カテゴリ:音楽・映画・アート
NHKの100分de名著「シャーロック・ホームズSP」を見ました。
わたしのお目当ては、 1887年の「緋色の研究」(A Study in Scarlet)です。 ホームズシリーズの第1作だけど、 以前から、このタイトルの意味を知りたかったのよね。 でも、残念ながら、 それについての言及はなかった。 ◇ フリッツ・ラングが、 ジャン・ルノワールの映画「牝犬」をリメイクしたとき、 かなり"イヤミス"っぽいフィルムノワールにアレンジして、 タイトルも「緋色の街」(Scarlet Street)と改めたのだけど、 おそらく欧米では「スカーレット=緋色」というのが、 ゴシックロマンス世界を象徴する共通イメージなのだと思う。 そして、その元ネタは、 たぶん米国のナサニエル・ホーソーンが書いた、 1850年の「緋文字」(The Scarlet Letter)じゃないのかしら? …ってなことを、 以前、シネマレビューのほうに書いたんだけど、 https://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?SELECT=24063&TITLE_NO=15518#HIT それと同じことが、ホームズの第1作にもいえる気がする。 ◇ スカーレット=緋色というのは、 ナサニエル・ホーソーンの小説では、 ピューリタンの社会が、姦通した女性の服に、 その罪を刻印した際の「A」(=adulteress)の文字色です。 かたやコナン・ドイルのホームズ第1作では、 恋人を一夫多妻制だった初期モルモン教会に奪われた男が、 血で壁に「RACHE 」(=復讐)と書いたときの色です。 この小説の原題「A Study in Scarlet」は、 日本では「緋色の研究」と訳されてきたけど、 英語の「study」は仏語の「étude」と同義であり、 絵画なら「習作」、音楽なら「練習曲」と訳す言葉なので、 邦題を「緋のエチュード」としている訳もあります。 コナン・ドイルとホームズにとっては、 謎解きの対象となった米国のゴシックサスペンス事件が、 いわば「緋色のエチュード」だったのかもしれません。 ◇ そしてフリッツ・ラングの映画では、 通りの名前が「Scarlet Street」なのです。 原作の「牝犬(La Chienne)」は、 パリのモンマルトルを舞台にしてますが、 フリッツ・ラングの映画では、 それをNYのグリニッジ・ヴィレッジに移してる。 モノクロ映画だから分からないけど、 グリニッジ・ヴィレッジは赤煉瓦の町だから、 それにちなんで「Scarlet Street」としたのでしょう。 (実際にそういう呼称があるかどうかは不明) ◇ 思えば、 マーガレット・ミッチェルの「風と共に去りぬ」が、 ヒロインの名前をスカーレット(Scarlett O'Hara)にしたのも、 南部ゴシック的な世界観を暗示してのことかもしれない。 ちなみに、 ナサニエル・ホーソーンの「緋文字」は、 17世紀の北東部ニューイングランドの物語ですが、 コナン・ドイルの「緋色の研究」は、 19世紀、南北戦争前の西部ユタ州の物語で、 マーガレット・ミッチェルの「風と共に去りぬ」は、 19世紀、南北戦争下の南部ジョージア州の物語、 …ってことになるかと思います。 ◇ 余談ですが、 現在の日本では、 あまり「緋色」という言葉を使いません。 もともとは「火色」が転じたものらしく、 すこし黄味がかった赤のことなのだけど、 一見しただけでは、 たんなる「赤」としか思えないし、 せいぜいのところ「濃い橙色」とか、 あるいは「赤味の濃いオレンジ」って感じです。 そして、 紛らわしいのはバイオレットとの区別なのよね。 バイオレットは青紫/菫色のことだから、 本来はスカーレットとまったく違うのだけど、 日本では、 桑名正博の「セクシャルバイオレットNo.1」のせいで、 セックス&バイオレンスからの語感的な連想があり、 バイオレットのほうがどぎつい色と思われがちだし、 かなり"赤寄り"に誤解されてる感じもある。 松本隆の書いた歌詞は、 《情熱の朱/哀愁の青》《ときめきの赤/吐息の青》と、 赤と青の混じった色と言ってるだけですが、 ジャケットデザインはあきらかに"赤寄り"の紫です。 欧米人がスカーレットに託す暴力的なイメージは、 日本人がバイオレットに抱くイメージに近い気がする。 ちなみに、 桑名正博の曲のタイトルは松本隆の発案ではなく、 CMソングを依頼したカネボウ側の提案だったらしい。 追記: ▽こんな考察記事がありました! https://itukami.lampmate.jp/study-of-scarlet コナン・ドイルの「緋色 /Scarlet」の由来として、 ギリシャ神話由来、聖書由来などの説が紹介してあります。へええ~。 ▽こちらの論文によると、 https://www.jiu.ac.jp/files/user/education/books/pdf/841-73.pdf もともと日本の「緋色」には、 明るい赤(スカーレット)&暗い赤(茜色や赤紫)の2系統があり、 フランス語の「pourpre」の訳語にもなってるらしい。へええ~。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.01.27 04:01:47
[音楽・映画・アート] カテゴリの最新記事
|
|