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マックス爺のエッセイ風日記

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2015.01.28
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カテゴリ:旅、温泉
<福州園・沖縄の中の中国(1)>

空2那覇.jpg 那覇市上空

 昨年の10月、私は沖縄の久米島に行った。久米島マラソンを走るためだ。その帰路、那覇に寄った。那覇空港で仙台便に乗り換えるにはかなりの時間がある。そこで私は空港からモノレールで那覇の街へと出かけたのだった。下界に流れるのが国場川で、後で出て来る。


     風景池.jpg

 奥武山(おおのやま)公園駅で降り、公園内を歩いた。ここはNAHAマラソンのスタート、ゴール地点のある陸上競技場があり、私にとっては懐かしい場所。沖縄勤務時には奥武山球場へ良く高校野球を観に来たものだ。栽監督率いる沖縄水産が全盛期の頃だ。この公園の一角に池がある。池には石の橋が架けられ、シーサーが鎮座している。沖縄に馴染んだ風景だが、どちらもかつて中国から渡って来た文化だ。


風景2国場川.jpg

 公園を突っ切ると、やがて目の前に川が見える。ここが国場川。水が青く見えるのは、満潮で海水が上がって来るためだ。この川の畔が、かつてはNAHAマラソンのスタート地点だった。


             風景3竜柱.jpg

 この川に架かるのが明治橋。琉球王朝時代の奥武山は島で、舟で渡る風葬の地。明治になってここに初めて橋が架けられたための命名だ。橋の欄干に龍柱(りゅうちゅう)が立っている。これも中国渡来の物。龍は皇帝のシンボルで、民衆は勝手には使えなかった。中国皇帝が用いた龍は爪の数が多く、玉(ぎょく)を握っているのが特徴だ。首里城の宮殿前にも大きな龍柱が立っている。ここから私はさらに歩いて行った。


風景6通り名.jpg

 国道を若狭方面に左折した街中に、こんな龍がいた。首に通りの名前が書いてある。「くにんだなかみち」と読める。漢字では多分国村中道のはず。初めて聞いた名前だった。ここからさらに西の方角に向かって歩いた。


               福2外.jpg

 すると前方にこんな岩が見えて来る。「久米巌」と書いてある。久米は地名で、琉球王朝時代は久米村と呼ばれ、何人かの中国人が住んでいた港町。言葉が堪能な中国人は、琉球王国の貿易船に通訳として乗り込んだ。やがて彼らは帰化し、そのまま沖縄に残った。巌は岩の意味で、ここがかつて島だったことに因むのだろう。塀の内側に、小さな公園がある。


福1門.jpg

 公園の名は「福州園」。福州は中国福建省の省都。琉球王朝時代、琉球王国の使節は必ず福州にある琉球館に立ち寄ってから都の北京へと向かった。福州は琉球王国の交易指定港だったのだ。これは明(1368~1644)の時代も清(1636~1912)の時代も変わらなかった。

 平成4年、那覇市の市制70周年と福州市との友好都市締結10周年の記念事業として、福州市がここに公園を作った。公園内には福州を代表する山や川、塔などが再現されている。さて入場は無料だが、どこから来たのか、受付で記帳する必要がある。


    福3.jpg

 ほらね。見えて来た風景には、どこか中国の雰囲気が漂ってるでしょ?


        福7.jpg

 園内にはこんな人工の滝もある。これは川を再現したつもりなんだろうね、きっと。


            福11.jpg

             木々の間から見える建物も独特の形をしてるねえ。


福14-2.jpg 

 デザインも中国的だよね。

      
      福13-2.jpg 

     透かし窓も不思議な感じ。窓の間から樹木が見えるのがご愛嬌かな?大笑い


 福5.jpg 福4.jpg        

            小さいけど園内には池もあるよ。

        福9.jpg

 ほら、屋根の両端が飛び跳ねるような形をしてるでしょ。まさしく中国の建物だね。<続く>

 





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Last updated  2015.01.28 10:32:55
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