小津的なものとはー小津安二郎展を見る(その1)
小津映画の特徴はタイトルバックの布地模様だ。これはドンロゴスというもので、コーヒーの豆を入れる麻袋だ。日本人の日常生活をテーマとする象徴的に使っているのであろう。神奈川近代文学館では5月28日まで「小津安二郎展」が開かれている。文学館と映画監督の取り合わせは不思議に思うが、小津と文学の関係は深い。展示内容をみると、それがわかる。 驚くのは会場入り口である。外国へ来たかの印象である。小津がいかに世界的な映画監督であるかの展示である。小津の一番有名な映画「東京物語」の海外版ポスターは「TOKYO STORY」はオーストラリアとニュージランドでDVD発売のプロモーションで使われた。「秋刀魚の味」、「小早川家の秋」はフランスで上映された時のタイトルはフランス語になっている。「父ありき」はカンヌ、「東京暮色」はベルリン、「風の中の牝鶏(めんどり)」はヴェネチアの、それぞれ国際映画祭で使われたもののようだ。入口には英語の展覧会解説が用意されている。展覧会冒頭部分を英訳したもので、写してみると、「World's OZU」という見出しの次に、「Yasujiro Ozu once told his cameraman Yuharu Atsuta,"Someday,foreigners will understand my films",and that someday is probably now.(訳:小津安二郎はかつてカメラマンの厚田雄春(あつたゆうはる)に語った。「いつか外国の人が僕の映画を理解するだろう」と。そしてそのいつかはたぶん今なのだ」 黒沢明や溝口健二が国際的に高い評価を得ていたが、小津安二郎はあまりに日本的という理由で海外への進出は遅れた。小津の没後50年を経た2012年(平成24年)、「東京物語」が映画史上第1位になった。英国映画協会は10年に1度映画史上最高の映画を決めており、映画監督による投票で第1位、批評家による投票で第3位になった。小津がカメラマンに語った言葉が現実になった。 会場へ入って見よう。まず特異なカメラが展示されている。今ではテレビカメラはテレビでよく見かけるが、映画撮影用のカメラは撮影所見学以外で見ることはほとんどない。ずいぶん背の低いカメラだ。これを小津は愛用していた。このカメラで小津のローポジション画角が生み出された。ミッチェル撮影機というもので戦後松竹で使われていた1台だ。なぜ、このカメラを使ったか。この後、見てゆく展示の中に小津の言葉が出てくる。「カメラを低く置いたアングルを多く使うのは、畳の上で暮らしている日本人の視線にふさわしいもの…これは個人の好みの問題ですが」 小津は1903年(明治36)東京深川で生まれた。9歳の時、父の故郷の三重県松坂に引っ越した。柔道好きの暴れん坊だった。学校はあまり好きでなかったようだ。大学受験は何回も落ちた。学校に行かず活動写真に夢中になった。父には映画の道に進むことを話せず、小学校の代用教員になったりした。両親は映画監督になることは反対したが、決心は揺るがず、松竹キネマ蒲田撮影所に入社することになった。撮影部助手になった。反骨精神とユーモアを解した小津は城戸四郎所長に見いだされ監督に昇進。第1作は時代劇「懺悔の刃」だったが、以後19本のサイレント映画を撮ったが、現在、これらのフイルムはほとんど残っていない。文学館で最近、発見された「突貫小僧」、「和製喧嘩友達」の活弁付き無声映画上映会が行われる。5月13日、午後2時から。文学館へ電話申し込み(045-622-6666)かホームページからの申し込みフォームで。弁士は澤登翠(さわとみどり)。澤登は法政大学文学部哲学科卒業という異色の弁士。 1931年、満州事変勃発。小津に召集令状が届いた。1年10カ月、中国戦線にいた。1933年、除隊後、日活の山中貞夫と京都で出会う。付近に騒音のある蒲田撮影所はトーキーの撮影に適さず、1936年大船に撮影所を竣工した。1937年、東京竹橋の歩兵連隊に入隊。上海から各地を転戦した。 ここで小津映画のいくつかを紹介する。「晩春」は鎌倉で一人娘(原節子)と暮らす大学教授(笠智衆)。妻を早く亡くした父が心配で結婚をためらってる。父は一計を案じ、京都への旅を決断する。ある旅館で父は娘に結婚の意義を説得する。ここの説得の言葉がすばらしい。独身で生きようとする娘に結婚を決断させる論理は見事だ。これだけのセリフを創り出した小津は独身で通した。晩年は母と一緒に暮らした。「麦秋」も同じような設定である。結婚に興味のない娘は会社に勤め秘書として生きている。この映画は二つの場面が対照的に描かれる。会社が入っているビルの窓と鎌倉の静かな露地から入る家の玄関。料亭と普通の家の茶の間や二階。二つの画面をぶつけるのは俳句の二物衝突という手法だ。風鈴の映像から家庭の中へ、という場面設定の繰り返し現れる。「風鈴や茶の間の中のなんとやら」という映像展開だ。最後に縁談話が次々ともたらされる。さて次回は小津の戦後復帰と小津最大の傑作「東京物語」を取り上げる予定だ。 小津安二郎に関する参考文献「小津安二郎の芸術」佐藤忠男(朝日選書上下2巻)「監督小津安二郎」蓮實重彦(ちくま学芸文庫)「小津ごのみ」中野翠(ちくま文庫)「小津安二郎の美学」ドナルド・リチー(フイルムアート社) DVD「小津安二郎大全集」(株コスミック出版、大きな新聞広告を出す「映像と音の友社」で入手可能、1980円)