カテゴリ:未来の石板2
「…女王様はどうお考えか?」マジョハートは突然ハナに質した。 ぴくっとヴェールが揺れる。 「え?…ああ、そうですね」 その声色からも明らかに動揺が見られる。 「…人間を元老院に入れるのも…」 ハナは思わずそう呟いてしまった。 「… …は?」自分の耳を疑い、思わず声を上げるマジョハート。 元老たちも意外な回答にざわめいた。 「女王様?」 ユキは驚いた表情でハナを見た。 マジョリカも不審の目を向けている。 その二人の、そして元老たちの視線に気付いたハナは、 自分の発言がおかしかったことに気付き、慌てて訂正した。 「あ…ああ、そうではなく… そうですね。これから議論する必要があるかもしれません…」 ハナの声が途切れると、歪んだ沈黙が会議室を覆った。 誰もが明らかな違和感を感じながら、その違和感がどこにあるのか分からない、 それを模索しているような沈黙。 「…ともあれ」マジョドンがその沈黙を破った。 「女王様はこの魔女ガエルの肩を持つおつもりなのですな?」 「肩を持つ…? マジョドン、その言い方は少しおかしいでしょう」 「どこがですか?」強気な口調で尋ね返すマジョドン。 「私は皆を信頼していますが、かといって誰の肩も持っていません」 そして小さく息を吸う。 「ただ、今の魔女界は昔の…先代の女王様の頃と比べても変わった」 ちらっとユキを見る。ユキも小さく肯く。 「…ですから、魔女界の体制も、すこしずつ変えていく…」 再び弱々しく息を吸い、そして吐き出しながら続けた。 「いいえ… それは性急だとしても、議論は行っていく時期に入ってきているように 考えます…」 その様子をじっと見ていたマジョリードは目を閉じて考える。 (やはり、女王様…) ゆっくりと目を開け、左前方でハナを睨むマジョドンに目をやり、 それから書類に目を通しているパルフェに視線を移した。 そしてまた目を閉じた。 (決断せねばなるまいか…?) 「しかし変えたのは女王様、あなた自身がなされたことですぞ?」 マジョサリバンが念を押すように確認を求めた。 「…ええ。それはわかっています。 ですから、なおさら…」 そんなハナをじっと見つめているマジョリカは心の中で肯いた。 (ふむ) 「マジョサリバン様」 そして再び口を開いた。 「先々々代の女王様の呪いが解かれた以上、 遅かれ早かれ人間界との繋がりが深まるのは自然… 女王様はその決断をなされたのですぞ? それを詰るような口調で…」 「私は詰るつもりで言ったわけではない」平然と答えるマジョサリバン。 「ただ確認しただけだ。 そなたこそ、先のマジョドンの言ではないが、 虎の威を借るなんとやら…」 「カエルじゃ」そう言ってマジョリカを嘲るマジョドン。 マジョリカは表情を変えずに、しかし強い口調で非難する。 「侮辱するにもほどがある!」 マジョドンも負けじと言いかえす。 「何をいうか、この佞臣め!」 それに肯きながらマジョサリバンが静かに言った。 「女王様を嗾けたのはマジョリカだと聞いている」 マジョリカは表情を険しくし、マジョサリバンを睨んだ。 「マジョサリバン様こそ、試験官魔女の削減に対して 逆恨みしておられるのではありますまいか?」 「何!?」 マジョリカとマジョドン、それにマジョサリバンも加わって 掴みかからんばかりの口論が始まった。 その途端。 かん!! 突然甲高い音が響いた。 杖の石突きが床板を激しく叩く音。 マジョスローンが険しい目つきで一同を睥睨する。 静まり返る元老達。 「…女王様」 マジョスローンがゆっくりと口を開いた。 「これは議論というより、ケンカです。 今の状態では、まともな議論はできないでしょう」 マジョスローンはハナを見た。 「今日はここで打ち切っては如何でしょうか? 頭を冷やして考えねば、考えもまとまらないでしょう」 そういうと、頬を緩めた。 先の険しい表情とは一転した、優しいおばあちゃんの顔。 「そうですね」 ハナもゆっくりと肯き、それに同意した。 そしてユキに促した。それを承けてユキは宣言した。 「…本日の定例元老会議はここまでとします。 解散してください」 ハナが部屋をあとにすると、それに続いて元老達も上位の者から退出していった。 パルフェも書類をまとめて立ち上がろうとした時、 「パルフェ」マジョドンがパルフェを呼びとめた。 「パルフェ、前の話だが」 「はい、分かっております」すぐさま答えるパルフェ。 「…マジョリカを追い落とす」低い声で耳打ちする。 「それは計画のうちに入っておりますので、御心配なく」 「そうか、よろしく頼む」 「もちろん。 ただ…」 「ん?」 「その件に関しましては、城内でなされませぬよう。 どこに何があるか分かりませぬ故」 「うむ、そうだな。 気をつけよう」 そうしてマジョドンも帰っていった。 (…)その背中に冷たい視線を送るパルフェ。 そして小さく「ふぅ…」と溜め息をつく。 と、その瞬間、不意にルナが現れた。 「パルフェ様、お疲れさまでございました」 「!? …ああ、ルナ。 もう…びっくりさせないでよ」 「申し訳ございません」素直に謝るルナ。 「ま、いいわ。 お待たせ」 「はい」 廊下を歩きだす二人。 女王城を出るまでは無言。前庭に出たところでパルフェは口を開いた。 「マジョリカがとうとう元老院の削減案を切りだしたわ」 「ほう」 「マジョドンがすごい怒ってね」 「でしょうね」くすっと微笑むルナ。 しばらく歩いて、城をの領域外に出た。 そこで二人は一旦立ち止まった。 「で、どう攻め崩すお考えですか?」 「ええ」肯くパルフェ。 「隙はある。マジョリカと前女王、ユキ様との間に、ね」 そう言って指を弾くとほうきが現れる。パルフェは静かに腰かけた。 「どういう?」そう言いながらルナもほうきを取りだす。 「…簡単に言うとね、双頭の蛇」 パルフェはそう言いながら両手の人指し指をくるくると回した。 「ほう」ルナもほうきに腰かけ、二人はゆっくりと浮かび上がった。 「…女王を補佐するという、よく似た職掌を司るのが、二人いるの。 摩擦が起きないほうがおかしいでしょう?」 「違う方向を向けば」 「ええ。胴体は真っ二つ」その指をパチンと弾くと、銀色の火花が散った。 二人はいつものカフェに向かい、ゆっくりと飛び始めた。 「…そしてその二人の調整をしているのが、マジョリズム」 「マジョリズム…」 「彼女は私の友人…だから人となりはよく知っている。 真面目な人よ。融通きかないところがあるけど、控え目であまり我は強くない。 二人の間をよく取りもっているわ。だから摩擦には至っていない」 パルフェは目を閉じた。 「それに、実際の影響力は…私が見る限りはマジョリカ・ユキ様よりも上ね」 「とすればマジョリズムを外せば」そんなパルフェをじっと見つめる。 「そう。マジョリカとユキ様の間には摩擦が生じる」 少し悲しそうに呟くパルフェ。 「ふむ。それにハナの力も落ちる」ルナは肯いた。 「ええ」 目を開け、パルフェは続けた。 「ただ…問題は味方ね」 「?」 「マジョドン、利に聡いのはいいのだけれど、それを表面に出しすぎる。 また気性も激しい。 操りやすいけど、毒になる」苦笑するパルフェ。 「邪魔になれば切り捨てれば」ルナはさらっと言った。 「そうしたいのは山々だけど、たぶん無理」 「…何故に?」わざと尋ねるルナ。パルフェはくすっと笑って答えた。 「魔女界の経済を牛耳っているからよ」 その答えにルナも微笑む。 「ですね。敵に回すわけにはいかないし、切ろうにも一筋縄ではいかない」 「ええ」 「とすれば…誰か同じ“畑”に…マジョドンの敵になるようなのを作って…」 「…孤立させる?」 「ふふふ…」ルナは掠れた声で笑った。 「マジョドンのライバルになりそうなの、誰かいる?」 「…東地区元締めのマジョラクスはマジョドンと対立しております」 「調査、早いわね」 「いつも飛び回っておりますので」 「ご苦労様」くすっと笑うパルフェ。 「じゃ、そっちの方もあたりをつけとくべきね」 「お任せ下さい」 「うふふ…お願い。 そういえば、もう一つ…」 パルフェは、午前中に為された魔女同士の恋愛に関しての議論を ルナに話した。 「そのような議論も…」 ふと三人の魔女を思い出しながら呟くルナ。 「ええ」 「愛ですか」 「ん?ルナ興味あるの?」ちょっと艶っぽい視線で見るパルフェ。 「無いといえば、嘘になります」感情無く即答するルナ。 「そうなんだ」くすっと笑うパルフェ。 しかしルナは言った。 「ですが、それは負の関心」 「負?」 パルフェは少し眉をひそめる。そして怪訝な表情で尋ねた。 「どういうこと?」 「私は、“愛”で少なからぬものを得ました」 「ええ」少し不安そうな微笑みでルナを見るパルフェ。 「でも、それ以上に多くのものを失いました。 そしてそれらは…もう取り返しのつかない…」 そう言って目を閉じるルナ。 「え?」 「そういうことです」 「よく…わからないんだけど…」すーっとルナの近くにほうきを寄せる。 薄く目を開け、小さな声で呟いた。 「これ以上は、言いたくありませんので」 「そう」 「すみません」 「…謝られても、困る」 そう言いながらパルフェはまた少し距離をとった。 (…昔負ったケガと関係があるのかな) パルフェはそう思った。 じっとルナの右肩を見る。 その心配そうな、疑いの念を孕んだ視線を受けたルナは、思い出したように呟いた。 「そうだ。 …また魔女の爪とってまいりました」 そしてほんの少しだけ、笑った。 その表情の変化に、パルフェは少し驚いたが、同時に安心もした。 「あ、ありがと。あれよく効くわね」 「そうですか」そう言うと、再び口許を緩めた。 その口許を見つめながら、パルフェは思った。 (ルナ、あなたがよくわからない) ルナを見ないようにするため、パルフェは下を向いた。 「…着いたわ」 地面に降り立つ二人。ほうきを片づけながら、 パルフェは黙って空を見上げた。 魔女界特有のピンク色の空。 たまに色が薄くなる。 そこにたゆたう小さな雲達。 ルナも空を見上げた。 小さな雲達は寄り添って、大きな雲の塊を形作る。 しかしその脇には、その大きな塊からどんどん外れてゆく無数の雲。 次第に他の塊になってゆく。 またそれはくっついたり、離れたり。 いつしか二人は無言で空を見ていた。 言葉を交わさず、ずっと。 (雲の陰が濃い) ハナもまた空を見上げていた。 「女王様、どうかなされましたか?」 秘書のテキパキが尋ねる。 「お加減でも?」 同じく秘書のテキも心配そうにハナの様子を窺った。 「大丈夫、ただ、雲を見てただけよ」 「雲…」りずむも見上げた。 淡い五色の光で覆われた灰色の雲。 空そのものが明滅しているような感じ。 「雨、でしょうか」 テキパキが早くも傘を用意する。 「あはは、テキパキ早いわよ」 ハナは笑ってそう言った。 「あ、申し訳ございません」 「もう…」テキはそう言いつつも、自分も出そうとしていた傘を 背中の後でこっそり隠した。 「あ」目聡くそれを見つけるテキパキ。 「あんたもじゃない」 「う、見つかった」 ハナはまた笑った。それにつられてりずむも。 そして、テキとテキパキも苦笑い。 「そういえば人間界は今梅雨で…」 「懐かしいなぁ…私がいた頃も梅雨あったよねー」 「ええ。もう少し遅かったですが、昔は」 「うん。六月頃だっけ」 … そんな何気ない会話が交わされる。 ハナは硬く強張った心がほんの少し和らいだ、そんな気がした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Dec 27, 2006 09:56:20 PM
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