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マックス爺のエッセイ風日記

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2014.01.23
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カテゴリ:人生論
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 イテテテ。夜中に男が目覚めた。どうやら脚がつったようだ。「こむら返りか。今年のレースは大丈夫だろうか」。男は心配した。去年は3度、もう走るのは無理と諦めたのだ。「でも先祖返りや朝帰りよりは良いか」。そのうち痛みが治まり、再び深い眠りに就いた男だった。


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 朝起きた男は、裏庭から一旦捨てた大根の葉を拾い上げた。それは昨年末に畑の大根を抜いて土に埋めた時に切ったヤツ。一緒に土に埋めると、そのうちに葉が腐り、大根も傷んでしまう。「今は野菜が高いからなあ」。男はそんなことをつぶやいた。戦後の物がない時に少年期を過ごした男には「飢え」の体験が頭にこびりついている。「あの時に比べたら、これはご馳走」。そう言って、わずかに微笑む男だった。


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 節約なら男の妻だって負けてはいない。男の作った失敗作の白菜を割って日に干し、せっせと漬物を作るのだ。どんなものでも無駄には出来ない。彼女は本気でそう考えている。時々小さな畑にヒヨドリが野菜を食べに来る。その様子を苦々しく見つめながら、男は「そろそろキャベツも食べ頃か」とつぶやいた。まだほんの小さなキャベツが凍りかけているのだ。


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 「お父さん、一緒に映画に行こう」。男の妻が言う。タイトルは「小さなおうち」とか言うらしい。「ああ良いよ」男はしぶしぶ返事した。本当は妻と2人で観るべき映画なのかと迷っていたのだ。去年男が観た21本の映画のうち、妻と観たのはわずか1本だけ。残りはこっそりと出かけて観たのだ。「俺だって1人で観たい映画がある」。男のつぶやきは妻の耳には届かなかったようだ。



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 妻が仕事を辞めようとして苦心してるようだ。彼女は67歳。既に定年は過ぎたのだが、会社が何度も規則を改正して辞めさせないのだ。「本当にあれで辞められるのかね」。男は皮肉な目を妻に向けるが、今度は本当に辞める決心がついたようだ。「ふ~む」。男は小さなため息を漏らす。妻が仕事を辞めたら、これまでとは違った付き合い方が迫られる。これからが本当の老後なのだろう。間もなく古稀を迎える男も、何かを決心したようだ。



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 男は前職を59歳で辞めて家へ戻った。最後は単身赴任が続いていたのだ。だが故郷のハローワークに行っても、ろくな仕事はなかった。それで仕方なく、パートの肉体労働者になったのだ。人が嫌がるきつい、汚いいわゆる「3K」の仕事を9年あまり勤めて2年前に辞めた。心臓の手術を受けた直後に、よりきつい仕事に廻されて死にかけたのだ。会社と言うものの非情さを、改めて知った男だった。



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 最近妻はタブレットの契約をしたようだ。悪戦苦闘しながら新しい技術に挑戦している彼女を見ている男の顔は、意外にも羨ましそうだ。男はメカに弱く、新しいことが覚えられないのだ。苛立つ妻が最近静かになった。少しはタブレットに慣れたのだろうか。四国に住む孫とタブレットを通じて交流するのが妻の希望。それを指をくわえながら見ているだけの男だ。



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 「あれは残念な結果だった」。男がそう言ったのは、沖縄の名護市長選挙。基地移転反対派の候補者が勝ったのだ。地元の市民、沖縄県民、沖縄の新聞社、内地の大新聞社が大喜びのようだ。だが、男の顔は暗く沈んでいる。「それじゃ一体誰が沖縄を守るんだろう。今度の結果を一番喜んでいるのは中国なのに」。どうやら男の嘆きを聞く者は誰もいないようだ。



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 田中マー君の移籍先が決った。NYヤンキースだ。「やっぱりな」。男はつぶやく。「あそこになるよ」。前日も男は妻にそう話した。161億ドルで7年契約らしい。年俸は23億円。楽天時代の6倍近くだ。「俺には関係ないけどな」。心なしか男の顔は厳しい。今年はマー君無しでの戦いになる。きっとその苦労を今から思い描いているのだろう。



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 ベランダで布団や洗濯物を干す男の姿を、近所の人は良く見かける。それでも男は平気な顔をしている。夫婦喧嘩の大声も、狭い路地には良く響くようだ。それでも平然としている男。どうやら男は世間体を気にせず、開き直って生きているみたいだ。「きれいごとは俺にふさわしくない」。ひょっとして男は、死ぬまでその調子を貫こうとしているのかも知れない。



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 仕事を辞めたら友人と一緒に登山をしたい。お父さんと一緒に旅行に行きたい。3人の子供や2人の孫と一堂に会したい。それが妻の希望。「お父さん」と言うのは男のことだ。「ふ~む。それも悪くないねえ」。男は妻の希望を何とか叶えてやりたい気持ちになった。「それが老後の楽しみかも知れないなあ」。そうつぶやきながら洗濯物を干す男の姿を、今朝もベランダで見かけた。
 





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Last updated  2014.01.23 06:28:40
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