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カテゴリ:酒(日本酒)
【飲んだ日:2024年(令和6年)3月2日(土)】 ハネ木搾りという伝統。 硬いもの同士が擦れるような、低く、鈍い音が酒蔵の中で響く。ゴツ、ゴツ、ガガッ―― 音のするほうを見ると、一本の太い樫の木が、空間に「一」の文字を描いていた。その樫の木の片側には四角い柱と、長方形の箱がある。音の出どころはそこだった。 その場でなされていたのは上槽(じょうそう)といい、醪(もろみ)を搾り、酒と酒粕とに分ける作業だった。その上槽において白糸酒造が取り入れているのが「ハネ木搾り」という昔ながらの手法。一本の木と石を使い、支点、力点、作用点のバランスによって、もろみを搾る。長方形の箱は槽(ふね)と呼ばれるもので、その中にはもろみが詰まった酒袋が整然と積み重ねられていた。槽の反対側には、縄によって縛られた巨大な石がいくつもぶら下げられている。これが重しの役割を果たす。時に1トンを超える力で、槽の上に置かれた押し蓋、そして枕木に圧をかける。 しばらくその場に居ると、静寂を崩すように、不規則なその音が、不意に大きくなった。そして、何事もなかったかのように、先ほどの低く、鈍い音が再び空間を支配する。 場の空気に慣れてきた頃、先ほどまでは分からなかった小さな音の存在に気が付いた。ポタ、ポタと軒を伝って流れ落ちる雨粒のような音。ああ、雨か。ただし、室内に届くのは太陽の光ばかり。訝しく辺りを見渡せば、槽の下に「答え」が溜まっている。「田中六五」が静かに、その産声を上げていた。 田の中にある酒蔵。 白糸酒造は新緑の時期に最も映える酒蔵である。蔵があるのは福岡の西に位置する糸島。その南部、脊振山脈が見守る麓の平地に佇む。 北に玄界灘、南に雷山をはじめとする脊振山脈を擁す自然豊かな糸島は、古くから酒米の最高峰とされる山田錦の一大産地。その生産量は全国でも五本の指に入る。そんな山田錦の田んぼに囲まれ、さらには名勝・白糸の滝からの伏流水が仕込み水として使える恵まれた立地で、白糸酒造は1855年から酒を醸し続けてきた。 新緑の時期、蔵の周辺は苗の緑に溢れる。それが酒造りの始まりの合図。 田の中で生まれ、多の中で選ばれ、他の中で際立つ。 「田中六五」は白糸酒造の8代目・田中克典が中心となって手掛ける酒。「田中」とは田中家の姓であると共に、「田んぼの中にある酒蔵で醸された」という意味が込められている。 そして、「六五」とは、「糸島産山田錦のみを用い、65%精米によって仕上げられた純米酒」であるということ。伝えたいメッセージは、それ以上でもなく、それ以下でもない。 酒は娯楽。あれこれ考えず、楽しんで飲んでもらう。それが全て。好きか嫌いか、それだけでいい。田中六五が目指す先にあるのは「定番」の姿。オンリーワンでもなく、ナンバーワンでもなく、定番。福岡でごく自然に愛され、日常的に親しまれる酒。田中六五は、糸島からそれを追い求めている。 温故創新の心。 ハネ木搾りは、言わば「古」。「古」はすなわち「個」であり、無比の個性を白糸酒造から生まれる酒に付与する。ただし、今、この瞬間も、1秒経てば過去となるように、その「古」は積み重なっていく。 そうやってできた土台の上に、新しき知識や見解が生まれ、蔵に新しい風が吹き込む。 例えば、ハネ木搾りという伝統を守る一方で、これからの未来を見据えたアクションも始まっている。それが、新しく生まれ変わった蔵だ。 蔵というと普通は木造で、見上げれば梁があるような古民家の佇まいを連想する。しかし、2016年に全面改装したそれは、ハネ木搾りが行われる木造部分を残しつつ、そこから連結する空間をRC造によって仕上げたハイブリッドな蔵だ。 この新たな場の中には、味を数値化し、データとして把握できる最新のテクノロジーを導入している。 いわば、温故“創”新。 故きをたずね、新しきを創る。それが白糸酒造の、未来に向けた酒造り。 舌に馴染む65% 田中六五を作る際、第一に決まったのが、精米65%という数値だった。大吟醸でもなく、吟醸でもなく、誰もが普段使いできる純米酒。定番を作りたいという思いは、65%という数値によって表現されている。 田中六五の場合、仕込むのは純米酒一本。白糸酒造として世に問いたい酒。本当に伝えたい酒。そう考えた時、自ずと答えは出た。 薄れていくのは迷いであり、膨らみ出す個が未来となる。 続けることで、根付いていくカタチ。それが、福岡の酒の、ハイ・スタンダードとなる。 田中六五とは。 誤解を恐れずに言うなら、ゼリーのような酒だ。 液状ではあるが、口に含むと単純なる液体ではなく、思わず咀嚼したくなるような滑らかな質感を備える。 噛める酒であり、食べるように愉しめる。 咀嚼の中で浮かび上がるシルエットは白く、液状のその先に感じる存在はこうべを垂れて実った米だった。 食卓における白米は、主役という強い主張はなく、かといって脇役にしてしまうのは乱暴であり、さりげなく在り、欠かすことのできないもの。 水のように力まずに、田中六五は、今宵も酒の席の傍に、そっと身を置く。 ぶどうを思わせる様な爽やかで柔らかな香り、凝縮された米の旨味とそれをまとめる酸が見事に調和した、“飲んで美味しい、食べて美味しい”究極の食中酒です。※ 田中六五(たなかろくじゅうご) 糸島産山田錦 純米(720ml)(3,000円) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024年04月11日 22時10分15秒
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