【粗筋】
喜六が清八の家に行くと、おかずをずらっと並べて飲んでいる。訳を聞くと、
「隣町に近目の煮売屋があるやろ。そこで色々注文しておいて、屋台の向こう側へ紙切れを落として『金を落とした』と言うたった。相手が探して下を向いた時に背中を押してへたらせ、その隙に包みを持って帰ったんや
と言う。冗談だったのだが、喜六は本気にしてさっそく同じことをしようとする。煮売屋をへたらせ、うまくいったと大喜びで清八の家に駆け込んで来た。
「で、品物はどうした」
「あっ、忘れて来た」
【成立】
上方噺。桂小文治から桂米朝に伝わる。
【蘊蓄】
煮売屋は、煮たり焼いたりして調理したものを食べさせる店。女は寄りつかず、労働者の男達が集まった。現在の赤提灯よりも粗末な店らしい。看板代わりに蛸や魚をぶら下げていたという。明治までは大衆食堂の意味で残ったが、その後はおかずを売る店に代わった。
田舎衆、二三人づれにて堀江を通りけるに、煮売り見世にある行燈(あんどん)の書付(かきつけ)を見て言はるるは、「さけさかなあり」。また一方には「酒肴」と書いてあるを、酒又有と読まれて、「出来た、おやまありとは書かれぬにより、酒又有とは尤(もっと)もじゃ」……元禄16(1703)年『軽口御前男』