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マックス爺のエッセイ風日記

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2019.11.03
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カテゴリ:旅、温泉
~「もう一つの山寺の遺跡群~

  

  「エンジョイジョガー・インみちのく」は「伊達なマラニック」の前に行われていたマラニックの名前です。会員が歳を取ったため、今ではハイキングがメインになりました。この日の参加者は28名でしたが、うち1名は体調不良で仙台へ帰って行きました。

       

 この日は午前中の「もう一つの山寺」から始まりました。スタート地点の「千手院」(せんじゅいん)へ向かう途中、仙山線の線路を渡ります。この鳥居の下を潜るといきなり線路です。踏切はなく。線路そのものを跨いで行くのには驚きましたね。ほえー!!

  

 千手院は山寺立石寺より少し山手にあります。恐らくは立石寺の別院と言った感じでしょうか。

       

        お堂の軒下に唐獅子の彫刻がありました。

  

  最初の仏教遺跡が垂水遺跡です。岩の裂け目の下部から湧き水が湧いています。ここはかつて修験道(しゅげんどう=山伏)達が修行したと伝わる地です。飲み水の確保は出来たみたいですね。

       

 地元の方が設置した説明板。慈覚大師円仁が修行したとの伝説がありますが実際はどうでしょうね。山伏たちの修行地であることは確かなようですが。

  

  大きく張り出した岩窟の下も修行の跡地のようですね。

       

 岩の穴は風雨に曝されて、自然に出来たものです。鳥居の上部にも、修行した跡地があります。

     
            
 
   山の上から降りて来ると、男岩と女岩があります。この周辺も修行地だった由。

  

    ここにも地元の方が立てた説明板がありました。

   

 麓近くまで降りて来ると、「峯の浦本院」に関する説明板がありました。ここには山寺立石寺建立以前に小さな堂宇があり、修行僧が起居した住居跡や菜園の跡があったようです。

     

 どうやらここには縄文時代から人が住み着いていたみたいですね。

  

 こちらは修行していた僧侶たちが使用していた道具類でしょうか。

       

 「峯の浦本院」の礎石(そせき=土台となる石)も地下に埋まっていました。立石寺以前に小さなお寺を建てて修行していたと思われます。「もう一つの山寺」と呼ばれる所以です。<不定期に続く>





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Last updated  2019.11.03 06:09:07
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