テーマ:パワハラ・セクハラ(49)
カテゴリ:パワハラ
飼い犬というのは、
家のなかで誰が一番エライのか、 つまり「家長」が誰なのかを理解しているそうです。 もともと犬は、集団のヒエラルキーを察知できるのですね。 日本社会における「空気を読む能力」というのも、 平たくいえば、犬と同じように、 集団のなかのヒエラルキーを察知する能力のことです。 その集団のなかで、 誰の立場や意見に従うべきかを、その瞬間ごとに判断している。 そして、それになびいていくわけです。 しかし、逆にいうと、 「空気しか読めない人たち」というのは、 そういう権力関係の中でしか行動しないために、 合理性ではなく、つねにヒエラルキーだけに従って、 あらゆる物事を判断・決定してしまいます。 いわば行動原理が「犬並み」なのです。 ◇ とりわけ「空気しか読まない組織」というのは、最悪です。 組織自体に、 合理的な判断がまったく機能しないのです。 いくら組織のなかに合理的な判断のできる人材がいても、 その判断は、つねに空気のなかで押し潰されてしまう。 いまの日本の組織が軒なみ機能不全に陥っているのは、 それが空気しか読めない集団で構成されていたからです。 ◇ 学校でも、職場でも、 「協調性」「素直さ・従順さ・物分かりのよさ」 「目上の人への敬意」「コミュニケーション能力」 みたいな類の行動規範ばかりを重視しすぎた結果ですね。 そんな人材ばかり育てていたら、社会が劣化するのは当たり前なのです。 ちなみに本来の「コミュニケーション能力」というのは、 異質な他者と意思疎通をはかる能力のことであって、 同質的な集団の内部で空気を読む能力のことではありません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020.07.10 04:53:44
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