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カテゴリ:我が家の秘密のお話
先日、私の数少ない友人の1人が高知からやってきました。
彼とは、小学校、中学校が同じで、中学の時はバレーボール部に所属、私がエースアタッカー、彼がセッターでコンビを組んで、県の総体で優勝したこともありました。 高校、大学は別でしたが、やっぱり2人共にバレーをしていたので、あちこちの会場で顔を合わせました。 2人とも35才で結婚したので、子どもの年齢もほとんど同じ、彼は高知で体育の教員となりました。 私は新婚当時高知の病院に勤務していたので、彼の新居に家族でよく遊びに行ったものでした。 3年前、中学校のバレー部の同期会をした時も元気でした。 脳卒中から復帰された監督の先生も交えて楽しい時を過ごしました。 その彼が2年前に脳卒中になったのです。 2年間休職し、やっとこの4月から復職するとのこと。 右半身の不全麻痺が残り、言葉もゆっくりしか喋れないので、体育の教師としては無理ですが、支援学級の担任として復帰することになったとのことです。 復職したら、しばらく遊びに来れないと言うことで、1人で特殊装置のついた車を運転して高知からやってきました。 杖をつき、用心しながら足が上がっているのを確認しながら歩いていました。 階段は少し怖そうだったので、手を貸しました。 食事をするときには時々口の端からこぼれてしまうと言って、持ってきたタオルで口を拭いていました。 身長は168cmですが、中学の時は走り高跳びで180cmを跳び、学校代表で陸上の試合にも出たことのある、バレー部で一番運動神経が良かった彼がそんな姿になったのを見ることは辛かったけど、 それでも、よく生きていてくれたと涙が出そうになりました。 左手1本で車を回して帰路につく彼を見送りました。 また来いよ、私もまた高知へ遊びに行くよ。 60才になったら中学校の同窓会もまたやろう。その時まで元気でいようなあ。 そんな風に言い合って別れました。 私にも持病があります。 その持病は、脳梗塞を起こしやすい、心臓の病気です。 脳梗塞は、私に起こっても不思議ではなかった・・・。何故彼だったのだろう? 自分が健康であることのありがたさと幸運さをしみじみと感じました。 この幸運を大事に使わないといけないなと思いました。 さあ、今日も元気で! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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