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マックス爺のエッセイ風日記

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2021.07.14
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カテゴリ:生活雑記

~眼科への行き帰りにて~

  

 火曜日。注意していたのにその日もやはり自転車になった。眼科に行く日で、その日は「視野検査」の予約が入っていた。運動のために歩いて行こうと思っているうちに出遅れ、予約時間が迫ってしまった。仕方なくナップザックに必要と思われる品を放り込み、自転車のキーを持った。そして首にはデジカメ。眼科の用が終わったら、二、三か所撮りたいところがあったのだ。検査も診察も順調。

             

 ただし「視野検査」では長い間スクリーンをジッと見つめているため、眼が痛くなり涙が出る。診察時のドクターの言葉はいつも同じ、眼圧も正常範囲、緑内障が進展している恐れもない。次回は2か月後に瞳孔を広げて眼底撮影をする由。予約は不要。受付で支払い、隣の薬局で処方された緑内障用の目薬2本を受理。ここでも検査結果などを聞かれ、いつものように返事。

  

 眼科へは戻らず、歩いて逆方向へ向かう。三叉路の一角に建つ石の塔。ここは古い街道筋が交わる場所。かつてこの近辺に既に廃止された「秋保電鉄」の「鈎取駅」があったと聞く。だから今でも「歴史的」なものが残っているのかも知らない。

          

 上の写真を一つづつ撮って載せる。左の一番小さくて丸い石には「馬頭観世音」と彫られている。仏像なら馬の頭を載せた観音だが、当時は人を載せ、物を運び、大いに役立った馬の霊を慰めるもの。中央の大きな岩に刻まれて「大神宮」が良く分からない。恐らくここから南に1kmほど上った、名取市にある「熊野三社」ではないの。右の「湯殿山」は出羽三山の一つ。月山、湯殿山、羽黒山信仰は仙台でも篤かった。

  

 さらに南に向かうと「栗木橋」と言う小橋に出る。川は一級河川の名取川で、前方に架かる橋は国道286号線のもので、さらにその前方に仙台南道路(高速道)が走っている。江戸時代以降もここには橋はなく、渡し船があったと言う。川向うから続く道は国道4号線(かつての「奥の細道」)と並行して山際を通る「東街道」(あずまかいどう)で、道祖神社や実方中将の墓など、奈良・平安から続く旧道でもある。

                

 少し下流に農業用水用の「堰」が設けられているため、水位があがって底は深そうだ。岸辺に船が繋いであるが、漁業用だろうか。ウナギでも獲れそうな感じだ。昔は「渡し船」が通行人を載せて、両岸を往き来していたのだろう。広くて交通量の多い国道よりも、かつての暮らしぶりや古い歴史を偲ばせるこんな裏道が私は好きだ。その山すその道を通って、隣県の福島市まで80kmを走ったこともあった。

  

 橋から歩いて戻り、眼科から自転車で次の目的地に向かった。「仙台市縄文の森広場」。遊園地風の名前がついているが、ここは正式には「山田上ノ台遺跡」と呼ばれる縄文時代の遺跡なのだ。付近に弁護士事務所があったのだが、今は行政書士事務所と名前が変わっていた。そうか。あの女性弁護士は亡くなったのだろうか。相談したいこともあったのに残念だ。

                   

 裏口の階段を登って、博物館の建物に向かう。左手は竹林で、春にはきっとタケノコがたくさん出るだろうなあ。坂はきついが、さほど息は苦しくない。さっき橋まで歩いたのが良かったのだろう。しかしいつ来てもきれいに掃除されている。坂を登り切ると右手に建物が見え、小学生がたくさん集まっていた。どうやら今日は「野外研修の日」みたいだ。

  

 それならばと、私は園内の竪穴式住居へと向かった。小さな遺跡だが、このような小屋が3棟復元されて、ちょっとした縄文時代の雰囲気を味わうことが出来る。近づくと煙の臭い。ちょうど小屋の中を「燻蒸」してる真っ最中だった。木材やわらやカヤなどが虫に食われて腐らないよう。時々薪をくべてわざと煙を出すのだ。それで虫は退散するし、建材を逆に強くする効果を得られるのだ。縄文人の知恵は凄い。

               

 竪穴式住居内の、丸太の梁。中の梁はこんな感じ。屋根を支えるために太い栗の丸太が何本も使われ、屋根はカヤやわらで葺かれ、保温のため土で蔽われている。しかし、屋根の上の土が良く家の中に落下しないものだ。土の重量をどうやって支えているのだろうね。それにしても、わが家から最も近い縄文時代の遺跡がここ。しかも見学は無料だもんなあ。ダブルハートぽっ

  

 校外研修の小学生たち。どこから来たのか聞いたら泉区の小学校らしく、どうやら大型の観光バスで来たようだ。幾つかのグループに分かれ、それぞれ先生に引率されたり、館の職員に引率されたりして、縄文時代の人々の暮らし方を学んでいたようだ。私はまったく気にならず、自分の撮りたい写真を撮るのに夢中になっていた。世界文化遺産になるものはないが、先祖が残した宝物はどれも偉大だ。<続く






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Last updated  2021.07.14 00:00:10
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