くまんちゅな日々♪
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majyoちゃん
クリーニング店を一人で切り盛りしていたまじょです。 2013年7月でお店を閉店して脱サラじゃなくて、脱お店? 今はのんびりとお仕事しています。
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今日は、台風18号の上陸に伴い、市内の学校はすべて休校に~ それをいいことに、我が家は夕べ、夜遅くまでテレビに釘付けだった。 フジテレビのベストハウス123 秋の特大スペシャル 最後に、出演者がみんな号泣してしまった。私も・・・号泣。 壮絶!闘病人生 命を燃やして残したメッセージBEST3 ベスト1で、最後に登場したのが、 脳腫瘍と闘い、12年の短い生涯を終えた本田紘輝くん。 彼は、自分の中の怒り悲しみ、そして希望を絵の中に込めた。 今のまっしーと同じ年の8歳で病気が発症し、 かのんと同じく絵を描くことが大好きだった紘輝くん。 うちの子たちと重なりあう部分があって、それだけも胸が締め付けられる。 8歳から4年間、抗がん剤治療、放射線治療を続けながら 「病気なんかに負けない。負ケテタマルカ!」っと力強く描いた絵は、 抽象的なのに、迫力があって、とても11歳の少年とは思えない作品だった。 言葉では伝えきれない気持ちを、絵の中に精一杯表現していた。 「大切な人 ママ」という、お母さんがモデルになっている作品は、 母への愛情がいっぱい詰まっている一枚だった。 絵が入賞するとお母さんはとても喜んでくれた。 喜んでいるお母さんを見るのが彼の一番の楽しみだったのだろう。 意識のある時に、力を振り絞って声にした・・・ 「ママ、僕のこの目を忘れないで。ママ、愛してるよ。」 そんな言葉を残して、大好きなお母さんの腕の中で、痛くて辛くて苦しい闘いを終えた。 闘病中に紘輝くんがポツリと言った「人生って何なんだろうね。」という一言。 紘輝くんは、もしかしたらわかっていたのかもしれないね。 「人生」ってさ、 誰かを心から思えること。誰かを愛せること。 誰かに喜んでもらうこと。誰かにシアワセを感じてもらうこと。 じゃないかな~? 紘輝くんのお母さんが 「この息子の母親になれたことが、私の人生の中で一番の幸せ」とおっしゃった。 紘輝くんの人生は、辛いこともいっぱいあったけど、名前のように輝いていたと思う。 「命の尊さ」「生きている喜び」「本当の幸せ」大切なことをいっぱい 教えてくれるステキな生き方だったと思う。 そして、命をかけて描いた38枚の絵は、 今もたくさんの人にいろんなメッセージを送っている。 本田紘輝くんのオフィシャルサイト
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