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カテゴリ:診療報酬への怒り
この話もそろそろ終わりに近づいてきた。
現在は処方箋に医師のオッケーのサインがあるものだけが後発薬への変更が可能だったのに対して、今度の保険改正?では、処方箋にダメの記載がないかぎり薬剤師の裁量で先発薬から後発薬への変更が可能になった。 そして薬局では過去3ヶ月の実績で、処方箋枚数の30%(数字に自信なし)に後発品の使用がないと調剤の点数が下がる事になっている。 このように飴とムチ、いや恫喝と経済制裁?によって厚労省は必死に後発薬(ジェネリック)の導入を増やそうとしている。 もちろん、その目的は医療費の削減にあることは疑いない。 私たち医療機関の側としても、無用な投薬や治療でいたずらに医療費を上昇させないよう努力するべきであるのは論を待たない。 しかしである。 医療費はそんなに高いのか? 日本の1人当たりの医療費は先進国の中では最低と言われている。 患者1人当たりの医師の数も非常に少ない。 日本の医師は薄利多売で最高の医療を提供しているのである。 乳児死亡が減り、人口の高齢化が進んでいる現在、医療費が増えるのは当たり前ではないか。 どこかで書かれていたが、医療費と言うのはその過去の経済状態の指標になるらしい。 医療費はもっと増えて良いのではないか? 限られた医療費の中で、どうやりくりするかと言うことも議論されるべきだろうけど、予算の枠に占める医療費の割合をもっと増やすと言う議論をもっとするべきだと思う。 鈴木先生が言っていたけど、日本の医療費はパチンコ産業の売り上げと同程度らしい。 そんなんでいいのか? 高性能の戦闘機や軍艦、無駄な道路やダムを造る予算をもっと回せば良いのではないか? 更に増えている医療費の内訳を見ることも大事だろう。 1ヶ月に1千万円を越えるような高度医療の患者さんがどんどん増えている。 その中で、100円の薬を50円のものに変えるのにどれほどの効果が? もう一度おさらいしておこう。 ジェネリックが作られるのは、特許の切れた、ある程度古い薬だけである。 ジェネリックは先発薬と完全に同じ薬剤ではない。 ジェネリック薬の存在は、薬局の経済や、限られたスペースを確実に圧迫する。 少し話が飛ぶが、診察室で患者さんがドクターに、「先生この薬もうちょっと安い方にしてくれまへんか?」と言うのは健全な状態だろうか? 医者と患者は、人間としてはもちろん対等であるけれど、医療医学の事に関してはもちろん対等では無いと私は思っている。 この薬、もうちっと安いのにしてくれませんか?と言うのはお願いではあるけれど、これはもう完全な商行為である。スーパーで食材を買うときに、同じ物ならどこのスーパーで買ったら安いかと考えるのと同じ行為だ。 医者と患者の間には、良い意味でのオカルト的なものが存在すると思う。無条件の信頼とでも言うべきか。先生がこの薬を処方してくれて、それを信じて飲んだら良くなるみたいな。 そうでしょ。あの中身に何も入ってない単味の「点滴様」が、これをしたら一発で元気になった~と思わせるのもそのオカルト的要素の尤もたるものだと思う。 医療がオカルトから商い行為に変化したとき、本来なら以前得られていた大切な何かが失われているのではないかと思う。 そんなら、患者は医者が処方した薬を文句言わずありがたくヘイヘイと飲んでいたら良いのか?と質問されそうだが、ある意味そういう部分も必要なのではないかと思う。 ジェネリック導入の目的は、患者に質の良い医療を提供すると言うような事ではない。 100%経済的な目的である。 私は自分が病気になっても、ジェネリックを使って貰おうとは思わない。 先発品がジェネリックに勝ると言う完璧な根拠は無いが、コピーは原本を越えられないと言う直感はある。費用は増えるかも知れないが、体の健康の事だもの。そのぐらいは良いかと思う。 それでも経済的な事を言うのなら私の意見はこうだ。 先発品は特許の切れる時には自動的に思いっきり薬価を下げれば良いのだ。 発売後10年と言うぐらいにしても良い。 先発品とジェネリックを同じ値段にしてしまえばジェネリックの存在意義自体が無くなるよね。 もちろん、医療費の中の薬剤が占める費用は減るだろう。 先発品はそれまでに十分元を取っている。 日本の製薬会社はどこも黒字で潤っている。 (だから、税金対策に粗品や豪華なノベルティなどを作って無駄な経費を使っているのだ) 先発薬の中には外国と比べても、同じ薬なのに明らかに薬価の高い物もある。 そうやって日本の製薬会社は守られている。厚労省から業界への天下りを禁止して、もっと厳しくいかなあかんのとちゃう?と思ってしまうのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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