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マックス爺のエッセイ風日記

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2019.01.24
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~人はどこから来たのか その1~

    琉球王の肖像

 沖縄の話が今日で10回目を迎えた。最初は思い出話から始まったのだが、だんだん深みにはまり、ずぶの素人のくせに専門的なことを書くのをお許しあれ。私が沖縄を去って15年もした頃、第一琉球王朝の王の遺骨のDNAからインドネシアの特徴が見つかったとのニュースを聞いて驚いた。

 墓は仲井真グスクのはずで、私も勤務当時に訪ねたことがあった。役場(当時は玉城村。現在は合併して南城市)の人に場所を尋ねたのだが、少し怪しんでいた。実は米国人が勝手に墓を暴き、鉄製の武具などを掘り出した「事件」があったようだ。グスク(城)とは名ばかりで、静かな谷あいの風葬墓だった。

       
          <山下洞窟:那覇市>         <港川人>

 在任中、那覇市の山下洞窟を訪ねたことがある。人骨が発掘され、3万2千年前の炭化物が発見された。奥武山公園の傍の普通の洞穴だった。具志頭村(現在は八重瀬町)の港川フィッシャー遺跡からは数体の人骨が発掘されている。男性は153~155cm、女性は144cmと小柄。当時は縄文人の祖先と考えられていたが、その後の研究でニューギニアやオーストラリアのアボリジニと近いことが判明。栄養状態が悪く、骨には栄養失調の痕跡が見られた由。遺跡には入れず、その前を通過しただけだった。

  

 日本人はどこから来たか。その謎を解くため、様々な分野の研究が進んでいる。縄文人と弥生人が混血して日本人の祖先になった話は定説だ。そして東北や九州に縄文人の特色が色濃く残り、瀬戸内や関西などは弥生人の特色が残るのは、周辺部での混血度合いが少なかったためと考えられて来た。その後のDNA解析により、縄文人、アイヌ人、沖縄人が極めて近いDNAを有することや先の定説も確認された。

              

 ミトコンドリアDNAの解析が進むと、新たな事実が分かった。日本人は周囲の民族とは異なり、かなり古い時代のアジア人を祖先に持つことが判明。他にその特徴を持つのはチベット族と、インド洋の孤島民のみ。それらは奥深い高原や大陸から離れた島で、他民族との交流が乏しかったためと推定。また日本人は、滅亡したネアンデルタール人のDNAを一番多く引き継いだ民族であることも判明している。

  
     <石垣島 白保竿根田原洞穴遺跡発掘現場と現地説明会>

 さて2007年、新しい石垣空港建設現場から大変なものが発見された。旧石器時代から16世紀までの複合遺跡だ。そして驚くことに、合計で20体以上もの人骨も。一番古いものは2万7千年前のもの。こうして沖縄から古い人骨が見つかるのは、島全体がアルカリ性の石灰岩だから。逆に日本列島は酸性度が高い火山灰で覆われているため人骨が解け、残りにくいのだ。<続く>





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Last updated  2019.01.24 00:00:26
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