カテゴリ:文化論
≪ かつての仙台地方のお正月風景 ≫
このシリーズでは、仙台市歴史民俗資料館の展示を紹介しています。今日はかつての仙台地方のお正月風景を紹介します。 12月30日の夜は各家で「お年取り」と言うのをしていました。新年を迎える儀式です。普段はとても粗末な食事ですがこの夜だけは、必ず魚の煮物がお膳に並びます。仙台地方ではこの魚が「ナメタガレイ」であることが多かったようです。今でも仙台付近では、年末に欠かせない魚です。 仙台近郊の「お年取り」。魚はナメタガレイではなく、マガレイのようです。「お年取り」の名は数え年だと新年早々1つ歳を取ることからではないかと思われます。生まれたら1歳で、正月には早くも2歳になったのでしょうか。 お正月用の餅を搗いた臼(うす)にも、しめ飾りを施しています。 こうして飾ると、とても神聖に見えますね。新年を迎えられる感謝の気持ちが伝わって来ます。 これがかつての松飾りです。素材は簡単に手に入る松の枝、笹、わら、紙です。シンプルですが、厳かな気分になりますね。 神棚の上にはこんなものが飾られています。 棚の上に載っていたのは縁起物のだるまです。これは仙台地方独特の「松川だるま」で、周囲が赤でなく、青色で塗られているのが特徴です。1年ごとに少しずつ大きなものを買って並べる家もあります。今では数少なくなり、なかなか見かけなくなりました。 仙台地方の元旦のお膳です。長いネギが1本あるのは風邪を引かないためのお呪いでしょうか。また餅もあんこではなく黄粉みたいです。小豆(あずき)が貴重だったのでしょうか。お雑煮の具も今とは少し違います。とても質素ですが、これでもお正月だけのご馳走だったのでしょう。昭和初期の暮らしを初めて知りました。 仙台近郊の元旦のお膳です。町場の仙台よりもさらに質素ですね。これでもきっと普段よりはご馳走だったはず。干して焼いた魚も滅多には食べられない特別なご馳走だったことが分かります。砂糖は特に貴重で、滅多に使用しなかったようです。戦後も暫くの間は、砂糖が香典返しなどに使われていました。 左側が仙台地方の七草粥です。右側はお正月が終わる小正月の日に食べる「アカツキ粥」。これには小豆が入ってますね。 切り餅を吊るしています。仙台地方の餅は丸餅ではなく、のし餅です。それをこんな風に四角く切り、焼いて食べます。豆やゴマなどを入れた美味しい餅は、いつ頃からあったのでしょうか。 これは「餅花」と言って、旧正月の飾り物です。「まゆ玉」と呼ぶ地方もあるようですね。 こちらも餅花です。戦後は餅だけでなく、きらびやかな飾りを付けた縁起物に変わりました。 明日は「戦争と暮らし」を紹介します。どうぞお楽しみに~。<続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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