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マックス爺のエッセイ風日記

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2014.05.23
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カテゴリ:写真
 5月18日日曜日。私は「青葉まつり」を観に行った。これは仙台藩祖伊達政宗を祀る青葉神社の祭礼に、その他のイベントを組み合わせたもの。江戸時代承応4年(1655年)に始まった「仙台祭」が元の姿で、仙台東照宮の祭礼だった。明治時代に入ると家康を祀る東照宮の祭礼はし辛くなり、藩祖政宗を祀る青葉神社が創建され、翌年の明治7年(1874年)から青葉祭として復活した。

 昭和60年(1985年)。地下鉄開通、政令指定都市移行、市制100周年を記念して、本来の神輿渡御に山鉾巡行、すずめ踊り、武者行列などが加わったのが現在の祭。なお、すずめ踊りは政宗が勧請した国宝大崎八幡宮で江戸時代から町民によって奉納されていたもの。「青葉まつり」は5月の第3日曜日が「本まつり」で、前日の「宵まつり」ではすずめ踊りのコンテストが行われている。

 私はこれまでこの祭をほとんど見たことがなかった。ちょうどその日が仙台鉄人会主催の5時間走大会や、10時間走大会が開かれ、私は「いわて銀河100km」の練習代わりに出ていたためだ。1度だけ観たことがあったが、京都の祇園祭などに比べて貧弱だと感じ、それ以来行かなくなった。だがこの日、妻は油絵の仲間と一緒に1泊の写生旅行に行った。そこで私は初めてデジカメを持参し、祭を観に出かけたのである。


神輿1.jpg

 神輿の前に、この御幣が先触れする。


          神輿3.jpg

 イベント会場近くの路上(春日町)で、青葉神社の神輿が休んでいた。

神輿2.jpg

 やがて神職の祝詞が始まった。どうやら神輿が動き出すようだ。青葉神社の神主は、代々伊達家の家臣で白石城主であった片倉家の当主が務めている。大坂夏の陣で闘った真田幸村の子孫を匿ったのが片倉家。その後政宗に許されて家臣となり、仙台真田家の祖となったのが真田大八だ。


          神輿4.jpg

 神輿がゆっくり動き出す。私は慌てて後を追った。


神輿5.jpg

 担ぎ手は白いマスクのようなものをしている。もちろん風邪を引いてるためではない。大笑い
神聖な神輿に不浄な息がかからないためだ。


          神輿6.jpg

 神輿は春日町から定禅寺通りへ出て、市役所側へ左折した。


神輿7.jpg

 お~い、待ってくれ~!! だが、この辺りには大勢の見物衆がいて邪魔になる。


          神輿8.jpg

 人混みに邪魔され、なかなか追いつけない神輿。


神輿9.jpg

 神輿は定禅寺通りを左折し、市民広場方面に曲がった。やれやれ、どうにか追い着いた。


          神輿10.jpg

 神輿の後から何かが聞こえて来る。音の正体は鉦(かね)。とても涼やかな音色だった。


神輿11.jpg

 こちらは仙台の繁華街である一番町を練り歩く女神輿。


          神輿12.jpg

 なかなか勇壮で楽しそうだが、これは青葉神社の祭礼ではなく、イベントの協賛事業だろう。


踊り手.jpg

 一番町を南下すると、「おはやし」のグループが休んでいた。


          踊り手3.jpg  

 青葉通りにも「おはやし」と踊り手のグループがいた。


踊り手1.jpg

 いなせな男女。きっとすずめ踊りでも踊るのだろう。休憩中なのが残念。


          踊り手2.jpg

 あでやかな衣装の女性達も、踊り手なのだろうか。こちらも休憩中だった。


踊り手4.jpg 

 こちらは祭のスタッフ達。青葉通りと旧東二番丁の交差点で、何やらミーティング中だった。お祭にも実に色んな表情があるんだねえ。


     <今日の一枚>     先達.jpg 

 今日の一枚は、神輿の先達。天狗の面を被った男性が、定禅寺通りの木陰で休んでいたところを撮影させてもらいました。<続く>                





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Last updated  2014.05.23 05:44:17
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