浮島の森 桐野夏生 ☆☆☆☆
05年2月号オール読物に載せられた短編です。どんな殺人が出るのかと読んでみたら。かの松本清張さんの昭和史発掘にも載っている有名な妻譲り渡し事件というのがありました。谷崎潤一郎が佐藤春夫に妻を譲り渡したという事件で佐藤春夫の秋刀魚の歌にも夫に捨てられた妻と子がでてきます。その子供がこの「浮島の森」の主人公です。完全にモデルがあるモデル小説です。だからどんな殺人もでてきません。桐野さんが清張的にオールラウンドブレイヤーになるための試金石とみて差し支えないと思います。如何に過去のノベライズのリライトのみから逃れ、新しい史実や新解釈が加えられるかが成否の分かれ目だとおもいます。主人公が結婚する前に谷崎家に呼ばれて谷崎のその時の奥さんの松子さんから廃嫡を申し渡された事実はそのひとつではないかと思います。これで主人公は谷崎のたった一人の血のつながった娘であるにかかわらずそれから以降谷崎の遺産「没後50年間の版権をふくめ一切」にはタツチできなくなったのですから。これが「瘋癲老人日記」や「鍵」の老人の遺産がそれらしく意味をもつことなのですから。非常に巧妙にオブラートに包まれていてうえのようなことは書かれていません。まだ他にもあるかもしれませんが。妻譲り渡し事件の一解釈として立派に意味をもつといえます。