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カテゴリ:自分らしい生き方
イン・ザ・プール 奥田英朗 著 直木賞作家
抜粋 「なんだ。妄想の類はないのか」まるで残念がっているような口ぶりだった。「そうか、ただの不定愁訴か」伊良部はソファに深くもたれて、てのひらで顔をこすっている。 「あのう、不定愁訴って何ですか」和雄が聞いた。 「ストレス性の体調不良」あっさりと言われた。 「と言うことは、わたしの胸が苦しくなったり下痢が続いたりするのは、ストレスが原因だと・・・」 「そう」 「言っとくけど、聞かないから」伊良部が言った。 「はい?」 「ストレスの原因を探るとか、それを排除する工夫を練るとか、そういうの、ぼくやんないから」 「はあ」 「ほら、最近テレビでカウンセラが患者の悩みを聞いて励ましたりするシーンとかあるじゃない。ああいうの、何の役にも立たないことだから」 「・・・・・そうなんですか」 「そう。だいいち聞いてどうなるの。実はあなたが過去に人を殺して苦しんでいるとしたら、自首を勧めるか口止め料を要求するか、ぼくにできることはそれぐらいしかないでしょう」 「つまりストレスなんてのは、人生についてまわるものであって、元来あるものをなくそうなんてのはむだな努力なの。それより別のことに目を向けたほうがいいわけ」 「たとえば、繁華街でやくざを闇討ちして歩くとかね」 「これはシビれるよ。つまらない悩みなんて確実に吹っ飛ぶ。なにしろ追われるわけだからね。命すら危ないときに、どうして家や会社のことなんかにクヨクヨできるのよ」 本気で言っているのだろうか。軽いめまいがする。 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 伊良部医師の診察そのもが、ある種の的を得た言動で現代の不安定な社会構造で生きる人に、モノの見かたをパッと変えてしまう魔力を感じる。行き詰った人生、大きな壁の前に立った私には、その壁の横から前が見えた。 イン・ザ・プール お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
February 27, 2008 12:30:54 PM
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