「紫輝」 さよならアルプス
photo by kitakitune05-san 連なる嶺々、気負いなく真率に聳え立つアルプス。 争いの雲に紛れて去った人、悲劇の渦雲に沈んだ人、健気に生き抜く人。 たとえ雲間からであっても、太陽は僅かな隙間を見つけて皆に平等に光をあてる。そして少女の朗らかな出発と、辛い別れをそっと見守る。 見慣れた木造校舎、塗装の剥げかかった白い格子の窓ガラス・・・・きしむ廊下、給食室の湯気、肥えたおばちゃんの大きな笑声,左右に揺れる担任の尻、向日葵のような笑顔,擦れた木のぎったんばっこん、空を舞ったブランコ,学芸会で弾いためちゃくちゃなオルガン、遠足で転がしたまん丸おにぎり,裏返しに履いて笑われたブルマ、消毒臭いプールで沈んでいった下半身,裏山の忍者の道、逆上がりでできた手のひらの豆、月の観察ノート、友達の答えを丸写しにした算数のドリル、再利用したわら半紙のテスト,探険で入った洞穴、暖かい広隆のせなか・・・・学校で貰った思い出を死んだ父親が残した黄色いランドセルにみんな詰めた。 入り切らない分まで押し込んで、溢れた思い出はポケットへ入れた。 二人目の父進二が用意したノートが教室に行き渡った。「たっこちゃん・・じゃあ、ご挨拶を!」 福沢が、ぽつりと空いた机を気にしながら多希子に言った。多希子は広隆のいない教室に向かって、転校してきた時と同じ位胸を張った。何の躊躇もなく教室を見渡し、息を思い切り吸い込むと自分に「けじめ」をつけた。「四年生になったみんな! ・・・・と今日でお別れです。 たっこ、、私は東京の学校へ転校することになりました。 福沢先生、ありがとうございました。たくさん遊んでくれ、たくさんイジメてくれ、たくさん仕返ししてあげて・・・えーと!・・たっこは、、私は嬉しかった。 この教室ごと東京へ持って行きたい!みんなと一緒におりたい・・・。 みんな・・・たっこを忘れんでね! 」 静まり返った教室、福沢が多希子の肩にそっと手を置いた。澄んだ瞳が光った。 四十数人の仲間達は、ある日風のように町からやって来た少女が再び風のように去っていく姿をぼんやり見つめていた。「たっこちゃん! 元気でおってね!・・」 「・・・・・・・・」 五月の風が広い校庭を突き抜けた。僅かに揺れるブランコの傍で、こぶしを握った少年が大空を見上げて立っていた。 少年の肩が微かに震えていた。 続く(次回22日土曜 「拾った雫」) PC: 「紫輝」は27日に完結します。