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銀座マリー、『自立を目指す』の巻

銀座マリー、『自立を目指す』の巻

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2005年03月20日
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カテゴリ:ふと。。。
 地震のニュースが流れるたびに、10年前の阪神大震災を思い出します。私は、実家でこの地震を体験しました。家族は全員無事だったので、感謝しています。

 被災地の皆さんのことを考えると、何と言葉をかけてよいのか迷います。
 不謹慎かと思いましたが、私の体験を通じて感じたことを書きたいと思います。
 気を悪くされたら、ごめんなさい。

 当時は、何が起こっているのかさえ理解できない状況でした。すべてのライフライン:水道・電気・ガスが止まりました。まだ携帯電話が普及していなかったので、連絡のとりようもありませんでした(公衆電話は長蛇の列でしたし)。ラジオからの情報が頼りでした。そういえば、自宅前の道路脇にラジオを椅子の上に置いて、流してくださった方もいらっしゃいました。

 とにかく自分の足を使って動かないと何も始まらない状況でした。

 水は、近所の駐車場から分けてもらい、バケツに入れて運びました。
「水って結構重いものだ」と思ったものです。
 ある時、「どうぞよかったら、お使い下さい」と書かれた小さな板を目にしました。それは、井戸をお持ちの方の心配りでした。

 電気・ガスが復旧するまでは、体が冷えて困りました。よく歩いてはいたのですが、温かい食べ物・飲み物がないと体が温まらないものです。お風呂に早く入りたいと思ったものです。
 
 今でも忘れません。電気がついた日。「えぇ~!こんなに明るいの?!」と感動しました。

 蛇口をひねれば、水がでた日。トイレに行くのにバケツを持ち込まなくていい!もう水を運ばなくいい!なんて思ったものです。

 最後にガスが開通した日。温かいものを食べることがやっとできました。おいしかった。でもお風呂はまだまだ。地震により、風呂釜が壊れたからです。

 お風呂について言えば、電車にのって大阪の銭湯に行きました。無料で開放して下さったお風呂やさんがあったのです。ありがとうございました。本当にホッコリしました。疲れが取れるのです。日本人にとって、お風呂はかけがえのないものだとつくづく感じました。

 ボランティア活動が活発になり始めたのも、阪神大震災の時だと思います。私も約半年間、カウンセラーのボランティアとして活動しました。前半は、教会に滞在しながらの活動でした(寝袋が大活躍しました)。

 カウンセラーとしては何の役にも立っていないと思います。
 実際の活動としては、避難所で暮らす高齢者の方々に役所への提出書類の説明をしたり、代行手続きをしたり。各地から運ばれる救援物資の区分・整理をしたり。炊き出しを手伝ったり。被災した家からの荷物を運び出したり。震災で親を亡くした子供たちと話したり・遊んだり。などなど。

 役には立っていないけれども、感動することがたくさんありました。

 全国からボランティアのお医者さん・看護士さんたちが集まって下さったこと。各避難所でもある学校で診察・相談に応えて下さいました。

 ある精神科の先生から、中学2年生の女の子を紹介されました。避難所生活が長くなり、落ち込みが激しく体調も崩していた女の子でした。その子とゲームセンターに行って、「動きが変だよ!」と笑われた私。初めて彼女の笑顔を見ることができた瞬間でもありました。

 大分県のご好意により、被災したご家族約千人をキャンプと温泉に招待していただいたことも忘れられません。船旅にもかかわらず、みなさん本当に喜んでおられました。何と言っても「温泉に入れるのですから」。

 PTSDの研究が、積極的に始まったのもこの時期だと思います。この旅には、筑波大学の精神科の研究生・先生にもご協力いただきました。皆さん、とても温かい方々でした。ありがとうございました。(もう教授になられたのかな?)

 青森ナンバーのトラックの人から「よかったら、食べてね」とりんごを手渡されたこと。

 教会にカップラーメン数箱を差し入れにいただいき、皆で味わったことも今では大切な思い出です。「お湯をそそぐだけのラーメンがこんなにおいしいなんて!」と初めて思いました。食事とは、口だけではなく心で味わうものだと学びました。

 もちろん、感動することばかりではありませんでした。

 大阪にむかう電車の中で「私達の住む町で起きなくてよかったね」という会話を耳にしたこと。

 ボランティアに参加された人達に差し入れのカップラーメンを勧めた時、「これって、食事とはいえないよね」といわれたこと。

 また、ニュースとして取り上げられなくなった時、またそれ以降に強い不安を覚えたこと。
 
 しかし、今まであたり前と思っていたことがそうではないと気づけたこと。ある意味、成長なのでしょうか?地域の方々との密な声かけにより、助けられたこと。

 いろいろと書きましたが、今は被災された方々にとって、とても大変な時だと思います。心よりお見舞い申し上げると共に、一刻も早い回復を心よりお祈り申し上げます。また、阪神大震災の教訓がどこかで活かされていることを祈りながら。。
 





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最終更新日  2005年03月23日 20時17分39秒
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