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▼自己嫌悪とは
自己嫌悪とは自分で自分が嫌になる状態で、何らかの失敗をしてしまったときなどにわき上がる感情である。 「自分が嫌になる」ということから当然推測されるように、嫌にならない自分が密かに想定されている。つまり、失敗してしまった自分ではなく、失敗しなかったであろう自分のイメージが想定され、現実がそれと異なったときに自己嫌悪は発生する。 たとえば、友人にひどいことを言って傷つけてしまったときには、「自分はそのような酷いことを平気で言うような人間ではない」という自分のイメージと異なるので、後に自己嫌悪することになる。 自己イメージとは異なる現実を受け入れたくないとき、その現実を断罪し嫌悪する自分を人格の中に確保することで、あたかも失敗しない自分が存在するかのような錯覚をいだくことができる。すなわち、自己嫌悪の機能とは現実逃 私は そうなのか? ▼自己嫌悪しやすい人 上記から、自己嫌悪しやすい人というのは、現実ではなく脳内の自己イメージを保持したがる人だと推測される。ありのまま自分ではなく、「このような人間だ」という自分のイメージを強固にもっていて、「だからこそ自分は価値がある」と考えるタイプの人に多い。 自己受容の低い人、ナルシシズムと万能感を根強くもっている人などがこれに当てはまる。特徴として、自分の全人格を統合できない、条件付きの肯定感情をもつ、理想的で完璧な自己イメージ以外は価値がないと考えること、などがあげられる。 そんな過信は無い ▼依存脱却とは、自己嫌悪しない人格に成長すること 自己嫌悪しやすい人というのは、「人間は誰でも自己嫌悪するものだ」と思いこんでいることがある。しかし、実際は上記で述べたような人だけが自己嫌悪するのであって、それ以外の人は自己嫌悪する必然性がどこにもないのである。 つまり、人からどう思われるか、という点から自分の存在を評価しない。都合のいい自分のイメージをもたない。また、そのような理想的な自分でなければ価値がないとも思わない。日常において自分のありのままで人と接する。このような人というのは、自己嫌悪をすることはまず滅多にない。 人は精神的に成長するにしたがって、ほとんど自己嫌悪することはなくなる。それは、依存する人格から脱却することでもある。 過ちに気が付く 人でありたいが・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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