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カテゴリ:私見
私が今回、サダメの おじさま から頂いたご褒美とは、 心の琴線に触れる 人々との出会い そして彼らの心との 共鳴 ということだった。 生きている以上、どうしても孤独から逃れられないと諦観していた私に これほど 甘美な飴玉 はなかった。 気持ちの共有 とは偉大なものだ。← 私にとって 私たちは、日々を生きて、毎日の生活を 体験 しているのだけれど、 体験 していない、いろいろなものからも、感銘をうけ、共感する。 文学や歴史のページをめくり読むこと 演劇や映画を見て涙すること 音楽を聴き、音楽を演奏したり、歌ったりして、陶酔すること これらはたしかに書かれていること、見ていること、聴いていることを あるいは自分が作詞、作曲したわけではない 音楽を歌ったり、演奏しているだけであり、 実際にその対象を生みの苦しみによって、 創造 したわけでなく、 単にそれを、想像 しているのだろうと私は思う。 疑似体験と言えるのではないかと思うのだ。 それでも人はそこからとても多くのことを学ぶ。 また、両親や、兄弟、友人、周囲の人、 憧れの芸能人や有名人、恋人や結婚相手の 生き方 や 考え方 が その人に大きな影響を与えることと、なんの変わりもないと思う。 私は今まで 夢 からとても多くのことを学んできた。 そして、夢の中での出来事は 実際の出来事 と、疑似体験 の 中間 のような気がしている。 人というものは、たとえ実際に自分が体験していなくても それをあたかも、己自身に起こった出来事のように感じることができるものだ。 それは 心 があり、 感受性 があるからなのだと思う。 そして、それらの 実際に経験したとは言い難い ことは確かに 私の心の階 きざはし に 刻まれているし、刻まれていき 私の人生に 私という人間そのものに 大きな影響を及ぼすものである と私は思う。 私は今回 貴重な人物 と出逢わせていただいた 彼らと私との 距離 は遠い 私と彼らの間には イランと、日本の時差が5時間半ということを考えると 地球4分の1程の 時と空間 が存在する。 それでも、私は彼らと自分の心には、さほど距離を感じていない。 なぜならば、今、ここに、実際に、私の周囲にいる人々よりも よほど 魂の距離が近い からだろうと思っている。 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012年01月08日 20時50分17秒
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