね、私とその友達との会話、他の人間に聞かれていただけなの」 ちらりと指輪に目をやった。 「私の味方をしてくれた人間も、少なくなかった」 そして指輪を撫でる。 その目と指の動きを、チュチュはじっと見つめていた。 「でもね、その人たちも私と同じ嫌がらせを受けるようになったの。 だから、私は」パルフェはチュチュの顔を見た。 「去った…?」チュチュがそう尋ねると、パルフェは小さく肯いた。 そして続けた。 「私が大学を…その街を去るとき、友達、泣いて謝ってた。 彼女、何も悪くないのに…」 小さく息をつく。 「『あたしがびっくりして大声で“魔女だったの!?”って叫んだからだ』、って」 目を閉じる。 「で、この指輪をくれたの。お別れの印にってね」 再び目を開け、指輪を示した。 「彼女がしていた指輪なの」 プラチナのリングに小さなガーネットが嵌めこまれた、質素ともいえる指輪。 少し曇った石の部分を親指でそっと拭った。 「今日、嘘ついちゃった。 …ううん、嘘じゃないけど。やっぱり嘘。 …もう私にこの指輪を着けている資格はないわ」 そう言って、パルフェは指輪を外した。 「ともだち、踏みにじっちゃった」 ぎゅっと握り締める。 「…」チュチュはその手の甲を静かに撫でた。 「パルフェ…じゃあ、その指輪、あたしが預かってる」 にこっと微笑む。 「そうね」その表情を見たパルフェも、ほんの微かに口許を弛めた。 そして指輪を託した。 「あたしは、パルフェがどんなになっても、 あたしにどういうことをしても… …最後まで味方だから」 「!… …」 パルフェは、微笑んだ表情のまま泣いていた。 「泣かせる…つもりなの?私を」 「もう泣いてるね」 悪戯っぽく呟くチュチュ。 「…これは目が痛いだけよ」 「くすり…いる?」 「…馬鹿」 もう少しで夜が明ける。 また鶏が鳴いた。 ***** 同じ頃、ルナもまた空を見上げていた。 (…) 昼の失態。 (私にしては珍しい…ふふ) 冷ややかな笑みを浮かべるルナ。 (たまにはいいかもしれないな) 「私にも今だ強い感情が残っている…か」 左手を胸の前に差しだした。 真っ白の光がその上に集まり、やがて水晶玉となった。 淡い水色、少し歪んだ球状の水晶玉。 「…魔女、私は」 ぽつりと呟いた。 その時気配を感じた。 「ルナ」 リリの声。 「ん?リリ… 起きてたの?」 リリはすーっと滑るように、ルナの顔の前を横切るように飛び、 ルナの左肩に腰かけた。 「うん。 ルナ…」 「何?」小声で尋ねるルナ。 リリはちらっと一瞬ルナの瞳を見て、月に目を泳がせた。 「…やっぱいい」 ルナは水晶玉をしまい、その左手でリリの額を指で撫で、妖しく微笑んだ。 「うふふ、気になるけど…」 リリはその指にそっと触れ、尋ねた。 「欲しいもの、ある?」 「急ね」そう言って再び空を眺めるルナ。 「ある?」もう一度尋ねた。 「んー… ハナの命かな?」ルナは何気なく呟く。 「…」リリは顔を背けた。 「… 冗談よ、冗談」 リリの反応が思った以上に強かったため、ほんの少し戸惑うルナ。 「あんたがつくるお菓子が食べたいわ」 「…作ってあげるわ、明日」 リリは喉の奥から、搾りだすようにそう呟くと、 部屋へ入っていった。 遠くの方で、「おやすみ」と聞こえた気がした。 「…おやすみ」 ルナはそう言いながら、少し苛立たしげに空を見た。 (リリ…どういうことよその態度は…) いつものように笑っている月。 舌打ちをし、それからその行為を後悔するように小さくため息をついた。 (リリのお菓子か…) 「お菓子… バターとバニラの香り…」すぅっと鼻から夜風を吸いこんだ。 (…どこか懐かしいな) そう心の中で思った瞬間、心の中に何かが生まれた感じがした。 嫌な、強烈な嫌悪感を生み出す、何か得体の知れないもの。 異物で腹の中をかきまわされるような、胃が押しあげられるような感覚。 ルナは急に吐き気を催した。 「うっ…!!」 あわてて洗面所へ駆け込んだ。 「…」 リリはそんなルナを見ないようにぎゅっとかたく目を閉ざした。 嘔吐の音が聞こえる。 耳を塞いだ。 リリは涙が止まらなかった。 (どうすればいいの?) やがてルナが戻ってきた。 リリは自分を覗き込んでいる視線を感じた。 しかし、目を開けなかった。 するとルナが離れていく気配がした。 しばらくすると布が擦れるような音。 ベッドが軋む音。 小さなため息、咳払い。 それから「ごめん、リリ」というとても小さな声がした。 そんな気がした。 五分も経たない内に、寝息が聞こえてきた。 (…私、どうすれば…) リリは、背中を向け丸まって眠るルナを見ながら自問した。 「…」 ふらふらと飛んでいき、 眠るルナの枕もとに座りこんだ。 ***** 火に包まれている建物。 周りには見物人と消防隊。 怒号と叫び声。 そして火が燃えさかり、 建物が崩れる音。 その建物の中にルナはいた。 炎と煙の中、半ば意識を失っているルナ。 小さく呟いた。 「ごめん、ジャン。もう会えない」 梁が崩れてくる。 右半身を押し潰す。 炎がその身を焦がしていく。 やがて白い闇がルナの視界を遮った。 ***** リリは苦しそうに眠るルナの額をそっと撫でた。 その掌が焼け爛れた部分に触れると、一瞬動きを止めた。 そして呟いた。 「魔女になれば…少しは手伝えるのかな… 妖精であることを捨てて… 魔女に…なれば…」 窓からは少しくすんだ月の光が差し込んでいる。 その光に問いかけた。 「どうすれば…いいのかな…」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Oct 21, 2006 11:33:16 PM
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