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カテゴリ:日常
この日、想人の実家にゆく。
お母様がご病気であり、医師の見解では余命僅かとの事。お見舞いが目的。 ベットに横たわれ、めっきり痩せられていたが、苦痛の色合いは見られず、むしろ喜々としていると表現した方がいい、落ち着いた居住まいをされていた。 私の方が最初は緊張やどのように振舞えばよいのか戸惑ってしまい、却って緊張を伝えてしまったかもしれない。 しかし、しばらく端座した後は心も落ち着き、余計な事を考えるよりも、自分のできることに集中しようと思え、料理に集中し、心を注いだ。料理に対してここまで心を注いだのは久しぶりだった。 お父様がお帰りになられた。以前お会いした時より、印象に残ったことは眼の奥に幾分か悲しみが感じられた。私の気のせいかもしれないが。 私たちのことを熟考されていたのだろう。私に向ってこう語られた。 「これが将来の、何十年後かの姿です。参考にして下さい。」 まさに、夫婦の究極の形だ。数十年連れ添い、お互い、共に生きている。その方が発する重みのある言葉。 自分もこのようになれるだろうか。 その後、続けて以下のように語った。 「二人ともが最も活きる方向で生きて行けばいいと思う。」 変に気負わせないための気遣いと、大事な部分を確認していただいた。 「夫婦は我慢が必要。でも時にはケンカもするぐらいじゃないといけないよ。」 自分勝手に生きるのとは違う事の確認。心に刻んでおきたい。 その後、暖かい雰囲気の中で過ごさせていただいた。 人生の終盤を自分はこのようにどっしりと構えて過ごす事が出来るだろうか。 今はまだみえない。そのために、今を生きよう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008/11/26 12:28:56 AM
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