カテゴリ:写真
<庫裏と大書院(仮本堂)内部>
今日も国宝庫裏の正面の写真から入ります。江戸初期に仙台藩祖伊達政宗が建てた建築物です。 庫裏の上部のアップです。屋根の上に「煙出し」が見えます。ここはかつて寺の台所として使用されていたのです。昨日は内部の様子を一部紹介しましたが、今日は宗教施設としての寺をじっくり見ていただこうと思います。この寺は創建当初の平安時代は延福寺と称し、宗旨は天台宗でした。それが鎌倉時代には臨済宗建長寺派の円福寺となり、戦国時代には同じ臨済宗でも妙心寺派に属し、瑞巌円福禅寺と3度名前を変えたのです。 庫裏の玄関を入って直ぐに目につくのがこの光雲観音です。そう言う名前の観音様が居る訳ではなく、作者の名前を採ったのです。作者は詩人で彫刻家だった高村光太郎の父、高村光雲(1852-1934)です。江戸時代に生まれた彼は仏師として暮らしていました。だが明治期に入ると仏像の注文が急激に減って、暮せなくなったのです。そこで止むなく、彫刻家としてデビューすることになったようです。 光雲観音の胸部です。 観音の顔をさらにアップしました。 歴代住職の位牌が庫裏の中に安置されていました。これは一部で、他にもたくさんあるようです。恐らくは本堂が解体修理中なので、臨時的にここに置かれたように思うのですが。 暗がりに小さな仏像が立っていました。良く見えませんが、毘沙門天でしょうか。 こちらは廊下の片隅に置かれていた地蔵尊の木像です。 地蔵尊の拡大図です。 庫裏内の裏部屋に、小さな不動明王が置かれていました。いや閻魔大王かな? それをズームアップしてみました。 ここからは大書院の中です。今は仮本堂として使用されています。「瑞巌円福禅寺」は現在の正式な名称で、戦国時代以降の扁額であることが分かります。 これらの襖絵は本来本堂にあるものの模造のようですね。 それでも目の前で観られることは貴重です。本堂解体修理期間中だけの特別拝観のようですから。 パンフレットから借用した大書院の写真です。 瑞巌寺を隆盛させた3人の高僧達の木像です。 こちらはパンフレットの写真を借用しました。 左は仙台藩主伊達政宗の、そして右側は第二代藩主忠宗の位牌です。2人の遺体は仙台市青葉区霊屋(おたまや)の霊廟(政宗は瑞鳳殿)に安置され、瑞巌寺には位牌しか置かれていないのです。 2人の位牌に寄り添うように、小さな仏像が立っていました。 「開」と書かれた衝立です。ここ大書院には、歴代の住職の書画が飾られています。 これも飾られている作品の一つ。達磨像でしょうか。<続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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