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先日のYahoo!ニュースで藤本美貴の娘は「羽沙」 芸能人の子供の“難読キラキラネーム”という記事が載っていた。
それを見るとある芸能人が自分の子供に「羽沙」(つばさ)と言う名前をつけたらしい。 「羽沙」(つばさ)の場合、学校では恐らく”はさ さん?”と言われるので”つばさ です”と言わなくてはいけなくなるはず。 これがずっと続くことを親は気づかないのか? よく難解な名字があるが、あれは歴史があることだし親が変えられるものではないので問題ないが、下の名前は親が決めるものなのでもう少し子供のことを考えてほしいと思ってしまう。 難解な名前をつけられた子供が強い子で将来その事を話のネタにしたりうまくコミュニケーションの手段として使えるのであればいいが、なかなかそうはいかない子も多いと思う。 自分の子供にどんな名前をつけるかは親の勝手なので言いたくは無いが、この子は一生名前を間違えられ続けて嫌な思いをするのが分からないのだろうか? そう言えば、この記事を書いていて思いだしたが、以前東進ハイスクールの林修先生の書いた本を読んでいたら、林先生の体験として、テストの答案をしているときに気付いたことだが、成績のよい子の名前はシンプルでとても読みやすく難解な名前の子供ほど成績が悪い と言うことが書いてあった。 その理由として林先生は、難解な名前をつけた親は名前をつけることに一生懸命でその後の子供の世話にはあまり興味が無く、シンプルな名前をつけた親は名前についてはあまり時間をかけずに生まれた後の世話をしっかりやっているという事じゃないか?と推測していた。 (昔読んだ本なので表現がちょっと間違っていたらすみません。。) 要するに本質を理解した親はシンプルな名前をつけるそうなのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015年08月23日 02時49分22秒
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