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カテゴリ:思うこと
父が亡くなった日からしばらく、ずっと寝れない日が続いた。
ただただ、「しっかりしなくちゃいけない」そんな想いだけで自分を動かしてきた。 何かを思う自分の気持ちは一切閉じた。 でもこれだけは伝えなければ、一生後悔すると思ったから この時だけは、精一杯の気持ちを込めて父に伝えた。 もう遅かったかもしれないけど、どうしても伝えたくて・・・。 「ありがとう」 「鏡の法則」という文章を見つけた。(4/17 記) その文章によれば、自分や子供の悩みの原因が、 「大切にすべき人・・・感謝すべき・尊敬すべき人」を攻めてしまっているというものだった。 私にとっては、それが自分の父親にあたる。 経済的にも、世間的にも「親」としては表向きに感謝していたかもしれないが、 何の不自由も無い事が当たり前で、それほどに想ってはいなかったと思う。 それ以上に、「許せない、大嫌い」想いのほうが遥かに強かった。 その記述によれば、まず最初に 「父親に対する「許せない」思いを存分に書きなさい」 ということだった。 今となっては それは私には無意味な事。 思い出したらキリはないけど、辛くなるだけ。 次に、「「感謝できること」を書き留める」ということでした。 そしてもう1つ、「「謝りたい事」を書き留める」 最後に、これが最も重要で、 「感謝できること」と「謝りたい事」を直接伝えなさい・・・ということだった。 それは、読んで伝える「形」だけでもよくて、そこに気持ちが入っていなくても良いというのです。・・・気持ちは後からついてくる 例文のお話の中では、 その悩んでおられる女性がそのお父様に感謝の気持ちを伝えていたのは 電話でのやり取りをしていました。 でもこれは、私も父の生前 直接会ってなんて とても出来なかったと思います。 きっと出来たとしたら、同じように電話で伝えたと思うし、 もしかしたら 伝えずに、ただただ迷って終わっていたかもしれない。 そして 2/8突然の父との別れ 親戚等との話し合いの結果、お通夜が2日後 葬儀を3日後にということになった。 たった2日や3日じゃ 決して埋められないけど、 ずっと会わなかった そして何も出来なかった時間を少しでも長く父の側にいてあげたかった。 2日後の夜、最後の一晩だけは ずっと家族みんなで過ごした。最後くらい一緒にいてあげたかった。 2/9翌日 朝一番で妹のお迎えで、母方のおばあちゃんが駆けつけてくれた。 なるべく早くにと、私も家事を一通り切り上げて実家へ行った。 姉はまだ来ない。 母と妹とおばあちゃんで、役場へ届出と用事で出かけることになった。 その間は私がお留守番。 きっとこの時間が、神様から与えられた時間だと思った。 ずっと心に決めていた、父に 「ありがとう」を伝える大切な時間。 皆が出掛けていった。 父の眠る側に行って、顔にかぶっている白い布を外す。 本当は ちゃんと顔を見て言わなくちゃいけなかったのに、しばらく顔を見たら言えなくなってしまった。 言いたいけど、言えない。でも このままじゃいけない。 再び布を顔に被せた。・・・ごめんね でもちゃんと言うから聴いててね。 手を合わせながら 最初は心の中で言った。「ありがとう」 そういえば思い出した。 いつも 子供達には 「言いたい事は、伝えたい事は、ちゃんと言わなきゃ伝わらないよ」って注意している。 それなのに 自分が出来ないなんて おかしいよね。 それからは改めて、「言葉」にして伝えた。 「ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・」 最初からしばらくは、今までの漠然と「表向きの「ありがとう」」しか思い出せなかったのに、 1つずつ 1つずつ「ありがとう」と言うたびに、ちゃんと「ありがとう」と思える思い出が次から次へと出てきた。 なんだ、私にも ちゃんと「お父さんとの思い出」残ってたじゃん。 「ありがとう・・・・」 気がつけば、「ありがとう」の言葉と一緒に涙も出てきた。 父の為に泣けなかったのに、やっとこの時だけは父の為に泣けた。 それと同時に「ごめんなさい」という気持ちも一緒に、少しずつ1つずつ思い出してきた。 「ありがとう」「ごめんなさい」ただひたすら止めどなく言い続けた。 いったいどれくらいの時間が経ったのかわからない。 わすが数分間ではあったけど、父と自分と二人だけの特別な時間、 やっと父にたくさんの「ありがとう」が言えた。 ずっと想いを告げたかった、神様がくれた大切な時間。 その時間ずっと、心の奥底に 焼け付くように熱いモノを感じた。 半端な熱さじゃないほど熱いエネルギーが伝わってきた。 今まで全く感じた事が無い 不思議な感覚。 目の前に居る父に伝わったのがわかった。その熱いモノが父からの想いだと思った。 お父さん、ちゃんと聴こえたんだよね。伝わったよね。 その日からずっと、天国で見守ってくれている父に問いかけると、 時々あの時と同じ感覚に陥る。 ・・・あの日ほど熱くはないけど、心の中がふわっと温かくなる瞬間がある。 そのたびに、 「あっ! お父さん 何か言っているのかな?」そんな気がして、 父が伝えようとする事がわかると、そのたびに父に素直に「ありがとう」が言えるようになった。 もう遅すぎるかもしれないけど、今やっと 父のことを素直に受け入れられる。 お父さん ありがとう。 これからもずっと見守っていてね。 その日の晩、父の為に手紙を書いた。 あの時に伝えきれなかった 精一杯の、たくさんの想いを綴って。 父に捧げる 最初で最後の手紙。 天国へ旅立つ父のおみやげに、私の手紙と そして子供達にも手紙を書かせた。 「最初で最後・・・」 この言葉を知ったのは、小学生の頃 大好きなアニメの一場面からだった。 今は全く記憶にないけれど、ただその言葉の響きが なぜかカッコイイと思っていた。 こんな時に本当の意味がわかるなんて切なすぎる。 なんて重たくて、悲しくて、辛い言葉なんだろうと・・・。 今、好きなことが出来なくなった中に、「絵を描くこと」がある。 保育園の頃、絵画コンクールに出展された作品が 何か賞を貰ったようで、 小さい頃 居間の飾り棚に賞状とメダルが飾ってあった。 何の絵で賞を貰ったのか 自分には全く記憶になくて、母が先生に尋ねたところ 「お父さんの絵」で賞を頂いたらしい。 意識はしていなくても それから自信がついて絵を描くことが好きになったのかもしれない。 父のおかげで描くことが好きになったのに・・・。 きっとそんな事もあって、出来なくなったのかもしれない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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