カテゴリ:未来の石板2
早朝、辺境の岩山。
その片隅にある古い石造りの家。 三人の魔女が並んで窓の外を眺めている。 荒涼たる灰色の森。 「今朝は冷えてるね」赤い髪の魔女が寒そうに手を擦りあわせる。 「霜、降りてるわよ」白い髪の魔女が外を指さした。 「今、そんな時期?」黒い髪の魔女が欠伸しながら誰とは無しに尋ねた。 「んなわけない」赤い髪の魔女は首を横に振った。 「何かあるわね」白い髪の魔女がそう言うと、ほかの二人は肯いた。 「でもまだ眠い…ふわぁ」黒い髪の魔女はもう一度小さく欠伸をしながら目を擦った。 「…あたしたちには関係ないわ…」 一番眠そうな表情の黒髪の魔女はそう言うと、わしわしと頭を掻いた。 「ぁあふ… んー…そうね、興味ないし…」 つられて欠伸をした赤い髪の魔女は呟いた。 「もう一眠りしましょう」 白い髪の魔女が促すと、三人は薄暗い家の中に入っていった。 ***** 女王の居城の会議室― 魔女界の全てを議論し、決定する元老院会議が行われている。 女王ハナが最も奥の玉座につき、一段下がってハナの右側に後見人マジョリカ、 左側に摂政にして議長のユキ。 そして女王から見て右手に元老魔女長のマジョスローン、 そしてマジョドン・マジョミラー・マジョプリマ、 左手に元老魔女第二位のマジョハート、次いでマジョサリバン・ マジョリード・マジョパルフェが順に席を占めている。 会議が始まって既に二時間… 「それでは次の議題ですが…」議長のマジョユキが次の議題に移ろうとしたその時、 「女王様」マジョサリバンが手を挙げた。 「はい、マジョサリバン」ユキがそれに応じる。 少し間を置き、マジョサリバンはゆっくりと口を開いた。 「最近、魔女の中に人間に恋をし、魔女であることを捨て、 人間と結婚する者が多くなっていると聞いております」 元老達もマジョサリバンに目を遣った。 ハナはその発言を一瞬反芻した後、静かに肯いた。 「…ええ、それは私も。 ですが」 変わらずにゆっくりとした口調で続けるマジョサリバン。 「はい、私もそれについてとやかくは申しません。 魔女界と人間界との垣根が少しずつ取りはらわれていく… その過程の一つに過ぎないと思います。ただ…」 「ただ?」ハナは無愛想なマジョサリバンの顔をヴェール越しにじっと見た。 マジョサリバンはその視線を鋭い眼光で受けとめ、またゆっくりと口を開いた。 「はい、他者を本気で好きになることを知った魔女達の中には、 魔女同士で互いに愛しあうようになることも」 ひそひそと言葉を交わす元老達。 ただ一人、パルフェだけはそしらぬ顔で紅茶を口に含んだ。 その時ハナが口を開いた。 「どこかいけないところでも?」 ハナは小さく咳払いをして尋ねた。 「人間を好きになる魔女がいるということは、 魔女を好きになる魔女がいても不思議ではないでしょう?」 ハナの発言に対して、また言葉を交わす元老達。 マジョハートは独り言のように言った。 「…まあ、魔女界にはほとんど魔女しかおりませぬからな」 少し離れたところにいるマジョミラーも 「しかたないといえばしかたない、自然なことなのかも」と呟き、紅茶を一口飲み下した。 そのような独り言に対し、サリバンは少し声を強めた。 「そうでしょうか?私にはとても不自然な、歪んだもののように思われますが」 その時、マジョプリマがしなやかな動作で挙手した。 「どうぞ」ユキが促す。 「はい。 …サリバン様、恋愛は様々な形があって当然ですわ。 そのような堅苦しい型に押しはめるのは…」 マジョプリマが少し非難めいた口調で言った。 マジョサリバンは、片眉を僅かに上げて短く尋ね返す。 「堅苦しい?」 「ええ、他者を好きになる感情というのはどこからどう湧いてくるのか分からないもの…」 そんなマジョプリマの意見を、マジョサリバンは皮肉を込めた口調で返した。 「ほう、マジョプリマ。あなたは恋愛に詳しいようですね」 平然とそれを受けるマジョプリマ。 「女優はいろんな経験を糧にするものですわ」 ニヤリと笑ってマジョプリマに詰め寄る。 「では魔女を愛したことも?」 鼻で笑って言いかえす。 「ノーコメント。不粋な質問はお止め下さい」 再びざわめく元老達。 ハナはそこで二人に割って入った。 「はい、マジョサリバン、マジョプリマ。 二人だけで話しない」 マジョサリバンに向かって、ハナは言った。 「魔女同士の恋愛が不自然であるというなら、 魔女が他者を好きになるということそれ自体がもともと無かった… …とまでは言いませんが、決して多くはなかったことでしょう?とすれば」 ふぅっと息を吐き出し、続けた。 「恋愛自体が魔女にとっては不自然な行為とも、言えますよね」 「それはそうですが…」 「それなら魔女が魔女を好きになるのも似たようなものでしょう?」 しぶしぶ肯くマジョサリバン。 「女王様」 半分居眠りしているマジョスローンの隣で、マジョドンが挙手した。 「なんですか?マジョドン」 「…深すぎる愛情は、裏返れば強い憎しみに変わることもあります」 噛みしめるようにマジョドンはそう言った。 ハナは少し驚いた表情を浮かべ、それから微かに微笑み、肯いた。 「うん、そうですね」 (トゥルビヨン様のこともあるし…) ハナは、今は人間界で暮らしている先々々代の女王の故事を思い出した。 (どれみたちと一緒に、トゥルビヨン様を悲しみから救って…) 「あ」 (…ママたち、もういない) ハナは気付いた。 (今の私、トゥルビヨン様と同じなのかな…) 「…女王様?」ぼーっとしているハナに声をかけるユキ。 「あ」ハナはびっくりしたようにユキの方を振り向いた。 元老達を見ると、皆こちらを向いている。 中には怪訝な視線を送る者も。 ハナは急いで考えをまとめ、それから徐ろに言った。 「愛が有れば憎しみも生まれる。 しかしそれもまた自然…そのように考えます…」 「では女王様は愛や憎しみという感情がもとで、何か事件が起こっても…?」 今度は表情を引き締め、ハナは声を強めた。 「問題が別のような気がしますが、否定はしません。 …実際にすでに数件起こったとも聞いています、ね?パルフェ」 末席で肯くパルフェ。 「はい。私のもとには幾らかそのような情報が」 マジョドンは苛立たしげに呟いた。 「ならば…」 ハナは首を横に振る。 「いえ、私は止めようとは思いません。それは仕方の無いことでしょう」 「仕方ない…ですと?」 そう呻くマジョドン。 「むしろそれをフォローすること、出来れば…悲しい出来事が起こるその前に、 当事者たちの話を聞いてなんとか解決する方へ向けるのが、 我々のなすべきことだと思います」 「…」合点がいかないという様子で黙りこんだ。 マジョサリバンは冷ややかな表情でハナに詰め寄った。 「それは現実的に不可能では? 魔女界に魔女がどれほどいるのかご存知の筈」 ハナはその冷たい視線を真正面から受けとめ、切り返した。 「魔女を好きになる魔女は、まだそれほど多くはないと聞きます。 それに、最初から不可能と決めて諦めるのは好きではありません」 「…」 (好きではない、か)マジョサリバンは小さく鼻で笑った。 マジョドンは押し殺した声で呟いた。 「しかしいずれは」 そのマジョドンの言葉を遮って、ハナは言った。 「そうなったとき、考えればよいでしょう」 ますます語気を強め再び詰め寄るマジョドン。 「女王様、それでは遅すぎるのでは?」 苛立ちを隠さずに、しかし穏やかな声で答えるハナ。 「今考えるのは早すぎます」 「女王様!」 声を荒げるマジョドン。 その表情を、ヴェールの奥から睨みかえすハナ。 マジョハートは呆れた口調で二人を宥めた。 「マジョドン! …それに女王様も」 ハナは気を鎮め、一つ深呼吸をしてからハナはマジョハートに謝った。 「…ごめんなさい」 マジョドンはマジョハートを睨んでからそっぽを向いた。 「ふん」 今まで目を閉じて議論を聞いていたマジョリードが、落ち着いた声でハナに質した。 「…ともあれ、女王様は魔女同士の恋愛に関しては肯定なさる」 「はい」 二呼吸おいて、もう一度マジョリードは尋ねた。 「昔の人間界において、同性愛は罪だという考え方も…」 肯くハナ。 「知っています。しかしここは魔女界です」 マジョリードは小さくため息をついて続けた。 「わたくしは…参考とすべきではないか、と申しあげているのですが」 「ええ、参考にはすべきでしょうね」 ハナはふぅっと息を吐き出し、マジョリードの顔を見た。 まっすぐにこちらに向けられた視線。 冷徹だが、誠実な目。 ハナは続けた。 「…ただ、人間界と魔女界とでは、その背景がまるで異なります。 そのことを念頭においておかねば、それは単なる魔女の人間化」 直ぐさまマジョリードは反論した。 「それならば、魔女が他者を本気で愛し、本気で憎む。 これもまた魔女の人間化ということではありませぬか?」 「ち ハナが再反論しようとした時、パルフェが挙手した。 「ハナ様」ユキはハナの方を振り返る。 肯くハナ。 「どうぞ、パルフェ」ユキが発言を促した。 「マジョリード様、人間と交流を持つ以上、人間化ということは 多かれ少なかれ避け得ない事象。 しかしその変化は、魔女そのものの…いわば自発的な変化。 それは人間の側でも同じ事が起こっていると思われます」 「…思われる…か。 根拠は?」 「留学生の証言、それに各地のMAHO堂からの報告など… なんなら次回の会議までに資料を揃えますが」 そう言ってリードの顔を見た。 マジョリードはしばらくパルフェの顔を見てから肯いた。 「…そうだな、そう願おう」 「了解しました。ともあれ…」 パルフェはメモを取りながら続けた。 「魔女自身が自発的に変わっていくのと、 人間達の勝手な決め事を魔女の世界に持ってきて、 援用するのとでは問題が異なるのでは?」 しばし考えこむマジョリード。 「…ふむ。 人間界の決まり事を持ってくるのは単なる異物。 桜の木に梅を接ぎ木するようなもの…か」 肯くハナ。 「それに対し、魔女そのものが変わるのは… 咲く場所の土質に応じて色を変える紫陽花のような… …いや、これは少し違うか」 マジョリードはふふっと微笑んだ。 ハナはそんなマジョリードに目を遣り、それからパルフェの方を見た。 ちらっと視線を交わし、またメモを見るパルフェ。 「ありがとうパルフェ」 パルフェはハナの方を向き、軽く会釈した。 「…それにしても」 そんなパルフェを見つつ、マジョリードは続けた。 「ただやはり問題となるのが、愛と裏返しの憎しみの問題。 特に我々は魔法を持っております」 「はい」 「したがって憎しみの感情が芽生えたとき、その害毒と申しましょうか… 被害は計り知れぬものになりませぬか?」 マジョドンが質した。 「感情を爆発させたときどうなるかわからぬ、ということ…か?」 「ええ」 マジョドンとマジョリードはハナを見た。 ハナはその視線を受けて、少し考えた。 やがて口を開いた。 「それは…自省を求めるしかないでしょう」 「女王様」 その時、マジョスローンが細い目を薄く開いて言った。 「…女王様、問題が堂々回りしておるようですね。 一旦ここでこの議題は打ち切りませぬか?」 そう言って、この話題を切りだしたマジョサリバンに視線を送った。 マジョサリバンも、仕方ないという感じで肯いた。 また互いに言葉を交わす元老達。 しばらくしてマジョハートがハナに進言した。 「女王様、一旦休憩になさっては?」 肯く元老達。 その様子を見てハナは宣告した。 「…そうですね。 では一旦休憩を入れましょう」 そしてマジョスローンの顔を見た。 マジョスローンもそれを見て微笑んだ。 「では、クロックフラワー2つ分の間、休憩とします」 午後2時47分、 元老院会議は1時間の休憩に入った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Dec 16, 2006 09:44:12 PM
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