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カテゴリ:家族
ここ4,5日、腰がたたず、注射し、そのあと具合がわるくなり発熱し、 私は家事が満足にできなかった。 台所だけでなく、今も客間も、息子と夫と、自分の衣類や日用品で あふれていた。ほとんどが息子のものだったけれど・・・ そして、まだ腰は完全でなく、胃の調子も完全でなくて、休んでいたところに 突然義父がきて、 下に男性がいると女性がくつろげないから・・・ といってきた。 私は泣きたくなった。 ただ言葉もなく、着替え、ひたすら片付け始めた。 どこもかしこも散らかっていた。 見かねた義父は、義妹2に言いつけたのだろう、 義妹2がやってきて手伝ってくれた。 私は黙々と作業をした。20分後に居間と台所が片付き、 お茶のためお湯を沸かしているときに、 義妹2は下(義両親の家)へもどっていった。 私は台所で洗い物をしながら、涙が溢れた。 しばらくしたら義父と客がきた。 その客は私が想像していた義姉妹の旦那たちではなく、 私が会ったこともない遠い親戚だった。 私は挨拶をしなかった。涙をふいて、お茶を入れていたら義妹4が来た。 彼女がお茶と果物を彼らに出した。 私は食器を洗ったため、服の前が濡れて、お腹が痛くなったので 着替えたといって寝室にいった。 義妹4は階下へ行った。 服を着替え客に挨拶をした。そして客間を片付けた。 涙が出てきた。涙を拭いた。それを繰り返した。 多分義妹達も私の異変には気がついただろう。 炊き出しをしていた夫が戻ってきたので、 私は息子の部屋に入って寝転んだ。 誰かが私の向かい側にあるトイレに入った。 私はドアをしめた。 部屋の中でも私はコートもスカーフも付けて、寝転んでいたからいいのだけど。 私は ここ に自分の場所がないことを噛み締めた。 逃げ場がないのだ。そして、、、自分が家に呼ぶ客を選ぶことも、 その日は都合が悪いと、断る権利もない ことを知った。 嫁の勤めなのであろうけれど、ここは彼らにとって息子の家なのであろうけれど。 私には 堪らなかった。 腰がいたみ、具合が悪い私は車でどこかへ出掛ける、気力も体力もなかった。 腰が冷えて再び上半身を支えられなくなることを怖れたから。 具合が悪くてもこの仕打ちなのか? 果たして、自分の溺愛している末娘には、これと同じ仕打ちをしたであろうか? 私は泣いた。夫が入ってきた。 夫が謝っても、泣いた。 貴方がわるいんじゃない、ここにはプライヴェートがないのね。 自分の家なのに自分の家ではないのね。 と言った。 彼らにとってはこれは 嫁として当たり前 のことなのだろう。 でも私はイラン人ではない、私には我慢できない と私は言った。 ただし、、、 私はこれが義母の業であることはわかっている。 でも夫には言わなかった。 これは、義母の性質で、私が最も嫌う部分だからだ。 私は言いたい。 嫁だって他人だ。 そして 貴女だって自分の義母にそこまでしなかったでしょう? すぐ傍で生活するのだって、結婚当初の数年だけだったでしょう? 貴女の6人の娘だって、誰一人として彼女たちの義母とはこのような 緊密な繋がりをしてないでしょう? なぜ私にそれを強いるの? 私は今回はっきりと理解した 私の居場所は、ほんの僅かのスペースすら ここ にはないと。 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012年01月14日 03時31分27秒
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