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ミラノ司教アンブロシウス
ユリアヌス以後、キリスト教化の道をローマはひた走りに走る。ヴァレンティ二アヌスの皇統を経て、テオドシウスが皇帝となる。 テオドシウスは30代で病気をした時、洗礼を受ける。その後病状は回復。つまり、ローマ皇帝は「羊飼い」に導かれる羊と成り下がる。 その事実を二十年の高級官僚の経験のあるミラノ司教アンブロシウスは利用し、ローマ皇帝の上に神の意志の伝導者である、司教の存在を確定させる。 皇帝の勅令を撤回させ、贖罪で皇帝を跪かせる司教。いや、いまでこそ思えるが、宗教の特権階級は恐ろしい。 キリストの勝利…、つまり古代ギリシア・ローマの神々に対する勝利。 それによって、都市の到るところに置かれていた神々の像が破壊、もしくは廃棄、神殿は一部教会へと変えられ、残りは破壊された。 抵抗を試みたものもいたが無力だった。 文芸復興が起こり、いまでこそギリシア・ローマの神々は文学や芸術として、受け入れられているが、今日見られるのはその廃棄されて忘れ去られたもの。 川底に沈んでいたもの。 メルトダウン、ローマ帝国は崩壊ではなく、融解したと言う方が正しいのではないか、作者は問いかける。 たしかに、ローマ的性格が危機に対処しようとするために変容してゆき、本来のよさを失っていっている。 キリストの勝利はローマの精神の一つ、寛容を失わせた。 なんだかもう、ローマではないなぁ。 ローマ人の物語(40) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010/09/17 03:29:25 PM
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