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今日はマーチンルーサーキングジュニアデイで、休日です。でも我が家では休日がどの休日であれ、あまり、それについて考えません。ただ、もう1日休みが増えたぐらいの感覚しかありません。ちらっと申し訳なく思いますが、そうなんです。ごめんね。MLK!
“I have a dream(私には夢がある)”という演説を行った、アメリカ公民権運動最大の指導者マーチンルーサーキングJr.牧師の生誕を記念した日。 旦那も私も州政府の職員ですからお休みです。なんと娘2も休みです。でも昨日、1日中運転させられた祭文はお仕事なのです。祭文の特技はどこでも寝れること。昨日もサンホセの友達の所で、ソファーに座ったかと思うともう、居眠りをしていました。 今日はまず、娘2と美容院に行きました。彼女の髪の毛をちょっとだけ短くしてもらい前髪をちょっとだけ短くしてもらいました。 その後、家に帰り、今度は旦那と買い物。 まずは久しぶりにウォールマートへ。メインの買い物は旦那の靴。え、なんでウォールマートと思われるかもしれませんが、結構、旦那の靴はここで調達しております。ドレスシューズはちゃんとデパートで買ってますが、普段の靴は履き捨てでウォールマートです。そのほか、バスルームの補修のものをいろいろ買いました。でも全部はそろわなかったので、やはりホームディポーにいくことにしました。 Home Depotではやはり、バスルームの補修の材料を買いそろえました。来週、私がやります。旦那には任せられない。腰が痛そうだもの。 その後、いきました。またまたコスコへ。いろいろと肉とかの買い物のほかにTurbo Taxを購入しました。もうそろそろ税金の申告のため、頑張らねば。もう、10年はわたしがやっています。旦那にまかせるとなかなか終わらないから。 家に帰ると娘も買い物から帰ってきていました。彼女は映画を3本借りてきてます。ネフレックスにもはいっているのに、Blockbustersからも借りてきました。American Dreamz (つまらなくて寝てしまいました。)あともうひとつ、One Last Kissだったかな? こちらは結構面白かった。 で祭文も帰ってきました。でも今日はみんなで残り物の整理の夕食です。全員が違ったものを食べます。たまにはこういった日がないと、どんどんと食べ物が捨てられていきます。無駄をなくそう!ということです。 では 最後に少しまじめになって、マーチン ルーサー キング Jr. 牧師の有名な演説をここで。 私は同胞達に伝えたい。 今日の、そして明日の困難に直面してはいても、私にはなお夢がある。 それはアメリカン・ドリームに深く根ざした夢なのだ。 つまり将来、この国が立ち上がり、「すべての人間は平等である」というこの国の信条を真実にする日が来るという夢なのだ。 私には夢がある。 ジョージアの赤色の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷を所有した者の子孫が同胞として同じテーブルにつく日が来るという夢が。 私には夢がある。 今、差別と抑圧の熱がうずまくミシシッピー州でさえ、自由と正義のオアシスに生まれ変わり得る日が来るという夢が。 私には夢がある。 私の四人の小さい子ども達が、肌の色ではなく内なる人格で評価される国に住める日がいつか来るという夢が。 私には今夢がある! 人種差別主義者や州知事が連邦政府の干渉排除主義を唱え、連邦法の実施を拒否しているアラバマ州にさえ、将来いつか、幼い黒人の子ども達が幼い白人の子ども達と手に手を取って兄弟姉妹となり得る日が来る夢が。 私には今夢がある! いつの日にかすべての谷は隆起し、丘や山は低地となる。荒地は平らになり、歪んだ地もまっすぐになる日が来ると。「そして神の栄光が現れ、すべての人々が共にその栄光を見るだろう。」 これが私達の希望なのだ。 この信仰をもって私は南部へ戻って行く。この信仰をもってこそ絶望の山からも希望の石を切り出すことが出来るのだ。 この信仰をもってこそ私達は祖国にうずまく不協和音を人類愛のすばらしい交響曲に昇華することが出来るのだ。 この信仰をもってこそ、自由がいつか来るのだということを信じながら、私達は共に働き、共に祈り、共に苦しみ、共に投獄され、共に自由のために立ちあがることが出来るのだ。そしてその日が来れば、その日が来れば神の民はみなおしなべて、新しい意味をこめて歌えるのだ。 「我が祖国よ、美しい自由の国をたたえ私は歌う。父が骨を埋めた国、開拓者の誇りとする国。すべての山々から、自由よ鳴り響け」と。真にアメリカが偉大な国となるためには、これが実現しなければならない。 ニューハンプシャーの山々の偉大ないただきから自由の鐘を鳴らそう。 ニューヨークの悠々しき山々からも、ペンシルヴァニアにそそり立つアレゲニーの山からも、自由の鐘を鳴らそう。 雪を頂くコロラドのロッキー山脈からも、カリフォルニアのなだらかな山々からも、自由を鳴り響かせるのだ。 それだけではない。ジョージアのストーンマウンテンからも、テネシーのルックアウトマウンテンからも、ミシシッピーのすべての丘やほんの小さな塚からも、「すべての山々から、自由の鐘を鳴らす」のだ。 そうすれば、私達が自由を鳴り響かせば、すべての村、すべての集落から、すべての州、すべての町から、自由の鐘を鳴らせば、すべての神の民が、黒人も白人も、ユダヤ人も、非ユダヤ人も、プロテスタントもカトリックも、すべての人々が手に手を取ってあの古い黒人霊歌を共に歌える日がより早くやって来るのだ。「やっと、やっと自由になれた。全能の神に感謝しよう。やっと自由になれたことを」と歌える日が。 英語の原版 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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