カテゴリ:岸辺露伴と小泉八雲。
滝沢馬琴(=正しくは曲亭馬琴)は、
里見氏の内紛があった「犬掛合戦」の地を舞台に、 いわゆる「八犬伝」の物語を書きました。 …ときは室町時代です。 南房総の「犬掛いぬかけ」に生まれた八房ヤツフサというワンちゃんが、 結城合戦に敗れた里見氏の生き残りの伏姫と結婚。 そこから仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の8つの霊玉が生じ、 その玉をもった「八犬士」が里見氏再興のために活躍する物語。 ◇ なお、 南房総の「犬掛」とは別に、 鎌倉にも「犬掛(犬懸)」という同じ地名があります。 どちらの地名も、狩りで犬が駆け回ったのが由来とのこと。 犬は、武士の狩りにおいて、 獲物を追うだけでなく、 標的として追われる側にもなったそうです(T_T) ≫≫ 徳川綱吉=名君説。 ちなみに、 鎌倉の犬掛を拠点にしたのが「犬懸上杉氏」で、 この一族は、憲房、朝房、持房…というように、 その名前に「房フサ」の字を受け継いでいました。 もしかしたら「八房」というワンちゃんも、 《八つの黒斑くろぶちがある》とか、 《八徳をもたらすフサフサの犬》というだけじゃなく、 犬懸上杉氏との連なりがあるからこその名前なのかも。 ただし、 犬懸上杉氏の血を引く上杉持房は、 結城合戦では里見氏と敵対しました。 ◇ 鎌倉の「犬掛」と南房総の「犬掛」は、 何か関係があるのかしら? なんとなく頼朝と因縁がありそうな気もする。 源頼朝の巻狩、義経の愛犬、北条義時と白犬など、 鎌倉幕府にも犬がらみのエピソードがかなりあります。 ≫ 和樂web:犬犬犬犬犬だらけ!「南総里見八犬伝」 ≫ サライ:犬で栄え犬で滅んだ北条氏 ◇ 露伴先生の飼い犬の名は、なぜ「馬琴ちゃん」なのか。 幸田露伴は、滝沢馬琴について、 「日本文学史上の最高の地位を占めている」と述べ、 八犬伝の校訂の仕事などもおこなっています。 泉鏡花の作品にも、 やはり馬琴からの影響があって、 彼の金沢の自宅には、 犬がらみの草紙をコレクションしたものが、 通称「八犬伝の箱」の中に収めてあるそうです。 ≫≫ 泉鏡花記念館:職員ブログ あらためて考えてみると、 荒木飛呂彦の「岸辺露伴は動かない」という作品は、 そのマニエリスム的な志向を、 幸田露伴や泉鏡花の擬古典主義へ寄せたものなのですね。 いわば"日本風バロック"なのだと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.02.09 23:14:47
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