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テーマ:短歌(1697)
カテゴリ:短歌・俳句如きもの
われ馴らすあたはぬ馬はおのづから 峠越え行き道をわきまふ ***** 未だにわが裡の馬を わたしは調教出来ないけれど 馬は苦難という難所を通りながら 人生という道の走り方と進むべき道を知るのだろう **************** 我らそれぞれ 飼い慣らせたようで飼い慣らせぬ 性 さが を有す おのれ の裡のこれ調教するは至難の技 能うのか能わぬのかさえわれ知らず 死して、 あるいは肉体滅びなお 飼い慣らせぬままかもしれぬ.......... 以前わたしは、これを酷く酷く悲嘆していた。 しかし今はこんなふうに想うようになった。 飼い慣らせぬ性 さが を抱え、 人生 という道程の難所や峠を超え行くからこそ、 迷路のような人生の中で、 性 さが と重なり合うただひとつの道のみを 選び進むことになるのだろう っと。 我々は自分が歩んでいる道は 数ある選択肢の中からみづからがえらんだと自負しているが、 わたしがみづから進み飛び込む道とは、 実はおのづから通じているものなのだろう っと。 山また山を越え行く posted by (C)maryam f d にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015年09月01日 19時32分20秒
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