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テーマ:「愛」・「命」(2722)
カテゴリ:木の葉の隠れ里(大阪市大正区の紹介)
今朝の駅前街頭演説
毎週水曜日、朝8時から、JR大正駅前で演説をしている。 今朝のテーマは「子供重視の政治を」 昨日の加古川の女児刺殺について 原因のひとつに 子供に対する社会の考え方が影響しているのではないか? 現在の少子高齢化にもみられるように 子育て、子作りが、若い夫婦から敬遠されていることも遠因としてあると思われる。 子供を作り育てることに対して、いまの社会は非常に厳しいものがある。 拙者も4人の子育てをしたが レストランや映画にしても子連れでは非常にハンディがあることを実感した。 少し前の 自分たちの時間を優先して子供をつくらない ディンクスと呼ばれる夫婦関係が流行した。 いわば、これから結婚するあるいは結婚した若い人にとって、子供は邪魔者という考えだ。自分たちの時間を大切にしたいということだ。 拙者は昭和25年に生まれた。 ベビーブーマーである。 石を投げると、必ず、何人かの子供に当たるほど、地域に子供があふれかえっていた。 しかし同時に どの家にも爺さん婆さんが居た。 三世代同居が普通だったからだ。 しかも、お年寄りと呼ばれる高齢者たちは いまのように家に引きこもることなく 玄関前に、縁台を起き、将棋を指したり、地域の子供の遊び相手になっていた。 どこの子供かというのも、日ごろからわかっていることもあって 子供が転倒して、ひざをすりむこうなら、すぐさま、赤チンなどで処置をし、親元に連れてきてくれた。 両親とも仕事で不在ならば、食事もさせてくれたほどだ。 地域では子供は、まさに宝であり、 住民全体で、大事にされていた、そんな記憶がある。 また、子供の持つ疑問に対しても お年寄りを中心にして、地域の大人たちは懇切丁寧に答えていた。 火影の生まれた大正区三軒家地域では、焼け残った家が多く 太平洋戦争中の大阪大空襲B29の焼夷弾の話ばかりだったが・・・ 厳しくつらかった時代が過ぎ、朝鮮動乱の特需景気もあって 大阪の町は明るく、希望に満ちていて 将来をになう子供たちには、大いに期待されていたこともある。 火影の住む大正区は、地域全体で子供を育てるという、輝かしい伝統のある街だ。 数多くの台風被害にたいする自治自衛の関係で 行政に頼らない町会組織があり、行政はその組織を日赤奉仕団として追認しているほどである。 数年前、池田の教育大付属小学校での子供の受難事件が発生したと同時に、小学校の登下校時、住民が交代で防護する「子供見守り隊」が発足。また、住民による青色パトロール隊を結成、地域を巡回している。 今回事件のあった加古川市でも同様の町会組織があり、事件発生の1時間後の19時から、住民による防犯パトロールが開始される矢先だったそうだ。。 また急遽登下校時に保護者が付き添うことになったらしいが。このたびの教訓が生かされることを祈りたい。 いずれにしろ、子供を守ることは、大変な手間隙そして努力が必要だ。 この意味で、政治そのものが 子供を宝として、扱う必要がある。 子育て、そして子供の命の安全は、国を挙げて取り組むべきだ。 (1)義務教育の無償化にならって子育て費用の無償化、 (2)子育てをした者に功労金として子育て年金を支給 (3)妊婦救急・小児救急の充実 (4)公共機関・娯楽施設など子連れ割引の普及 ・・・・等々 その財源は いずれ、子供が無事成人すれば、働いて返済してくれる。 同時に、現在の親の世代の老齢年金も、この子供たちが負担してくれることになるからだ。 日本は天然資源が少ない。あっても有限だ。 かつて、教科書に掲載されていた生産手段である加工貿易も、いまは中国に移ってしまったし、大変な公害をも産み続けている。 しかし、人智は無限である。しかもどこまでも地球環境に優しくすることが可能だ。 子供たちの才知そのものが、われわれを含めた日本人の飯の種となることを期待するしかない。 ごく普通の家庭に生まれた一人の子供が、 なんら、地球資源を消費することなく、ソフトウェアと呼ばれる智恵の塊だけで 年間4兆円以上の富を稼ぎ出し続け、国家財政に貢献する例もある。アメリカマイクロソフト社のビルゲイツのように。 子供は、まさに宝である。 そのような認識と価値観が、社会普遍のものとなるならば 自身の飯の種、金づるである 子供に、宝に 危害を加えようと思いつく者は、いなくなるはずだ。 それが今回のような悲劇の再発を防ぐ有効打であると考える。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007年10月18日 17時33分28秒
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