小池光歌集『サーベルと燕』 現代短歌の巨匠
小池光歌集 サーベルと燕 全576首 こいけ・ひかる 現代短歌の巨匠 価格:3,300円(税込、送料別) (2024/3/22時点)楽天で購入はかなごとおもひてをれば秋晴れに今朝は秩父のやまなみは見ゆ京橋区と日本橋区と合はさりて味気なき名の中央区成りぬ中央区といふは東京駅のひがしより春のうららの隅田川までをいふいにしへの貴人のごとく白鷺一羽田植ゑをはりし田中をあゆむぬくもりはいまだのこりてなきがらの母の額にわれは手を当つ母が耕す鍬に小石のあたるおとかちりかちりと忘れざらめや明治より四代生きて生き尽くせし母よと思もへばかなしみはなし真言宗の父子おやこの僧がこゑあはせ経よむときの夏のすずしも泥棒に入はいられたることいちどもなく七十年過ぐ 泥棒よ来よありのままなる現実を歌によむことのむつかしわれは希ねがへど父の日にむすめがおくりくれたりし夏掛け布団の肌ざはりかなひとつづつたまごの中に鰐がゐて鰐のたまごといふはおそろし駅階段一段とばしに駆けあがり空に消えたり女子高生はヴァイオリンのケース背に負ひ乗りきたりにほへる少女をとめ春の電車にわが進む路はゆきあたりばつたりにしてときにイヌフグリの花などが咲く歌はおろか文学に縁なきふたりのむすめ父の日にパジャマ買つてくれたり歌つくるは魚釣るごとし虚空よりをどる一尾の鯉を釣り上ぐ雀宮すずめのみやに降りゐし雨は宇都宮に来しときあがる悲しきまでに宇都宮の宮の橋よりながめたる川の流れはおもひをさそふなにか一言いはないと済まぬ性格といふものありてわれは好まずカソリックより別れし東方教会にヨーロッパを憎むこころあらずや万葉集に「恋我」と書かれし古河こがのまちしづかに梅を咲かせてゐたり五十一年ぶりにすがたをあらはせる革共同清水丈夫八十三歳松林のなかにひともと辛夷の木しろく花つけ春は来向きむかふ日露の役えきたたかひたりし祖父おほちちが出征に携へしサーベルぞこれ開け放つ窓より二羽のつばくらめ家に入り来つ吉兆ならむ歌集『サーベルと燕』(令和4年・2022)