32回目
前回のお話は石田さんとの護身術の訓練に、何時にもまして熱心に取組む清水ちゃんだったのに永田さんの前で後ろを向くことが出来ず、絃冶達をこんわくさせてしまいます「じゃぁ、永田君少し前へ」絃冶が指示する。実は清水の内面では今までにない変化が起きていた。大きな恐怖は相変わらず永田から押し寄せている。丁度恐怖が大きな風船のようになって清水へと迫ってくるイメージなのだが、今日はその風船の隙間から細い糸のようなものが清水に向かって流れてくる。細い糸は自分と繋がり、そして告げていた。今も続く永田の慟哭(どうこく)。―今まで市民を守るために働いているのだと信じていた自分の仲間が、自分達の体面を守ることを第一と言う体質なのだと知った衝撃。―あのときの自分ではベストだと思った選択だったが、小さな女の子の心に負わせた傷はとても根深い。今も癒(い)えることの無いトラウマを背負わせてしまった。あの子は今でも不意に大きな音がすると、ビクッと身体を震わせてその場で固まってしまう。その姿を何度も見た。交差点などで後ろに大人が立つと、緊張で顔が強張(こわば)る。大人が追い越してからじゃないと動けない。その顔を見る度切なくなる。…自分の行動は本当に正しかったのかという疑問―自分は万が一敵が子供だった時、その子を撃てるのか。―わが子を失うと感じた母親の恐怖。あの日から本当は一人で一歩も外に出したくない。出来ることならずっと付いていきたい。学校にさえ行かせたくない。それを必死で押し殺して、ドアを開けて出て行く後姿を笑顔で見送る。この「行って来ます」が生涯で最後に聞く言葉なのではないかという思いから、「車に気をつけるのよ」「慌てて飛び出しちゃ駄目よ」「学校が終わったら真っ直ぐ帰ってくるのよ」「知らない人に声を掛けられても付いて行っちゃだめよ!」玄関の扉が閉まるまで、ずっと声を掛けてしまう。それが分かってしまうから、非番の日に、朝に時間のあるときに、早く帰れたときに…ずっと見守り続けた。もちろん社長にさえ隠している。犯人や犯人の父親への感情は克服した。闇に落ちることはもう決して無い。それは自信を持って言える。しかしこの親子のことは手放す事はできない。見守る事を止める事はできない。彼女の彼女達の心の傷に寄り添って生きたい。ずっと自分に生ある限り。彼女達への共感、悔恨(かいこん)…それらの感情が永田を突き動かし、悲しみで満たしている。それが妄執(もうしゅう)となる事を永田は気付かない。それらの感情が細く長い糸となって清水に流れ込んでくる。いや、清水が自分で吸い込んでいるのだ。正確には一昨日から少しずつ届いてはいた。しかし今日はこれまでとは明らかに違う。具体的で、確実で。心を鷲掴み(わしづかみ)にされているような苦しみ。我が事のように、清水の胸を締め付けてくる。その感情に耐えていた時、慌てて統源が立ち上がった。清水ちゃんは永田さんの心の痛みをどう受け止めていくのでしょうか?にほんブログ村応援ぽちっとお願いします。