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ひみつの裏庭

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Oct 21, 2006
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カテゴリ:未来の石板2

*****

塔の中央を貫く螺旋階段を降りていく二人。
後をついていくルナは、不意にパルフェに話し掛けた。
「パルフェ様、先ほどは申し訳ございませんでした」
「ん?
 …ああ、気にしなくてもいいわよ」
そう言いつつも立ち止まるパルフェ。
「…でもちょっと変だったわね」
そして振り返る。

「申し訳ございません」ルナはパルフェの目をしばらく見つめてから、
深々と頭を下げた。

(これ以上聞かないでくれ、か)

再び階段を降り始めるパルフェ。
それに続いて階段を降りていくルナ。

無言の二人。

所々に開いている窓から差し込む薄暗い光。
何度か、何十度かその光を浴びて降り続ける。

九階ホールに出た。
ここから下が一般の書庫・閲覧室となっている。

「ふぅ…」
(全く…エレベーター付けて貰いたいわ…
魔法も使えないし…)
という感じで一つ大きくため息をつくパルフェ。
ルナを見ると、いつも通りの無表情。
「…」
そんな彼女にパルフェは少し微笑みかけながら、
周りに配慮しつつ小声で話し掛けた。
「またお昼どう?」
ルナは少し目を見ひらいた後、
「…ご一緒いたします」
静かに肯いた。
そしてまた歩きだす二人。

*****

図書館正面入口前。
「ちょうどお昼前ね」
ずっと前人間界で買った懐中時計を見ながら、パルフェは呟いた。
「それにしてもほんと薄暗いわね」
「はい」
と、ルナは不意に何かを思い出したようにパルフェの顔を見た。
「そうだ、パルフェ様」そう言いながら指を弾いた。
現れたのは小瓶に入った植物の葉。
「?」
「これ、“魔女の爪”です」
パルフェはそれをじっと見つめながら呟いた。
「ああ、聞いたことあるわ」
ルナはその小瓶をそっと差しだした。
「差しあげます」
「ん?」
少し理解できないという表情でルナの顔を見あげた。
「パルフェ様も目のお怪我が…」
パルフェは、感情をほとんど読み取れないルナの表情のうちにも、
ほんの少しだけ優しい目の光が残っているように感じた。

「あ、ありがと。
 そうよ、さっきも少しちりっと痛んだのよね。
 …でも、いいの?」
「はい、どうぞ」
パルフェはその小瓶を受けとった。
「ん。
 それじゃ、使わせてもらうわ」
パルフェが指を鳴らすと、その瓶は霧のように消え、
代わりにほうきが現れた。
「じゃ、行きましょうか」
「はい」
ルナもほうきに腰かけ、二人はいつものレストラン目指して飛びたった。

*****

夜―

「…」
青白い月が照りつける、ベッドの上。
パルフェは眠れずにいた。
枕許ではトゥトゥが丸まって眠っている。
「よく眠ってるわね」
くすっと笑う。

「…んにゃ?」
トゥトゥが目を覚ました。
「ごめん、起こしちゃった?」
「うん」素直に肯くトゥトゥ。
「パルフェは眠れないの?」
同じように肯くパルフェ。
「…」無言でトゥトゥを見つめる。
「パルフェ…どうしたの?
 今朝も元気なかったけど、帰ってきてから…
…もっと元気ないよ?」
トゥトゥは心配そうにパルフェに話し掛けた。

「実はね…」昼間の出来事を話し始めた。


「留学してたときそんなことがあったんだ。
 初めて聞いた…」ため息を付くトゥトゥ。
「うん」パルフェは寂しそうに微笑んだ。
「…そうなんだ、人間ってやっぱ良くないね…」
トゥトゥがそう言いかけると、
「ううん」パルフェは首を横に振った。
「本当はね、私とその友達との会話、他の人間に聞かれていただけなの」
ちらりと指輪に目をやった。
「私の味方をしてくれた人間も、少なくなかった」
そして指輪を撫でる。
その目と指の動きを、チュチュはじっと見つめていた。

「でもね、その人たちも私と同じ嫌がらせを受けるようになったの。
 だから、私は」パルフェはチュチュの顔を見た。
「去った…?」チュチュがそう尋ねると、パルフェは小さく肯いた。
そして続けた。
「私が大学を…その街を去るとき、友達、泣いて謝ってた。
彼女、何も悪くないのに…」
小さく息をつく。
「『あたしがびっくりして大声で“魔女だったの!?”って叫んだからだ』、って」
目を閉じる。
「で、この指輪をくれたの。お別れの印にってね」
再び目を開け、指輪を示した。
「彼女がしていた指輪なの」
プラチナのリングに小さなガーネットが嵌めこまれた、質素ともいえる指輪。
少し曇った石の部分を親指でそっと拭った。
「今日、嘘ついちゃった。
 …ううん、嘘じゃないけど。やっぱり嘘。
 …もう私にこの指輪を着けている資格はないわ」
そう言って、パルフェは指輪を外した。
「ともだち、踏みにじっちゃった」
ぎゅっと握り締める。

「…」チュチュはその手の甲を静かに撫でた。
「パルフェ…じゃあ、その指輪、あたしが預かってる」
にこっと微笑む。

「そうね」その表情を見たパルフェも、ほんの微かに口許を弛めた。
そして指輪を託した。

「あたしは、パルフェがどんなになっても、
 あたしにどういうことをしても…
 …最後まで味方だから」

「!…
  …」
パルフェは、微笑んだ表情のまま泣いていた。
「泣かせる…つもりなの?私を」

「もう泣いてるね」
悪戯っぽく呟くチュチュ。

「…これは目が痛いだけよ」
「くすり…いる?」
「…馬鹿」

もう少しで夜が明ける。
また鶏が鳴いた。

*****

同じ頃、ルナもまた空を見上げていた。
(…)
昼の失態。
(私にしては珍しい…ふふ)
冷ややかな笑みを浮かべるルナ。
(たまにはいいかもしれないな)
「私にも今だ強い感情が残っている…か」
左手を胸の前に差しだした。
真っ白の光がその上に集まり、やがて水晶玉となった。
淡い水色、少し歪んだ球状の水晶玉。
「…魔女、私は」
ぽつりと呟いた。
その時気配を感じた。
「ルナ」
リリの声。
「ん?リリ…
 起きてたの?」
リリはすーっと滑るように、ルナの顔の前を横切るように飛び、
ルナの左肩に腰かけた。
「うん。
 ルナ…」
「何?」小声で尋ねるルナ。
リリはちらっと一瞬ルナの瞳を見て、月に目を泳がせた。
「…やっぱいい」
ルナは水晶玉をしまい、その左手でリリの額を指で撫で、妖しく微笑んだ。
「うふふ、気になるけど…」
リリはその指にそっと触れ、尋ねた。
「欲しいもの、ある?」
「急ね」そう言って再び空を眺めるルナ。
「ある?」もう一度尋ねた。
「んー…
 ハナの命かな?」ルナは何気なく呟く。
「…」リリは顔を背けた。
「…
 冗談よ、冗談」
リリの反応が思った以上に強かったため、ほんの少し戸惑うルナ。
「あんたがつくるお菓子が食べたいわ」
「…作ってあげるわ、明日」
リリは喉の奥から、搾りだすようにそう呟くと、
部屋へ入っていった。
遠くの方で、「おやすみ」と聞こえた気がした。

「…おやすみ」
ルナはそう言いながら、少し苛立たしげに空を見た。
(リリ…どういうことよその態度は…)
いつものように笑っている月。
舌打ちをし、それからその行為を後悔するように小さくため息をついた。
(リリのお菓子か…)
「お菓子…
 バターとバニラの香り…」すぅっと鼻から夜風を吸いこんだ。
(…どこか懐かしいな)

そう心の中で思った瞬間、心の中に何かが生まれた感じがした。
嫌な、強烈な嫌悪感を生み出す、何か得体の知れないもの。
異物で腹の中をかきまわされるような、胃が押しあげられるような感覚。
ルナは急に吐き気を催した。
「うっ…!!」
あわてて洗面所へ駆け込んだ。

「…」
リリはそんなルナを見ないようにぎゅっとかたく目を閉ざした。
嘔吐の音が聞こえる。
耳を塞いだ。
リリは涙が止まらなかった。
(どうすればいいの?)

やがてルナが戻ってきた。
リリは自分を覗き込んでいる視線を感じた。
しかし、目を開けなかった。
するとルナが離れていく気配がした。
しばらくすると布が擦れるような音。
ベッドが軋む音。
小さなため息、咳払い。
それから「ごめん、リリ」というとても小さな声がした。
そんな気がした。

五分も経たない内に、寝息が聞こえてきた。

(…私、どうすれば…)
リリは、背中を向け丸まって眠るルナを見ながら自問した。

「…」
ふらふらと飛んでいき、
眠るルナの枕もとに座りこんだ。


*****

火に包まれている建物。
周りには見物人と消防隊。

怒号と叫び声。
そして火が燃えさかり、
建物が崩れる音。

その建物の中にルナはいた。


炎と煙の中、半ば意識を失っているルナ。
小さく呟いた。

「ごめん、ジャン。もう会えない」

梁が崩れてくる。
右半身を押し潰す。
炎がその身を焦がしていく。

やがて白い闇がルナの視界を遮った。

*****

リリは苦しそうに眠るルナの額をそっと撫でた。
その掌が焼け爛れた部分に触れると、一瞬動きを止めた。
そして呟いた。

「魔女になれば…少しは手伝えるのかな…
 妖精であることを捨てて…
 魔女に…なれば…」

窓からは少しくすんだ月の光が差し込んでいる。
その光に問いかけた。

 「どうすれば…いいのかな…」





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Last updated  Oct 21, 2006 11:33:16 PM
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