筆
ほどよい竹の筒に走墨の筆を立てている。太い筆、細い筆、猫の毛の柔らかい小筆、下ろしたばかりの中筆、先生から頂いた筆、姉から譲り受けた古い筆・・etc.それをじっと見ていると、浜松の祖父の部屋を思い出す。祖父と父を思い出す。書と絵を教えていた祖父も、こんなふうにいや、もっと夥しい数の筆を文机の上に立てていた。常に硯は出しっぱなしで、色紙や作品用の扇子などが無造作に置いてあった。壁一面の棚には書や絵画の本がびっしりつまっていた。父は書はやらなかった(と思う)。工場勤めの傍ら、デザインや写真や8ミリをよくやっていたので、色見本やポスターカラー、カメラや8ミリの機材、現像の道具などが実家にはあった。描くことや創ることが日常に染み付いていた。自分が絵の人ではない、グラフィカルな人間ではない、とコンプレックスも交えて常々思ってきたけれど、こうして増えてきた筆を竹筒に立ててぼーっと眺めているとどんどん自分が祖父の、父の、まごうことなく血をひいて同じ道を辿ろうとしている、その引力に逆らえないのを感じる。決して自らひどく意志して突き進んでいるつもりはなく、もっと意志して突き進めるのであれば、シンプルで、一致していていいのになあ、こんなにもやもやしなくて済むのになあ、と半分残念に感じながら。