名作落語大全集

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• 落語「し」の１１４：しめ縄（しめなわ）

  ​【粗筋】　江戸見物に来た田舎者、豆腐屋の井戸に錠がおりてしめ縄が張ってあるのを見て、案内人に聞くと、​「将軍様の召し上がる豆腐を作るのに使う水なのでしめが張ってあります。将軍様がお使いになるものは、何でもしめを張ってございます」　と説明された。鍛冶屋のしめ縄も、将軍様のお使いになる刀を打つ鍛冶屋だからだと聞いた後、むこうから願人坊主が来た。裸で腰にしめ飾りをして、鉄錫杖（てっしゃくじょう）を鳴らしながら来るのを見て、田舎者が土下座をしたので、「あれは拝むものではありません。ちょぼくれ坊主ですよ」「そうかね。わしはまた、将軍様のお使いになるお尻かと思いました」​【成立】　小噺だが一席に伸ばすことも出来る……と、東大落語会の資料にはある。誰がやるか。小噺でも聞いたことはない。​

  2023.04.17

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• 落語「し」の１１３：締め込み（しめこみ）

  ​【粗筋】　泥棒が空き巣に入るが、風呂敷包みを作ったところへ亭主が帰り、あわてて台所のあげ板の下に隠れた。亭主は風呂敷包みを見て女房が作ったものと思い込み、他の男と駆け落ちをするつもりかと問い詰める。女房の方も、夫が自分でこさえた風呂敷包みが見つかったので、因縁をつけて追い出そうというのだろうと大喧嘩が始まる。​　湯の煮え立った薬罐がひっくり返り、熱くてたまらぬ盗人が飛び出して仲裁をした。「こんな風呂敷包みを作ったのが何よりの証拠だ」「いや旦那、これはかみさんが作ったものじゃないんです」「ほら、ごらんなさい、お前さんが作ったんじゃないか」「いえ、おかみさん、旦那が作ったものでもないんですねえ」「じゃあ誰が作ったんだ……あれ、お前さん、誰だい」　風呂敷包みは泥ちゃんの仕業と分かり、夫婦別れをせずにすんだと泥棒に感謝、酒を酌み交わすうちに、泥棒は寝込んでしまった。「物騒だからよく戸締りをしておけよ。泥棒に入られると……ああ、もう入っているか……外に回って表から心張棒をかって、泥棒を締め込んでおけ」​【成立】　享和２（１８０２）年『新撰勧進話』の「未しら浪」が原話か。夫婦喧嘩を仲裁すると、「夜の明けぬうちに他に働く所もございますので、まずはお暇いたします」と言うので「お手間をお掛けしました。又近いうちにお出で下さい」​　大阪では「盗人の仲裁」という題名が一般的。他に「盗人のあいさつ」「泥棒と酒宴」「時の氏神」という題もある。夫婦の思い込みから喧嘩、盗人が飛び出して来ると近所の友達が仲裁に来たと思い込んでのやり取り、仕方なく泥棒だと名乗る経緯、拙速に進むと説得力がない。　桂文楽（８）は、泥棒が「また来ます」と言うのに対して「そうちょいちょい来られてたまるか」で落としていた。​【一言】　ひとつの風呂敷包みからとたんに女房の間男を疑いだしてむくれ返る男、疑われた憤りからそも馴れそめの回顧をべらべらとしゃべりたてて亭主の求婚宣言不履行をなじる女、牛は牛づれ、馬は馬づれとはよくいったものだし、その一部始終をへまな泥棒が台所のあげ板の下でぬかみそのくささに閉口しながら聞いている取りあわせは、まさに愚かしくもいじらしい人生というものの鮮やかな断面図である。（榎本滋民）​​●　 ​女房が亭主にヒステリーを起こしてギャアギャア騒ぐ所が、若い頃は白々しくってできなかったんですが、この頃やっと根底にある夫婦愛がわかってきて……。（金原亭伯楽）​【蘊蓄】　江戸時代には、戸締りをしてある家へ侵入するのを盗賊、戸締りをしていない家へ入るのを空き巣狙い、あるいはこそ泥といった。盗賊は計画的犯行であり、空き巣は出来心と区別され、罪が大きく違っていた。寛政２（１７９０）年の刑典には、「人家へ忍び入り、土蔵など破ったようなばあい、雑物の多少によらず死罪」とあるが、初犯の空き巣は五十叩かれて所払いですんだ。​

  2023.04.16

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• 落語「し」の１１２：市民税（しみんぜい）

  ​【粗筋】　役場が税金を集めに回っていた時代のことで。去年も集めに来るというので、長屋の全員が病人の振りをして払わずに済んだが、伝染病だと大騒ぎになってしまった。これに懲りて、今年は各家で工夫することになった。最初の家では、誰かが死ねばいいというので、亭主が死んだふりをして、女房が経を読んでごまかす。隣は猪熊寅五郎、名前と顔が一致しているが、女装して体で払うと言って脅かす。次の家では庖丁を研いで脅し、わざと立て付けを悪くして壊れるようにしておいて修理費を取ろうとする。次のお婆ちゃんの家では、首吊りをしようとするのを止める。訳を聞くと、「まず一通りお聞きくださいませ」（ボーンと鐘の音から三味線が入る）　と、貧乏なのに市民税を払えなければ非国民、それならいっそ死んでしまおうと自殺を図ったという。回りを見ると、長屋なのに高価な家具が並び、天井にはシャンデリアもある。​「いったいどのくらい貧乏なんですか」「そりゃあもう……市民税払う分だけ貧乏で」​【成立】　林家染語楼（４）が演った。聞き始めで「掛け取り」のようだと思っていたら、喧嘩がほぼそのまま。今の時代には合わないから「掛け取り」にしてもよさそうだ。一人で掛け取りを追い払うのに対し、こちらは住人がそれぞれのやり方で断るのが面白い。​

  2023.04.15

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• 落語「し」の１１１：地見屋（じみや）：その２

  ​【粗筋】　うだつの上がらぬ熊五郎の隣に住むのが、昼間はごろごろしているのに、立派な身なりの男。泥棒に違いないが、生活のために仲間に入れてもらおうと出掛け、警察へ訴えると脅すと、男は自分の商売は「地見屋」だと告白する。熊が仲間にしてくれるよう頼むと、教授料と入会金が​50文という。これを無理に後払いにさせて、秘訣を聞き出すと、現金は明け方がかせぎ時で、金を５銭でも拾ったら酒を飲む、円とまとまった金を拾うと仲間に赤飯を配るのがしきたりだという。　熊五郎は家財道具を売って１円の金を作ると、日が暮れきらないうちから歩き回るが、何一つ落ちていない。仕方なく持っている１円で前祝いをとおでん屋へ入ったが、飲むと気が大きくなって店の親父に法螺を吹きまくる。ところが勘定を払う段になると１円がない。馬鹿な話で、下ばかり向いていて、金を拾わずに落としたらしい。着ていたものを代金代わりに召し上げられ、しょんぼりと帰ると、例の地見屋が１円入りの財布を拾ったという。見るとまぎれもなく自分の落とした財布。返さないと警察へ訴えるぞと強引に取り戻したが、中には５０銭しかない。「そいつは講習料に差っ引いといた」​【成立】　​その１を柳家つばめが改作したもの。正岡容の『寄席行灯』では、実作者はつばめの弟の平井さくら丸（川柳作者）だとしている。​【一言】　ここでは、殆ど金だけを目的に拾って歩く訳だから、拾得物隠匿で、文字通り裏家業。（立川志の輔）​​【蘊蓄】　合法的商売には「よなげや」と「残土屋」があった。前者はどぶ川に腰までつかって鉄屑を拾うもので、「河太郎（がたろう）」ともいい、落語では「代書屋」にも登場する。後者は土を掘り返して中から屑を探すもの。小判など思わぬものが出ることもままあり、一度始めるとやめられない商売だったという。「土一升金一升の江戸の町」とか、「穴埋めをする」という言葉はここからきたというのは、三遊亭金馬（３）の説。​　私は金を拾うことが多かった。学生時代は道端に落ちたコインで年間数千円は拾っていた。最初は交番に届けたが、後の手続きが面倒だからと、お巡りさんが自分の財布からお駄賃だと同じ額をくれるのを理解し、やがて猫糞するようになった。少ない時でも月に百円前後、多い時は２、３百円、千円を超えたこともある。バブル崩壊から急に拾うことがなくなった。

  2023.04.14

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• 落語「し」の１１０：地見屋（じみや）：その１

  ​【粗筋】　長屋に来た吉兵衛は、朝早く出て日暮れ前には帰るが、何の商売か分からないと、大家が聞くと、江戸中を歩くと何か物が落ちている。それを拾って生計を立てるのだという。大家の方は納得いかず、翌朝出掛けると、老骨に鞭うって後をつける。何かを拾ったのか、そういう様子も見えずに夕刻長屋へ戻る。町内に戻ると、大家は先回りして家に戻り、足が棒だと嘆いて気付くと、財布を落としてしまっている。そこへ吉兵衛が、「ただいま戻りました」と挨拶するので、「今日は暖かで人も出たろう。お前さんもさぞいい物を拾って来たろうね」　と言うと、​「今日は不景気でございまして、江戸中を歩きましたが何も拾いません。ただ、先ほど路地の入口で財布を拾いましたから、今日のたつきは成り立ちました」「あっ、それは俺の財布だ」​【成立】　井原西鶴の『西鶴諸国ばなし』巻５の７「銀が落としてある」は、大阪の男が江戸へ出て、落ちているものを拾えばいいとからかわれたのを本気にして、銀拾いすなわち地見屋をやって成功するという話。これを基に、明治４５（１９１２）年、柳家小三治（４）が作ったという。三笑亭可楽の速記も残る。​　文化３（１８０６）年、十返舎一九の『噺の見世開』の「あてなしの商売」が落語に近い。　珍商売のようだが、文政４（１８２１）年、松浦静山の『甲子夜話』巻八には、大岡越前の話題が出ている。商売もせずに普通の暮らしをしている者がいると訴えがあり、白洲で「地捜（じさがし）か」「左候」で無罪放免ということがあった。「地捜とは、旱天に夜中道路に落たるものを拾い、売代なして活計にするなりとぞ」という。　上方では三太郎という名で、大家が２００の銭を落とし、三太郎が「２００拾いました」で落ちになっている。東大落語会の『落語辞典』では「よくできた話」とほめているが、まともな大家なら事前調査がしっかりしており、そんな怪しい奴に店を貸さないだろうし、貸してしまえば野暮な詮索はしない。ただ、不安になって年寄りが一日歩き回って疲れてしまうというのが面白い。

  2023.04.13

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  落語「し」の１０９：四万六千日（しまんろくせんにち）

  【粗筋】「四万六千日ってのはどういうことだ」​「そりゃ、お前ェ……立春から数えて四万六千日ってことだ」​【成立】　分からない人のために、「二百十日ってのは何だ」「立春から二百十日目のことよ」って振っておく。​　七月の九日、十日頃、各寺社に参詣すると、四万六千日通っただけのご利益が得られるという。浅草の観音様が本場で、八日までが入谷の朝顔市で、また違った雰囲気で面白い。赤いトウモロコシが雷除けになるといって売っていたが、今はお札等になっている（写真）。本所回向院、三田魚藍観音、四谷汐干観音、青山梅窓院、駒込光源寺など多くの寺社でやっている。

  2023.04.12

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• 落語「し」の１０８：縞問答（しまもんどう）

  ​​【粗筋】　呉服屋で細かい縞物を注文する客があるので、​「これが一番細かい万筋でおます」「もっと細かい縞はないか。万筋よりも細かい八万筋（八幡筋）はないか」「そらぁ所の名で……」「それでもやっぱり縞のうち（島之内）じゃ」​【成立】　明治４４（１９１１）年刊行の『桂派落語選』にある。大阪以外の寄席では絶対に取り上げることはない。​【一言】　八幡筋が島之内にあるということがわかる大阪市中央区かいわいだけで受ける咄だ。（小佐田貞夫）​【蘊蓄】　「おそれ入谷の鬼子母神」、「おおあり名古屋の金の鯱」などの洒落は一般に広まっているが、この噺のように極狭い土地でしか受けない噺は、記録されることも少なく、稀少価値がある。​​

  2023.04.11

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• 落語「し」の１０７：島めぐり（しまめぐり）

  ​【粗筋】　「朝比奈島めぐり」の絵本を見せてもらう。​１：一眼国に行ったら、「こっちが見世物にされるがな」２：女護が島では、団扇で日本の男風を呼び込んで妊娠する。だから子供は風の子。　夜中に風を呼び込んでいると聞いて、「それで朝になると前が立つ」３：この絵本に刺激され、女護が島を目指して本当に旅に出ることにしたが、密航して休憩中に下りたため、小人国に取り残される。小人の殿様を捕まえて印籠に放り込む。次に行ったところは大人国で、今度は自分が印籠に放り込まれ、気付け薬をのもうと印籠を見ると、小人の殿様が、丸薬に腰掛けて見事に切腹している。４：子供のおもちゃにされ、お膳の上で一昼夜逃げ回るが、材木の上で一休みすると、同じお膳の箸だった。逃げるのを諦めたら、「おい、そこをどけ」と言われる、何だか分からずにいると、屁で飛ばされて天高く舞い上がる。５：ようやく女護ヶ島へ到着。女に囲まれ、まさか踊りながら脱ぐ訳にも行かぬ。風呂を覗かれ、下に付いている棒は何と聞かれ、これは女の下腹部を掃除するものだと、商売を始めると、男がいないのでうずくという女性に大変な人気で行列まで出来る。女達が喜んで「値が値だけのことはある」６：さすがに一人で続けるのは苦痛で、「これでは俺の命が持たん」と逃げ出した。​【成立】　お伽草子の『御曹司島わたり』など、古くから島巡りの話はあるが、落語の原典と見られるのは延宝８（１６８０）年『噺物語』中の「大風に逢し舟の咄し」。風来山人こと平賀源内に、『風流志道軒伝』（宝暦​13（１７６３）年）があるが、これは浅之進という男が仙人に命じられて人情をさぐる修行のために大人国、小人国など巡った末、女護が島で男郎屋を始めたところ、たちまち男達はやせこけて死んでしまい、色におぼれた主人公を仙人がさとして、浅草に戻ると老講釈師になっていたという話。浅草で人気だった深井志道軒の一代記だというが、この影響も見られる。　どこでも切れるが、桂文団治は本文の落ちの後、「これ以上演ったら、私も命が続きませんので、これでしまいにします」で終わらせている。露の五郎兵衛は上方の旅風に、喜六清八が女護が島を目指す。落ちも同じで、「喋ってるこっちも命が持ちまへん」。笑福亭仁鶴の昭和４９年の独演会資料には、「万国島巡り（三田純一作）」とあるが、内容は同じらしい。桂文我が子供用の絵本を出しているらしいが、中身はどうなっとんのやろ。そもそも子供向けやないやろう。　前田勇の『上方落語の歴史』には、３の落ちが正式で、５の例があると紹介している。ううん、疑問だらけ……尚、１は「一眼国」と同じになってしまうので省略されるだろう。　江戸落語では、総兵衛が同じように旅に出て、あちこち回り、唐人の国で１０年前に漂着した日本人に会う。こちらで商人となり、吉原を作っている。遊びに行くが、芸者が何人だから分からない（中国らしい）。幇間が「チュウチュウペンウンホンチョイベー」と踊る。芸者が酔って暴れる。総兵衛が河東節をうなると、みんな逃げ出す。それもそのはず、トラは河東（加藤清正）が天敵だから。「唐茶屋」という題で紹介してある。　延宝８（１６８０）年『囃物語』上巻の３「大風に逢し舟の咄し」は、小人の国に行くとごまめを切り売りしており、大人国に行くと鰤を桝で量り売りしているというもの。　安永２（１７７３）年『仕形噺口拍子』の「島」も同じで、メダカの切り売りと鯨をまとめて量り売り。鯨の売り声が雲の上に聞こえるというのが洒落ている。

  2023.04.09

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• 落語「し」の１０６：：島原八景（しまばらはっけい）

  ​【粗筋】　京都島原を案内してもらい、太夫を見に行く。太夫が煙草をすっていて、煙管をはたくと火が着物の上へ転がった。男が騒ぐと、​「なに、ほっといとくなされませ」  と、少しもあわてず吸殻を転がして煙草盆へ落とした。  感心した男が真似をしようとするが、手入れの悪い煙管なので吸殻が飛び出さず、思い切り吹くと火が頭の上へ。「お客さん、大変ですよ」「なに、ほっといとくなされませ」​【成立】　上方噺。前半で島原を詳しく案内する場面は現代に生かせそう。東京では吉原の町並みを並べる「二階ぞめき」を立川談志が演じていた。後半は「普段の袴」と同じ。個人的には「普段の袴」の方が上……じゃあ演る人もいないかな。​

  2023.04.08

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• 落語「し」の１０５：島鵆沖白浪（しまちどりおきつしらなみ）

  ​【粗筋】　佐原の穀屋平兵衛の連れ子・喜三郎は、遊び惚けて家にも寄り付かず勘当になる。実は義弟の吉次郎を跡取りにするためだった。喜三郎は土浦の皆次という親分の世話で博徒となる。​　文政１２（１８２９）年、お金・お虎の母娘、お虎の姉を身売りした後も借金に追われ、逃げるように成田へ流れて来た。芸者になる覚悟だったが、紙入れを掏られてしまう。これを助けたのが喜三郎。借金は菊蔵という者から五両を借りたのに、「拾」の字を加えて五十両になっている。十両で引き取らせるが、柴山の仁三郎親分が許さない。この親分、皆次に遺恨があったのだ。菊蔵らをけしかけると、喜三郎を物置に閉じ込めて袋叩きにする。これを知ったお虎は一人で物置に乗り込み、血まみれの喜三郎を担ぎ出す。傷が癒えた喜三郎は、仁三郎を斬り殺して江戸へ出奔する。　２年経った天保２年、手の傷の形から三日月小僧と呼ばれる掏摸がいて、喜三郎の財布を狙って取り押さえられる。お金・お虎の財布を掏ったのがこの三日月小僧と分かり、諭されて逃がしてもらうが、すぐに役人に捕まってしまう。　同じ年、江戸へ出たお虎は、大坂屋の遊女・花鳥となっていた。喜三郎と似た梅津長門という貧乏旗本と馴染みになる。金に困った長門は、１２月２０日、辻斬りで吉原に通う与兵衛から金を奪う。岡っ引きの竹蔵が見ていて、すぐに大坂屋を捕り手が囲む。花鳥はこれに気付いて火薬に火を点け、長門は二階から炎の中へ飛び降りてまんまと逃げてしまう。　花鳥は伝馬町の牢に入れられるが、石抱きの拷問に耐えたのを認められ、牢名主を譲られる。新入りの囚人お兼が、梅津長門と関係を持っていたことを話す。長門の無事を知って喜ぶが、お兼に嫉妬し、寝ている顔に濡れ紙をあてがって殺す。花鳥は三宅島に送られ、島司・木村大助の妾となる。　千住に小菅屋という遊女屋があるが、後妻のお熊と目明しの湯屋重が主人に毒を盛って乗っ取ってしまう。小菅屋には跡取りになる勝五郎がいたが、父殺しの大罪人として湯屋重に捕らえられ、島送りになる。　湯島根生院の坊主・全念は、料理屋のお花を寺に引き入れて楽しんでいるが、遊び人・手塚の太吉がこれを知ってゆすりに来る。納所の玄若は、全念から百両の礼金を約束されて太吉を殺す。二人で死体を捨てに行こうとした時、吉原で花鳥が起こした火事に出くわし、死骸を捨てて逃げ出す。差し担いに使った孟宗竹が寺の物と分かって、玄若は島送りになる。　天保４年、八丈島へ送られる途中、喜三郎は三宅島に下ろされて水汲みを命じられる。ここで三日月小僧と再会、島抜けの計画を聞く。勝五郎、玄若、花鳥が仲間となって、舟を出すことが禁じられる７月１３日の夜、島司の木村大助を斬り殺して五人で舟を出す。嵐や船幽霊と闘って無事銚子に漂着する。　勝五郎は、妻のお吉に対面し、三日月小僧と共に湯屋重とお熊を殺し、遊女らの証文を全て帳消しにして自訴する。　喜三郎と花鳥は、江戸へ向かう途中、雲助に脅されている男を助けるが、これが弟の吉次郎で、雲助は菊蔵であった。菊蔵を殺した喜三郎は、吉次郎に家督を譲るために博徒になったことを打ち明ける。江戸へ出た喜三郎を、乞食になった玄若が訪ねて来る。彼は全念とお花を殺していたが、お花の幽霊が現れ、玄若は自らの悪事を口走る。これを聞いた花鳥、お花が実の姉であることを知り、玄若を殺す。やがて、大坂屋の客だった商家の番頭・卯兵衛と再会したので、これを色仕掛けで誑し込み、喜三郎が店へ乗り込んで間男の代金をゆすろうとする。ここへ現れたのは梅津長門、辻斬や花鳥の島抜けの話をしたのを盗み聞きしていた下女のお峯が役人に訴えて長門が捕らえられる。彼女は長門が辻斬りで殺した与兵衛の娘であった。長門捕縛を耳にした喜三郎も自訴する。　こうして、天保５（１８３４）年３月、長門、勝五郎、三日月が斬首となり、天保１２年に花鳥ことお虎は雨の中で首斬り浅右衛門の片手斬りでクビを打たれる。喜三郎は弘化３（１８４６）年の丸山火事で牢からお解き放しになるが、病死して戻らなかった。​【成立】　１８８３年と翌年、柳亭燕枝（１）の速記本２巻。全３８席。市川團十郎と親しかったため、談洲楼燕枝と改名している。円朝と並ぶ人気だったが、古文調で語ったものなので、現在ではほとんど演じられない。この作品は、講談の伊藤花楽（後の凌潮（５））との合作。​　柳枝（３）の「佐原の喜三郎」という人情噺（１９０９）は短いが、人物が生き生きとしている。人物名が違っているが、この噺をまとめたものだろうか。三日月小僧の噺は「三日月次郎吉」という噺が既に演じられていた。佐原の喜三郎は実在し、八丈島に遠島になって弘化２年に没している。　講談には残っているが、落語は金原亭馬生（１０）が「大坂屋花鳥」という題で吉原の火事の場面を描いたのを聞いただけ。部屋を回っては次々に行灯を倒して火事を出し、吉原大火の混乱に紛れて逃げ出した梅津が、「上野の森へと逃れて行きます」という切れ場が見事だった。　柳家三三は、「佐原の喜三郎」の題で通し口演を行っている。​​【蘊蓄】​　吉原の遊女で八丈島に島流しになったのが文政４年以降８人いるが、花鳥の名がちゃんとある。島に来たのは文政１１（１８２８）年で１５歳。８年後の天保９年８月３日、喜三郎という者を中心に７人が島抜けに成功する。この喜三郎が島へ来たのは２年前で、二人がもともとの知り合いだったというのが講談の創作。花鳥は山田浅右衛門（７）の手で打ち首になるが、掛け声の時に刀を見てほほ笑んだため、さすがの浅右衛門もぞっとしたという。この時２９歳とされるが、２、３歳下という説もある。（参考：子母沢寛『続ふところ手帳』）​

  2023.04.07

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• 落語「し」の１０４：絞り紺屋（しぼりこうや）

  ​【粗筋】　本妻と妾を同居されているが、いたって仲が良く、妾が鳴海の生まれで、名物の鳴海絞りを作るのがうまく、本妻と一緒になって稼ぐので、亭主は年中ぶらぶらしている。余計なことを言う知人がいて、​「女は表向き仲が良くても、内心ではどんなに憎み合っているか知れない。昔、加藤左衛門重氏の奥方と側室も仲が良かったが、ある夜双六をしながら眠ると、二人の髪の毛が蛇になってからみ合い、火を吐いて争った。これを見た重氏は、世をはかなんで出家し、高野山に行った」　という話を聞かせた。　亭主が急いで帰ると、二人で絞りを作っているところが障子に写り、偶然大蛇のように見えた。障子を開けてこの反物を奪い取るようにして表へ出ようとするので、「おまえさん、どこへ行くのさ」「ああ、紺屋（高野）へ行くんだ」​【成立】　トイレを「高野」というのは、「厠（かわや）」の音が変わったもの。尚、高野山は自然の流れを利用し、最古の水洗トイレがあった。これが語源だとするのは間違い。「紺屋」は職人は「こんや」と言っていたが、一般には「こうや」と読んでいて、芝居や落語では今でもそう。辞書には「こんや」しか載っていないものがある。この噺も「こうや」でないと洒落にならない。​

  2023.04.06

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• 落語「し」の１０３：シベリアン・ナイト（しべりあん・ないと）

  【粗筋】　戦争中、赤紙が来て満州とソビエトの国境辺りへ送られる。もっとも噺家が招集されるようではもう落ち目だという証拠。最初は豚を殺して肉を取る役割になったが、ソビエトが攻めて来ると捕虜になってシベリアはムーリンという収容所に入れられる。「オマエ、国で仕事は何してたか」「噺家でした」「鼻から鹿を出すのか」「いや話をするんで」「誰と」「一人で」「お前は頭がおかしい」「面白い事を言って笑わせるんで」「ああ、喜劇役者か、そういう顔をしている」​　何か勘違いされて、捕虜で楽団を作る楽長に任命されてしまう。演奏の合間に芝居もやるが、向こうでは女形がないから、男が女役をやるのが受けた。　向こうには女軍人もいて、大変な美人もいる。日本の字を教えろというから、お手本を書いて教えるが、女将校は全く書けない。「仕方ないね。私女だから筆の先が割れている」　それから、「ヤポンスキー（日本人）から聞いたが、初めて何するのを筆おろしというそうだが、お前のモノも先に毛が生えているのか」　とか、「浮世絵を見ると、ヤポンスキーのモノは大きくて立派だが、お前のもそうなのか」　なんて聞かれる。「あれは絵空事といって、本当ではありません」「隠さなくてもよい。今夜私の部屋へ来い」　ってんで……行ってみるとさあ大変、向こうは女でも一回り大きいから扱いに困る。あれこれやって頑張るが相手はほとんど無反応、それにこちらは浮世絵と違ってお粗末。モノを入れても感じない。こりゃ駄目だってんで握りこぶしを入れると、「オオチンハラショー」​【成立】　昔々亭桃太郎（１）が昭和２６年に初演。実際に捕虜としてシベリア抑留を経験したことをネタにした。「オーチンハラショー」は「大変すばらしい」というロシア語。え、「ハラショー」だけで「素晴らしい」だって……そう「オーチン」が「とても」「たいそう」という意味だからねえ。　尚、イタリア語ては乾杯を「チンチン」という。ノルウェーにいい湖があるが、男ならカナダの湖に行ってみたい。​

  2023.04.05

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• 落語「し」の１０２：自分にあった男（じぶんにあったおとこ）

  【粗筋】　３０歳になってまだ独身、父親が見合いを勧めるが、まともなのはない。少し年上というのが、３０歳違い。２２歳で、これは写真を見た途端にぶっ飛ぶぞ……って見た途端に本当に飛んで行った。２０年先へタイムスリップしてしまう。​　助けたのが２０年後の自分。「今何年や」「昭和８０何年や」「まだ昭和か」「そういうことや」「世の中どうなっとる」「大阪駅前がどんどん開発されて、１０８番目のビルが梅田の駅前に建っている」　大坂のお笑いは低迷、桂三枝は議員になって文科大臣。西川きよしは更生大臣になった。「相方のやすしは」「５年前に大阪湾に浮かんだ」　野球は長嶋監督が今年で引退。最後にヤクルトを優勝に導いた。ダメ阪神は身売りしているが、買い手はない。　ソープランドが国営になり、この売上が防衛費になっている。未来の自分から５万円もらって行ってみるが、物価が上がっているので、いい女は百万円、そこそこでも３０万円は必要だった。５万円ではキャラメルのおまけ位しか買えない。　実は自分は２０年前に結婚していた。相手はあのぶっ飛んだ写真の女。日本一不細工な女で、天然記念物に指定され、国から金が出るので生活には困らない、浮気される心配はないが、自分も有名人になって浮気が出来ない。美女は三日で飽きるが、ぶすは三日で慣れる……　写真を見せてもらった途端に……「ぎええ……」　余りのショックに昔へ逆戻り。「どうしたんや、写真を見た途端にぼーっとして。やっぱり嫌か、こんな女」「いや、一遍会うてみるわ」​【成立】　笑福亭仁智の創作落語。読んで分かる通り昭和６０年代に演ったが、予想はほぼ外れ。わずか２０年では大きな変化は起こらない。どんな手を使っても防衛費を上げるという部分だけが正解。ご本人がすごい女性と結婚したかどうかは未確認。​

  2023.04.04

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• 落語「し」の１０１：渋酒（しぶざけ）

  ​【粗筋】　旅人が山道で迷い、一軒家を見付けて無理に泊めてもらう。留守番を頼まれて、次の間を見てはならぬといわれたが、怖いもの見たさに開けると、布団の中に女が死んでいて、枕元に線香や箸を立てた飯などがある。そのうちに机の陰から白い手が出たので、旅人は気を失ってしまう。​　主人が帰って旅人を起こすと、女房が今朝死んで、それが分からぬ子供が母と一緒に寝ると言うので、その子供の手を見て驚いたのだということが分かった。　翌朝、夜明けと共にそこを飛び出し、峠の茶店で酒を注文する。便所を借りに裏へ行くと、男が縛られていた。主に聞くと店の酒を渋いと言うから縛ったのだという。旅人が酒を飲むと、「おい、爺さん。俺も縛っておくれ」​【成立】　寛政８（１７９６）年『春の山』の「酒」がすっぱいと言った客が縛られる噺。三遊亭円朝も「杉酒屋」という題名で演じている。前半と後半があまりに違う噺であるが、おそらく後半だけで独立した噺だったもので、これがあまりにも短いので、前半を無理につなげたものと思われる。​

  2023.04.03

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• 落語「し」の１００：渋柿（しぶがき）

  ​【粗筋】　寒いのに汚い浴衣１枚の男が柿を取って食べようとする。それは渋柿だと教えてやったのに「分かっている」とかぶりつき、あまりの渋さにすごい顔で無理をして食べている。​「なんと無茶な奴じゃ」「ほっとけ、ほっとけ。どうせ尻の詰まらん者や」​【成立】　渋柿を食べると糞詰まりになるという俗説があり、役立たずを指す上方言葉との洒落になっている。笑福亭円歌が唄を交えて演じていたという。​​【蘊蓄】　笑福亭円歌は、中村鴈治郎の祖父。​

  2023.04.02

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• 落語「し」の９９：しびん泥（しびんどろ）

  ​【粗筋】　盗人の子分が家に入り込み、結構な布に包まれた物を盗み出す。表で待っていた親分が開いてみると、しびん。「何だ、これは」「親分、シーッ」​【成立】　安永２（１７７３）年『近目貫』の「服沙包」。何が面白いかというと、静かにしろというシーッと、おしっこをさせる時の……って説明したのは林家三平（３）。【粗筋】　盗人の子分が家に入り込み、結構な布に包まれた物を盗み出す。表で待っていた親分が開いてみると、しびん。「何だ、これは」「親分、シーッ」​【成立】　安永２（１７７３）年『近目貫』の「服沙包」。何が面白いかというと、静かにしろというシーッと、おしっこをさせる時の……って説明したのは林家三平（３）。​

  2023.04.01

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• 落語「し」の９８：芝浜（しばはま）

  ​【粗筋】　棒手ふりの魚屋魚勝、女房の間違いで１刻早く起こされて河岸に出掛け、芝の海岸へ出て刻限を待つうちに４２両入った革の財布を見つける。これで遊んで暮らせると、友達を呼んでどんちゃん騒ぎ。ところが翌朝になると、女房がそんな財布は知らないと言う。財布を拾ったのは夢で、散財は本物だということで、心を入れ換えた魚勝、それからは酒を断って一生懸命働く。​　おかげで店を持つようになった３年目の大晦日、女房が金を出してあの時金を使えば気の緩みは一生直らなかったに違いないので夢といってごまかしたのだと告白。金をお上に届けておいたが、持ち主が出ないので、お下げ渡しになったというのである。魚勝は心から礼を言い、女房が久しぶりにつけてくれた酒に手をのばすが、「よそう、また夢になるといけねえ」​【成立】　三遊亭圓朝が「酔っぱらい・芝浜・財布」からまとめた三題噺というが、『圓朝全集』には入っていない。「芝浜の革財布」「芝浜の財布」「革財布」「三年の夢」「済んだ夢」「馬入」とも。「馬入（ばにゅう）」は、魚屋が包丁を入れる桶のようなもの。芝浜は新橋辺りから品川までの海岸線。「汽笛一声」の鉄道は海岸線に沿っていて、横浜までの鉄道が海岸線だった。絵を見ると分かるが、一部は海の上を走っている。​　田町駅前の本芝公園辺りに東京湾で採れた雑魚をそのまま売る「雑魚場」があった。日本橋が本格の魚河岸で朝から市をやっているが、ここはその名の通り昼に上がった雑魚を売る「夕河岸」であった。朝からやっている市場の記録は見付からないが、漁師らが売っている所があったとすれば問題はなかろう。品川までの間に、そういう漁師町のようなものは幾つもあったという。　芝浜が陸地で、芝浦はその海側。明治以降埋め立てられた区域に芝浦という名がついている。　桂三木助（３）が安藤鶴夫の協力で磨き上げ、芸術祭の賞も得て、昭和の頃は彼の独断場だった。安鶴が昭和の名人に入れたのは、このネタによるものが大きい。しかし、亡くなったのが５９歳（戸籍では５８歳）の誕生日を前にしてだから、正直これから本当の名人になる人だったような気がする。安鶴は、自分が深くかかわったからだろうか、昭和の名人に数えている。　尚、「芝浜」の録音は芸術祭を取った昭和２９年のものしかなく、かなり省略されたもので、全く評価するに値しない。実際の高座に接していないので、こういうことを言う資格もないことは分かっているが。　三木助の独占だったといえるが、その死後は多くの人が取り上げている。二桁以上は聞いているが、最も印象に残っているのは五街道雲助、贔屓だった客が切った刺身を口にして、「しょうがねえなあ」と言いながら出入りを許す場面、大晦日の風物が説明される中で夫婦の会話になって行く場面、どこをとっても素晴らしい。　何でもないような落ちであるが、「今のこの幸せが夢になっちゃあいけない……そういう気持ちで落ちを言います」と三遊亭円楽（５）は述べていた。　拾った金が夢になるのは、元禄３（１６９０）年『鹿の子ばなし』上巻の「にわかぶげんは一炊の夢」にある。金を拾った後、宿で酒を飲んで寝ると、主人が金を隠してしまい、自分から「夢を見た」と言う。​【一言】　戦後三木助（３）が、柳家つばめ（４）と劇評家・安藤鶴夫のアドバイスで、白魚船のマクラ、夜明けの空の描写、サゲ近くの夫婦の情愛ほか独特の江戸情緒を醸しだす演出で十八番とし、昭和２９年度芸術祭賞を受賞。（立川志の輔）​​●　客席の、さわやかな熱気のようなものが、たったひとりでいる三木助（３）の所にまで伝わってきて、このあと『芝浜』をやるのだということに、なんともいえないすがすがしい緊張と、これから芸をやるのだという喜びが、三木助の身内に、ゆるく、しずかに昂まっていくのが感じられた。そして三木助は、芸人にとって、いまの、この、こういう時こそが、なににもましていちばん大きな喜びなのだなと思った。（安藤鶴夫）​​●　えー、三木助さんがァ、どっかィ行っちゃったもんで、代わりにあたしが演ります。芝浜。（古今亭志ん生（５）・三木助死去直後の高座）​​●　財布を拾う前に、夜明けの描写をやる方がいますけど、私はしません。だって一刻早く起こされたんでしょ。江戸時代の一刻といやあいまの二時間。その時分、河岸の開くのが七ツというから、いまの午前四時。それより一刻早く起こされたんだから、そう、夜は明けませんよね。（金原亭馬生）​​★　三木助の演じているのは、東の空が明るくなりかけたところで財布を拾い、家に帰ってから明け六つの鐘を聞くという演出。実際にはその２時間前に河岸は開いているわけだ……もちろん、現実とは違うんだからいいじゃないかって人もいるが、夜が明けてから河岸で仕入れをするのは遅いやねえ……まあ、前に説明した通り、正規の魚河岸ではないから、どうでもいいのだろうが。​古今亭志ん生（５）は、夜明けの描写が長いと夢と思えねぇというので海を一切描かず、家に飛び込んで来る場面から始めた。志ん朝も同じ。立川談志も、三木助は好きだが芝浜だけはいただけないとしていた。「安藤鶴夫みたいなヤツのことを聞いて、変に文学的にしようとしている嫌らしさがある」​●　「たかが噺にそこまで」と云う反論もありましたし、私も文芸的にと云うのは好きではないのですが、この噺だけはそうした味つけがあってもよかろうと云う考えです。つまり、そうしたい気にさせる何かが有る噺なんですね。誰しもがそう思うようで、この噺ほど演る人によって持っていき方や工夫の違う噺もありません。それだけに演者の噺に対する姿勢や感覚を試されて、恐い噺なのかも知れません。（五街道雲助）​​●　心学らしい訓話であるが、芝へ魚の買出しに行くというので見れば、本船町（ほんふなちょう）・同横店・本小田原町・安針町（あんじんちょう）、四組のほかに新場・本芝・芝金杉の魚市場の出来たのは享保六年以降のことで、波打際で革財布を拾ったといえば本芝のことらしい。この心学を加味した落語は，享保時代の出来事を按排したものである。丹波の篠山侯の儒臣、松崎堯臣が享保九年に書いた『窓のすさみ』の中に、最近の佳話として伝えたのによると、芝浜に年の若い大変に親孝行の魚売りがあった（三田村鳶魚）​​★　『窓のすさみ』の逸話。魚売りが財布を拾うが、金２両と書付が入っている。八王子の者が娘を売った証文で、その足で八王子まで届ける。その後今度は１０両を拾うが、書付がないので役人に届けるが、役人は何も証拠がないから調べても分からないから、天の与えであろうと魚屋に与えようとするが、自分の金ではないときっぱり断る。町奉行がこれを聞いて金子紛失の者は名乗り出るよう触れを出すが出て来ない。そこで魚屋を呼んで日頃の篤実を賞し、老親の養い料にせよと申し渡した。​​【蘊蓄】　『江戸名所図会』には、芝浦を次のように紹介している。​　本芝町の東の海浜をいふ。芝口新橋より南、田町の辺までの惣名なり。上古は芝を竹柴の郷といひしを、後世上略して、柴とのみ呼び来れり。また文字にも芝に書き改めたりとぞ。この地を雑魚場と号し、漁猟の地たり。この海より産するを、芝肴と称して、都下に賞せり。歌謡曲の紹介●石川さゆりの歌芝居「芝浜」：「歌芝居」と銘打つだけに、台詞を歌い上げるのが笑える。１９分間のドラマ。●イカルス渡辺の「『芝浜』ロック・ミュージカル」：こちらも１７分のドラマ。ぜひ演歌とロックで聞き比べを。●林家たい平の「芝浜ゆらゆら」：　　突然愛は目の前に落ちてきて……　　芝浜波をいつかぷかぷか泳いで　また夢にならないように　……最後の歌詞ははっきり分かるだろうが、途中の歌詞にもちょっとした落語とのつながりがあって面白い。マシコタツロウの作詞作曲だが、詩はたい平との共作だそうだ。●三遊亭好楽の「熱燗二本～噺家一代～」：　　初春の　寄席囃子　人情噺「芝浜」で　　芸の未熟さ　僅かな拍手　　高座をあとに立ち寄る店で　　ぐちを呑みほす　熱燗二本　岡本圭司：作詞　美樹克彦：作曲。克っちゃん、ひょうきん族からお笑い系になっているのかしら… 

  2023.03.31

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• 落語「し」の９７：自白（じはく）

  ​【粗筋】　大学卒業以来１５年振りにクイズ研究会のメンバー９人がそろった。みんなでテレビのクイズ番組応募し、見事出演を勝ち取ったまではいいが、散々な結果に終わった……と思い出話に花が咲き、隠しておいたが、後になって告白すればよかったということもあるだろう……と、いうので一人ずつ告白することになった。​　合宿の旅館で女湯をのぞいた者がいると大騒ぎになった時、「許せん、そんな奴殴ってやる」と一番騒いだ水野が、実は自分が犯人だったと自白する。　田川は実家が有名な蜜柑園をやっている農家だと言っていたが、実は父親がその蜜柑の段ボールを作っている工場に勤務しているだけだった。更に、就職決まったと言ったが、成績悪くて大学卒業できなかった。「お前、一緒に卒業式に出とったやないか」「卒業式だけは一緒に出とこと思うてな」「そうか……だから卒業証書もらいに行こうという時に、一人だけトイレに行ったまま行方が分からなくなったんやな」　みんなが何らかのことを自白し、大島だけが残った。「お前はないのか」「実は……」　と悲しい音楽に乗って話したのは、部室で１２万円が無くなったのは自分が盗んだということ。親が失業して学費にも困っていたのだ。返そうとは思っていたが、今も金がない。「大島、もうええ、実はここにいるみんな、知っていたんや」「なぜや」「俺、それをのぞいていたんや」​【成立】　桂文枝５３作目。１９８５年３月の作品。１５年で１２万円を返せないのは、何の仕事をやってるんだろう。就職してから年に１万円くらい貯金をしていればとりあえず返せる……この同窓生たち、利子は取らないだろうから……​

  2023.03.30

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• 落語「し」の９６：芝居風呂（しばいぶろ）

  ​【粗筋】　芝居が好きで失敗ばかりする湯屋の又さん、いっそ芝居風呂というのをやってみようと思い立つ。入口も芝居小屋と同じ作りにして、言葉も全部芝居調にしたところ、大当たり、噂を聞いて遠くからも客が来る。芝居で幕を知らせる「二番目じゃァ、二番目じゃァ……ィ」という声もちゃんと入る。その風呂の中で喧嘩が始まったが、これも自然に芝居の動きになってしまう。一人がもう一人を踏まえて、​「跳んで湯に入る夏の虫ィ……（見得を切ってはッと気付き、前を隠し）おォい、番頭、おれの着物はどこだい」「二番目じゃァ、二番目じゃァ……ィ」​【成立】　「二番目」「二段目」とも。古くから演じられた記録はあるが、下座がそろわないのでほとんど演じられない。後半は台詞も少なく、芝居の動きを見せるが、座ったままでそれらしく見せなければならない。極めて難しい噺。時代狂言を「一番目」と呼び、濡れ場、道行などの恋の場面を「二番目」という。喧嘩が終わったので一番目は終わり、これから二番目となる訳である。もちろん着物を置いてある場所が二番目ということだが、男が裸であることからか、湯で濡れている濡れ場という洒落なのか、芝居との関係があるのかも知れない。「二番目」が分からないので「二段目」で演じられたらしい。​​【一言】　とにかく芝居噺では、鳴物と付拍子と演者の呼吸がぴたッと合わないとうまく行かない。楽屋でうまくやってくれないことには、いくら当人ばかり一生懸命やってどうにもならないわけです。演っている者が本当に自分が役者になったような気分になる。それでなきゃァ聞いている方が面白くないものです。（三遊亭圓生（６））​​【蘊蓄】　風呂は蒸気をためた、今のサウナであった。その蒸気を逃がさぬため、入口は低くなっていてかがんで入る。これを「石榴口（ざくろぐち）」といったのは、鏡を磨くのに石榴を使ったことから、「鏡要る（かがみ入る）」という洒落。​

  2023.03.29

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• 落語「し」の９５：芝居の喧嘩（しばいのけんか）

  【粗筋】　芝居で伝法（銭を払わずに入った客）だと思った小屋の若い者に声を掛けられ、芝居そっちのけで喧嘩を始めた若い者がいる。随随院長兵衛の子分だったが、これを追い出したのが侍。水野忠邦の部下。長兵衛の別の家来がこの侍を追い出すと、もう一人の侍は卑怯にも後ろに回って隙をうかがう。客が教えて大事にはいたらないが、双方がずらりと並んで睨み合い。​「どうだい、いい芝居だねえ」「これは本物の喧嘩だよ」　これから大騒動になるという……「芝居の喧嘩」発端でございます。​【成立】　講談の「随随院長兵衛」から「芝居の喧嘩」。この後、長兵衛が水野の屋敷に呼び出され、湯殿で殺される。​　２０００年前後から数年、落語協会の席で、若い真打や二ッ目が取り上げ、やたらに出て来た。あまりうまくない人が演ると、侍に気品がないからやくざ者か町人の喧嘩にしか聞こえない……そんなのが多かった。喧嘩であっても、武士の身分が感じられないとねえ。幡随院長兵衛は芝居では「ばんずいいん」と読んでいた。　芸術協会では滝川恋斗が印象的、ちょっと荒っぽい口調が喧嘩には似合っていた。​【蘊蓄】　浅草寺の伝法院の寺男が、寺の威光をかさにきて、境内の見世物小屋や飲食店で金を払わず、無法な振舞をした。これから無銭飲食、無料見物をすることを「伝法」というようになったという。またそのような乱暴者、無法なことをする者も「伝法」と呼ぶ。本来の「伝法」は、師匠が弟子に教えを授け渡すこと。​

  2023.03.28

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• 落語「し」の９４：芝居の穴（しばいのあな）

  ​【粗筋】　幕が開くと茶店の亭主、「ああ、くたびれた、くたびれた」幕が開いた途端にくたびれているようじゃしょうがない。井戸に水を汲みに行ったまま二度と戻らない。どこまで汲みに行ったんだか。​　侍二人が出て来て、話を始めるが、扇を広げて相手の耳へ当て「なあァ」と言うと片方が「むゥん」……客席は何を言っているのか分からない。「いかがでござる」「や、それもよしよし」で話は終わる。さて、これが何を言っているかというと、「なあァ（小声で）朝は寒いねェ。お前も銭はねえんだろう」「むゥん」「（小声で）どうだ、頭取にいくらか借りておでん屋で一杯やろうか。（大声で）いかがでござる」「や、それもよしよし」​【成立】　芝居のあら捜し、すなわち「穴」を集めた小噺集。別に決まりもなく、何だっていいのだ。「廓の穴」というのも同様のタイトル。粗筋は幕開きだけだが、様々な芝居に茶々を入れるので、ネタに出来る場面は色々ありそうだ。「それもよしよし」で終わりにするのは、三遊亭圓生（６）をテキストにした。​​【一言】　この噺仕方噺で、実地に形を見なければ面白くない噺です。形が必要な噺だから速記には残っておりません。（三遊亭圓生（６））​​【蘊蓄】　宝永年間（１７０４～１１）に、江戸の各座でそろって「曽我」を出したところ、いずれも大当たりをしたことから、正月には「曽我」が吉例となった。「忠臣蔵」は夏の出し物である。​​

  2023.03.27

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  落語「し」の９３：芝居と帯（しばいとおび）

  ​【粗筋】　奥方が旦那から帯を買ってもらう約束を取り付けて大喜び。​「帯を買ったら芝居に行くわ。役者への祝儀がいるから、金を借りに横浜の親戚に行くついでに、金沢八景と江ノ島を見物して、大磯から箱根へ足をのばし、興津の清見寺、久能山、小夜の中山から豊川稲荷へ抜けて、熱田神宮伊勢神宮、二見ヶ浦で朝日を拝み、近江八景を見物して京都から奈良の大仏、高野山、熊野で鯨を見て、大阪神戸、須磨明石、阿波の鳴門から讃岐の金比羅安芸の宮島、下関から長崎へ行き、せっかくだから沖縄へ、ここで出直すのも億劫なので、上海からシンガポール、そうなると西洋に行かないのは失礼だから、ちょいと脇へ入ってロンドンで女王に会って、近道でも探してウラジオストックへ戻り、函館五稜郭で氷水でも飲み、汽車で上野へ戻りましょう……ああ、くたびれた」　旦那が驚いて、「帯一つでそんなことをされたらロンドンどころかルンペンだ、芝居か帯かどちらかにしろ」　と厳命。奥方が迷っていると、幇間の桜川呑孝が現れ、歌舞伎座の団菊顔合わせの「加賀見山」が素晴らしいと熱演してみせる。奥方はうっとりとして、「まあ、本当に芝居を見ているようだよ」「おっと、それじゃあ、帯もいらないな」​【成立】　桂文治（６）の創作か。明治３０年（１８９７）頃の速記である。従って団菊とは市川団十郎（９）９（１８３８～１９０３）と尾上菊五郎（６）（１８４４～１９０３）ということになる。文治の後演じ手がないが、前半は現代でも十分分かるので、芝居の部分を手直しすれば演じる価値はあるものと思う……演らないかな。「藪入り」に子供を連れて行くってのもあるし、似たようなのは他にもありそう。​​【蘊蓄】　「加賀見山」こと「加賀見山旧錦絵（かがみやまこきょうのにしきえ）」は天明３（１７８３）年４月森田座初演。兄弾正と結託して主家横領を企む局、岩藤が、陰謀を知った中老尾上に家宝を盗んだ罪を押しつけて自害に追いやり、尾上付の腰元お初が岩藤を討ち取ってお家安泰を得るという筋。登場人物が女ばかりなので「女忠臣蔵」と呼ばれ、女性客の人気を得た。​

  2023.03.26

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• 落語「し」の番外：芝居道楽（しばいどうらく）

  　昭和５０年頃の講談社の文庫本にあったもの。「笠碁」で夢中になって泥棒に蔵の鍵がどこにあるかを教える、「蔵丁稚」から「七段目」と続く。多くの噺を紹介しようと、こういう風にまとめたものであろう。実際に演じられたとは思えない。

  2023.03.25

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• 落語「し」の９２：芝居寿司（しばいずし）

  ​【粗筋】　道楽が過ぎて勘当になった若旦那、鳶頭の家に居候していたが、寿司屋を始めると言い出した。芝居寿司といって、万事が芝居調でやるという。有名人を６０人ばかり頼んで先供にし、後から邦楽、洋楽を問わず名のある鳴り物師をずらりと並べ、そろいの黒羽二重の紋付きに仙台平の袴と赤い手拭いの吉原かぶりで練り歩く。客との応対も芝居の真似でやって、もうけた金で寿司屋銀行を建て、その頭取になるのだ、という。​「そんな変な声ばかり出して、頭取になれますか」「寿司でもうけた頭取だから、声は五色（五目）でしょう」​【成立】　とんでもない値段をつけて、「そんな高い寿司を誰が食うもんか」「お前が食わなくても、華族様が食う」という落ちもあったという。​

  2023.03.24

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• 落語「し」の９１：芝居好き（しばいずき）：その３

  ​​【粗筋】　芝居が好きな若旦那、何でも役者の真似をする。庭の掃除でも家の者にそろいの半纏を紋付に見立てて芝居掛かり。顔に何かとまったのをピシャリ。見ると蚊がつぶれている。「これ、家来ども、死骸を片付けよ」​【成立】　安永４（１７７５）年『一のもり』の「狂言」。原作は蠅をつぶしている。虫の死骸を大げさに……って、芝居好きの若旦那の噺のマクラにいかが。最近はとんと聞いたことがない。​

  2023.03.23

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  落語「し」の９０：芝居好き（しばいずき）：その２

  ​【粗筋】　芝居が好きな若旦那、何でも役者の真似をする。道端に犬が寝ていると、踏んまえて、「ああら、怪しやな～」と、先代萩の荒獅子男之助を気取る。自分の方がよっぽど怪しい。犬の方も黙っていない、ワンワンと嚙みついた。「ちええ、芝居心のねえ犬だ」​​【成立】　芝居好きな若旦那のネタでマクラによく聞く。「先代萩」の床下の場をふまえたもの。​​【蘊蓄】　『伽羅先代萩（めいぼくせんだいはぎ）』伊達政宗を足利頼兼、原田甲斐を仁木弾正、酒井雅楽頭を山名宗全として脚色した歌舞伎。​花水橋の場：廓に通う足利頼兼が仁木弾正の刺客に襲われるが、抱え力士の絹川谷蔵に救われる。​竹の間の場：後継ぎの鶴千代の乳母・政岡は、鶴千代を守るため、自分と息子の千松とで面倒を見、若君を病気として人を近付けぬようにしているが、弾正の妹の八汐が見舞いに訪れる。政岡に若君暗殺計画の疑いを掛ける。鶴千代や、家来の女房によって退けられる。​御殿の場：子供らが腹を減らしている所へ、山名宗全の奥方・栄御前が菓子を持参する。毒入りを危惧するが、断ることは出来ない、苦悩する母を見て、千松が駆け込んで来て菓子を食う。毒に悶絶するので八汐は懐剣で千松を殺す。政岡が顔色を変えぬのを見た栄は、鶴千代と千松を取り換えているのだと思い、弾正一味の連判状を預ける。栄を見送った政岡は母に戻って我が子をほめ、嘆く。そこを襲った八汐を斬って仇を討つが、連判状は鼠がくわえて逃げる。​床下の場：讒言で主君から遠ざけられていた荒獅子男之助、ひそかに床下で警護に当たっていたが、巻物くわえた大鼠を踏まえて「ああら、怪しやなあ」と登場。鉄扇で打たれて鼠は逃げるが、煙と共に仁木弾正の姿に戻る。​対決の場：渡辺外記ら忠臣らが弾正と対決するが、裁定を下すのが山名宗全で、証拠の密書を火にくべてしまう。これで弾正側の無罪というところへ細から勝元が現れ、証拠の密書の断片を手に入れていたため、判決は逆転する。​刃傷の場：改心を装った弾正は、渡辺外記を襲うが、外記は扇子を使って応戦、あわやというところで息子らが駆け付けて弾正を倒す。細川勝元が、外記らの働きを讃え、鶴千代の家督を保証する。外記は深手を負っていたが、主君の門出を祝って舞い、力尽きる。勝元が「おお、めでたい」と涙を隠してほめる。​​

  2023.03.21

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• 落語「し」の８９：芝居好き（しばいずき）：その１

  ​【粗筋】　芝居好きの泥棒がお屋敷に忍び込むと、婚礼の後でみんなが寝込んでいる。泥ちゃん、残った酒と料理を失敬したが、すっかり酔って「おい、酒がたりねえぞ」と声を上げ始めた。目を覚ました者も怖いので寝た振りをしていると、泥棒の方は嫁さんを拝見しようと、「さあ、石川五右衛門が競り上がっていくぜ」と見栄を切る。これを見て、芝居の好きな泥棒と知った店の者、台所で金だらいを叩き、三味線で「楼門」を弾かせたので、泥ちゃんすっかりいい気持ちで、梯子段の真ん中で「絶景かな、絶景かな」と始める。台詞が終わるとまた二階へ向かうので、一人が久吉の役で引き止めようとして、​「石川や浜の真砂は尽きぬとも世に盗人の種は尽きまじ」　エィッと泥棒が手裏剣を投げるのをひしゃくで受けて、「婚礼にィ、御報謝～」​【成立】　「芝居好きの泥棒」とも。台詞は芝居をほとんど引用しているので、題名をそのままとって「楼門五三桐（ろうもんごさんのきり）」とも。落ちだけは「阿波の鳴門」の名台詞、「巡礼に御報謝」を取ったもの。ちょっとちぐはくな印象。この前に何かあるのだろうか。​　「楼門五三桐」：石川五右衛門と久吉（豊臣秀吉）が登場する名歌舞伎。このような時代狂言は「一番目」と呼ばれた。これに対して濡れ場、道行などの恋の場面を「二番目」という。本来の落ちは、一階で泥棒が一番目をやっているうちに、二階では二番目が始まっているという艶笑噺であった。そのため「二番目」という題名もみえる。​【蘊蓄】　「楼門五三桐」全五幕のうち、この第二幕だけが歌舞伎の形式美としてよく上演される。「絶景かな、絶景かな。春の眺めは値千両とは小せえ、小せえ。この五右衛門の目からは、値万両。はや日も西に傾き、まことに春の夕暮れに、花の盛りもまた一しお、ハテうららかなァ、眺めじゃなあ」​　一方「阿波の鳴門」では、巡礼が自分の生き別れになった娘だと分かるが、今は追剥をしているために名乗れず金を与えて別れるという名場面だけがよく演じられる。その後、母が与えた金を狙って、実の父が娘を殺してしまい、母親が財布を見てそれと知り発狂するという筋書きになっている。

  2023.03.20

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• 落語「し」の８８：忍ヶ岡恋の春雨（しのぶがおかこいのはるさめ）

  ​【粗筋】　明治の頃、恋人の宇之助が旅に出ている間、娘のおかねは金五郎夫婦の家に寄宿している。金五郎がおかねに思いを寄せ、妻子を離縁して無理に迫って来るので、家を飛び出し、芸者になって小兼と名乗る。尚も言い寄る金五郎は、人力に乗った小兼を斬りつけて逃亡、やがて宇之助が戻って、小兼は芸者を辞めて夫婦になる。病に侵されて戻った金五郎を二人が助け、薬師堂の堂守にしてやると、真面目に勤めて分かれた妻子も戻って来る。​​【成立】　桂文楽（４）の口演が明治２５（１８９２）年に出ているが、流れるような語り口を楽しむもので、ストーリーは陳腐。​

  2023.03.19

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• 落語「し」の８７：信田狐（しのだぎつね）

  ​【粗筋】　大阪では初午に野施行（のせんぎょう・「のうせんぎょう」とも）という風習があり、畦道の名もない小祠に赤飯や油揚を供えて歩いた。これが花街の稲荷信仰と結びつき、芸者、幇間が「ノーセンギョやノーセンギョ」とはやし歩く。若旦那島三郎も誘われて同行するが、あまりの寒さに、途中で持参の弁当も赤飯も開かずに捨てて帰った。​　その後、島三郎は新町のまんたと呼ばれる芸者の吉野と馴染みになり、親に勘当されてしまった。食うに困って死のうとするところを夜なきうどん屋の安平に救われ、ここの養子として商売を始めたところへ、吉野が廓を抜け出して来た。うどん屋のはからいで夫婦となり、商売にはげんだので繁盛し、夜なきをやめて店を開くまでになる。その店の客から、吉野がまだ廓に出ているという噂を耳にした島三郎、新町へ行ってみると噂の通り吉野がいたので、女房を問い詰めると、これが前年の野施行で、島三郎が捨てた赤飯で飢えを救われた女狐。吉野の姿を借りてその恩返しに来たのだが、正体がばれてたちまち白狐の姿となって消え去った。島三郎は呆然として、「今まで新町のまんたじゃと思うていたに……吉野が信田に変わった」​【成立】　明治中期、林家菊丸（２）の創作。「吉野」は吉野葛を使ったあんかけうどん、「信田」はきつねうどん。うどん屋の注文替えを洒落た落ちである。「まんた」とは太夫につぐ遊女であるが、二流芸者の意味に転じた。野施行など、風俗描写に捨てがたいものがある。​​​【一言】　安倍保名が安倍野で子供たちに捕まった狐を助け、放してやる。ある日、葛の葉という女性が保名を訪ねてきて妻になり、童子丸が生まれるが、尻尾を出した寝姿を童子丸にみられた葛の葉は、いまはこれまでと「恋しくばたづねきてみよ和泉なる信田の森野うらみ葛の葉」の歌を書き残し、助けられた狐の正体をあらわして去って行く。童子は成長して異常な霊力を現し、陰陽師安倍晴明となった……つまり陰陽師安倍家のＣＭなのである。（宇井無愁）★　漫才の内海桂子が、この狐の芸に秀でていた。和歌（恋しくば）を障子に四行に書き分けるが、１行目は普通に、２行目は下から、３行目は狐の姿となって口に筆をくわえて、そして最後は裏側から、舞台を見ている客には普通の文字として読めるように書く。それからその障子を破って前へ出、完全な狐となって見得を切る。​​​【蘊蓄】　平安期から、狐が人の姿となって人間と婚姻する話があり、鎌倉時代あたりに説話と結びついて恩返しがつくようになる。昔話に類話も多いが、信田狐で一躍スターにのし上がった。なお、人を化かすようになるのは江戸時代からである。​

  2023.03.18

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• 落語「し」の８６：しの字嫌い（しのじぎらい）

  ​【粗筋】　生意気な権助を懲らしめようと、旦那が「し」の字を禁じた。権助が言えばただ働き、主人が言えば好きな物をやるという約束。権助も気を付けているので、４貫４４４文（しかんしひゃくしじゅうしもん）の銭勘定をさせれば「緡（さし）」を使い「足がしびれる」から、一つくらいは言うだろうと罠を仕掛けた。ところが足がしびれても、「あんよがよびれた」と言うし、勘定も、​「よ貫よ百よ十よ文。２貫、２貫、２百、２百、２十、２十、２文、２文。それが駄目なら、３貫、１貫、３百、百、３十、十、３文、１文……」「こいつ、しぶとい奴だ」「はは、出たな。（両手で前の銭を引き寄せながら）この銭はおらの物だ」​【成立】　天明６（１７８６）『十千万両』の「銭くらべ」は、旦那と小僧で、小僧が、鍋屋が木の鍋を作っていて、「それでは尻が焦げるだろう」と言わせる。本来は前座噺だというのは、丸暗記で喋らないとうっかり「し」が出てしまうからだろう。大真打もよく演じる。緡というのは銭をさす計算器であるが、現在は使われない。それでも穴空き銭を扱う手つきができないと演じて様にならない。落語研究本で「かつぎや」の一部が独立したものとするのは疑問。​​【一言】　やはり「間」のむずかしい噺、それからこの噺は、しばらく演らないで、こんな噺ぐらい、などと馬鹿にして演るとうっかり本当に「し」の字が出てしまう。ある大看板の師匠が演ってうっかり、「し」の字が出てしまい、どうにもこうにもならなくなったということがありました。芸というものは、絶対に馬鹿にしてはいけないものです。（三遊亭圓生（６））​​★　実際、つい出てしまうのである。柳家小さん（２）の明治２２（１８８９）年の速記「かつぎや」の枕で、客と主人の会話として演じている。客が「親類で……」と言おうとして慌て、「ヨン類でヨン睦会をもよおしまして」と「し」を二つも重ね、これに対して主人も「ただあっちの方てェのはおかしいが」と出ている。また、明治２９（１８９６）の柳家小さん（３）の速記でも権助に三度、興津要の文庫本『古典落語・続』でも一度出ている。客も、間違って言うのを待っている嫌な人がいるので、言ってしまったらおしまいである。寄席でうっかり出てしまった例に出会ったが、二人は、本人が気付かずに先へ進んだ。いや、気付かないふりだというのは、台詞が一瞬止まったから分かる。まあ、こうするしかないでしょう。一人は開き直って「今のは聞かなかった事にして下さい……って言うとまた一つ出るなあ」と本筋に戻って行った。​　完璧だったのは圓生、生涯ノーミスだったという。柳家市馬も二度聞いてノーミスだった。市馬は、「しぶとい奴だ」の後「しまった」で落ちにしていた。​【蘊蓄】　４は「死」に、９は「苦」に通じるので嫌われる。西洋では、キリスト受難の１３日、キリストを裏切った１３番目の使徒に因んで１３が縁起が悪いとする。日本で櫛を売るのに「９４」では縁起が悪いというので、数字を合計して「十三屋」とした小間物屋がある。これは「とみや」と読み「富」につながる。上野にあるのはご存じの通り。我が町取手にもある。​

  2023.03.17

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• 落語「し」の８５：死ぬなら今（しぬならいま）

  【粗筋】　この噺の落ちは「死ぬなら今」。​  吝嗇で有名な男が死を前に、「地獄の沙汰も金次第」というから三百両を頭陀袋に入れるよう遺言をした。家族はその通りにするが、葬儀になると、親戚がもったいないと騒ぎ出し、芝居で使う贋の小判を入れてやることになった。さて、あの世で閻魔大王に地獄行きを命じられた男、ここぞとばかり百両を取り出して閻魔に贈り、極楽行きに変えてもらう。回りで牛頭馬頭、赤鬼青鬼共が騒ぎ出したので、これにも賄賂をばらまいて、無事極楽へ送られた。持ちつけない金が手に入った閻魔以下の地獄連、この金を持って遊びに行ったが、そこで贋小判と分かり、全員が牢屋に入れられた。  さァ、「死ぬなら今」。​【成立】　本来は、「閻魔大王以下が牢屋に入れられた」で終わる。「あれッ、終わちゃった……そういえば、最初に何か言ってたなァ……落ちは『死ぬなら今』……ああ、なるほど……」という訳である。想像力が無くなった現在、落ちを説明しないと客が分からないため、最後まで言ってしまうのが当たり前。元は上方噺だそうだが、演じる者は途絶えているとされている。​　東京でも林家彦六（正蔵８）だけが演って、その後は途絶えていたが、春風亭小朝がテレビの企画で高座に掛けた。落ちの説明がいかにも解説的で、聞いていて正直ちっとも面白くなかった。その後取り上げているかどうか。​【一言】　桂三木助（８）さんから、神田の宿屋で、三遊亭圓生（６）さんと二人で教わったんです。圓生さんはやらなかったので、東京では私一人がやっていました。（林家彦六）​​【蘊蓄】　サゲを最初に言ってしまう噺は、「苫ヶ島」「蛸芝居」「後家馬子」など。​

  2023.03.16

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• 落語「し」の８４：死ぬ死ぬ（しぬしぬ）：その２

  ​【粗筋】　大店の主人、妾を置いたのを、女房に知られてしまう。女房が妾宅に暴れ込むが、妾の方も負けず嫌いで、取っ組み合いの大喧嘩。主人が納めるのに、妾を叱るしかない。「お前は身もわきまえず、本妻には向かうとは何事だ」と奥へ連れ込んで折檻する。髪も着物も乱れているのにムラムラして、手でお尻を叩くだけでなく、別のモノでも攻め立てると、妾「ああ、死ぬ死ぬ」と声を上げる。本妻がカラリと開けて、​「私が本妻なんですから、私の方を先に殺して下さい」​【成立】　噺家さんが演ったのは、妾が本宅に乗り込んで来る。それはちょっと……と思ったのだが、その後どうなったか聞いていなかった。​

  2023.03.15

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• 落語「し」の８３：死ぬ死ぬ（しぬしぬ）：その１

  ​【粗筋】　真面目な侍が遊郭に行き、遊びもお堅く、詩吟など歌い、「しからば」と挨拶をしてお床入り。こちらもお堅く、遊女がたちまちおやかして、「ああ、死にんす、死にんす」と言うと「ああ、身共も相果てるようだ」​​​【成立】​　安永２（１７７３）年『今歳花時』の「女郎」。天明２（１７８２）年『間女畑』の「女郎」。「こちらもお堅く」がいいね。噺家さんが付けたものだろう。何かが堅いのだが、うぶな私にはよく分からない。​　寛永９（１６３２）年漢文体の笑話集『胡盧百転』にあるのは、玄宗皇帝が玉真と同衾すると、「妾死す、妾死す」と泣くと、王も「朕もまた崩御す」と言うもの。玉真は玄宗の同母妹だから、ちとやばいお話になる。

  2023.03.14

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• 落語「し」の８２：死人覚え帳（しにんおぼえちょう）

  ​【粗筋】　坊主が「死人覚え帳」を紙屋へあつらえ、亭主に表紙を書かせる。これを見ていた者がその達筆に感心して、「字が生きているな」と言うと、坊主が顔色を変えて、​「生きているなんて縁起が悪い。この帳面は買わずにおく」「そんな無茶な。こんな死人覚え帳なんてもの、他へ融通できません。あなたの御注文でこしらえた物ですから、ぜひ買って下さい」「いや、こちらの方が字が生きていると言った。死人覚え帳に生きておられては困る」「あんたが余計なことを言うからややこしくなるんだ。代わりにあんた買って下さい」「俺は生きているから生きていると言ったんだ。ぐずぐず言うならぶち殺すぞ」「おお、それは縁起がいい。こちらで買っておこう」​【成立】　上方では「死人大入帳」。​

  2023.03.13

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• 落語「し」の８１：死神（しにがみ）

  ​【粗筋】​　金に困って死のうかと思った男に声をかけたのが死神。男に医者になることを勧める。病人には一人ずつ死神が付いており、枕元に座っていれば助からない患者だが、足元に座っていた場合は、「テケレッツのパア」の呪文を唱えると死神が帰って病人は助かるというのである。商売を始めるや、男は名医と評判になって大繁盛。金が出来ると、女房子を追い出して、妾と一緒に上方見物に出掛ける。豪遊でたちまち一文無しになり、江戸に戻った時には、妾も取り巻きも逃げて一人きりになっていた。　看板を上げれば、また客が殺到するだろうと思ったが、今度はたまに呼ばれて出掛けても、みんな患者の枕元に死神がいる。そんなある日、金持ちの主人を見舞うと、やはり助からない病人。治療を断ると、店の者がいくらでも金を積むから少しでも生き延びさせてくれと願う。その礼金に目が眩み、力のある男を用意し、死神が居眠りをする隙をねらって布団を回転させて呪文を唱えた。病人は全快したが、怒った死神が男を洞窟に連れていく。そこには沢山の蝋燭が燃えており、それらがみんな人間の寿命だという。その中で、今にも消えそうにくすぶっている蝋燭が男の寿命だった。病人と自分の寿命を取り替えてしまったのだ。新しい蝋燭を継ぎ足すことが出来れば寿命が延びると聞いて、男は震える手で取りかかる。「ほうら、消えるぞ。消えたら死ぬぞ……ほうら……消えた……」​【成立】​　三遊亭円朝作と伝わる。グリム童話集の「死神の名付け親」を劇化したイタリア歌劇「靴直しクリピノス」の翻案という。三遊亭円遊（初）は主人公を幇間にして、「誉れの幇間」という題で演じた。こちらは死神の隙を付いて自分や旦那の蝋燭をついで帰ってくるという、例によってユーモラスに改作した噺。「お陰で一家が明るくなりました」「そのはず。今芯を切ってきたばかりです」という落ち。こちらは「全快」とも。上方の桂春団治（初）もこちらの型。  死神を帰す呪文、「アジャラカモクレン○○○、テケレッツのパア」は○に「キュウライス」を入れるのが本当らしいが、その時々の流行語を入れて遊ぶ。三遊亭円生（６）の『百席』では「ハイジャック」を入れている。演劇で死神が早口言葉のようなとても言えないような言葉を入れて、男を困らせるのを見たことがある。　鈴々舎馬るこは、死神をデスノートに出るキャラクター「リューク」のように仕立て、呪文を唱えて剣をふるうと死神が退散するという演出で、「新死神～死神の剣～」という題で演じた。​【一言】　『天国への階段』という英国映画が、芸術的名画として絶讚を博したことがある。おそろしく事務的に死者を登録する天国の受付風景とか、主人公の寿命の延長を認めるかどうかという神々のおごそかな裁判のシーンを見ていると、着想といい、表現といい、落語の『死神』によく似通っていて面白かったことを記憶している。また、鬼才ベルイマン監督のスウェーデン映画『第七の封印』は、死神に呼びとめられた十字軍の騎士がチェスを挑むところが見せ場になっている。もし死神が負けたら騎士の命を助けるという条件で、死神との闘いがはじまるわけだが、これまた落語『死神』を彷彿させる設定である。映画なら芸術であったり、哲学であったりするのに、落語は「たかが落語」ゆえに仲間入りできないのだろうか。（江國滋）​​●　この噺のサゲは「見立て落」といいまして、演者が高座へ倒れて、死んだことをあらわして終わるわけですから、見ていないとわかりません。レコードにする場合まことに困るわけですが、複雑なしぐさではありませんから、想像していただこうと思い、高座に倒れる音を収録してサゲとしました。​　主人公が「消えたァ……」と言って倒れるのがこの噺のサゲでしたが、消えた瞬間にはもう命はないわけですから、当人が「消えた」と言うのは少々おかしいと思いまして、「消えるゥ……」と言って倒れるように直してやっていました。『圓生全集』にはそのやり方で載せました。しかしその後考えまして、主人公より死神に口をきかせたほうがいいと思い、近頃はこのレコードのように、死神が「消えたァ……」と言う、主人公がバッタリ倒れてサゲ、というふうにしております。主人公はもう無我夢中なのですから、消えた、とか消える、とかは冷やかに観察している死神に言わせたほうが自然です。死神にしてみれば人間が死ぬということほど愉快なものはないわけで、しかもしょせんこの男は死ぬんだということが分かっているから、「ほら、消えるぞ」と言いながら不気味に笑っているわけなのです。（三遊亭円生・６）​★　柳家小三治はくしゃみで蝋燭を消しているし、きん歌は無事に火を移して安心し、「ふうっ」とため息で吹き消す。また、金太郎は無事に火が移って「今日はお前の生まれ変わった日だ。誕生日おめでとう」と死神にいわれて「ありがとう」とつい蝋燭の火を吹き消す。これらは面白いが、雰囲気が替わるので、その席に応じての演出となる。つまり、怪談めいた雰囲気は壊れ、笑いになってしまうのだ。やはり本式のが聞きたい。​　柳家さん喬は、円生と同じ死神の声で聞かせた。「消えた」といって倒れたので拍手をしようと思ったら、死神がまだ不気味に笑っている声が聞こえる。あれっと思うと、その笑い声がだんだん大きくなる。そのまま起き上がって、死神の大笑いが続く中で幕……そこでわっと拍手が起こった。うん、見事な演出。　死神に連れられて蝋燭の点った別の世界へ連れて行かれてからは何とも不気味な世界が広がる。子供の頃、テレビで円生のものを見たが、語る円生を画面の横へやり、蝋燭１本のアップが隣に並んだ……多くの蝋燭が並んでいたら、見事な演出だったのだろうが、たった１本では間抜けだなと子供心に思った。「円生全集」を読んで、これがＮＨＫの放送だったことを大人になってから知った。やっぱりどこか抜けているテレビ局なんだなあ。音楽番組見ると、５０年遅れているし……​【蘊蓄】　ミュージカル「死神」はこの噺を題材にしている。藤田敏雄作、いずみたく作曲、今村昌平が歌劇にした。１９７２年に今陽子が、ピンキーとキラーズから独立後に西村晃とダブル主演して話題になった。再演は夏木マリが演じ、これも評判を取った。美女の死神という設定。​　米津玄師が２０２１年６月にリリースした「Pale Blue」のカップリング曲が「死神」。プロモーションビデオは新宿末廣亭で収録され、落語家、客席などを米津が一人で演じている。このビデオ公開はプレミアムが６月２４日１６時１３分、一般公開が２２時１３分だった。１６時は午後４時、四が死に通じる。２２はタロットで寓意が描かれる大アルカナの枚数であり、１３番目が死神。もちろんこの数字は１３段階の死刑台、１３番目の使徒などに通じる。「アジャラカモクレン、テケレッツのパー」が人生を変える。落語を知らないと歌詞がよく分からないのでは……と心配してしまう。死神が人間の成れの果てであり、他人事と決め込む人間も、いずれ巻き込まれるかも知れない……そんなメッセージを感じる。プロモーションで、噺家を見ている客もいつか……つまりそれを見ている私達も……深みは感じるが、私の年齢では歌を聞いても何を言っているのか分からない。　イカルス渡辺の演芸ロック「死神」はロックに乗ってドラマが展開、最後は蝋燭を継ごうとして力尽き、へなへなと崩れ落ちるのを見せる、円生の型を取っていた

  2023.03.11

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• 落語「し」の８０：指南役（しなんやく）

  ​【粗筋】　田坂三左衛門という、剣術指南役の侍、女房が早く亡くなって、娘の加代を男でひとつで育てている。娘が年頃になると、大変な器量で引く手あまたなのに、父親があまりに堅物で、みんな引っ込んでしまう。こうして娘は縁遠く、３０に手が届くところまできたのにまだ縁付かない。この辺りで父親もちょっと心配になって来た。​　そこへ新規お召し抱えの、馬回りの侍・遠藤主水という者がお加代を見初め、新参でもあり、腕が今一で指南役と面と向かうことも出来ない。そっと付け文をしているうちに意気投合、裏門を開けておくという嬉しい手紙を手にする。　父親、すっかり見抜いていて、その夜は寝ずに待っている。二人が会って、明け方に帰ろうとするところで、刀を抜いて娘の部屋に踊り込む。「主水、覚悟を致せ。命が欲しいか、それとも、娘がほしいか」​【成立】　こういう噺にちゃんとした人物名が出るのがすごい……って、噺家さんが誉めていた。それが気になって、忍び込んだ主水さんが何をしているのかを聞きもらたし。​

  2023.03.10

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• 落語「し」の７９：指南書（しなんしょ）

  ​【粗筋】　すぐに腹を立てる夫が寺で精神修養をしてすっかり人間が代わる。間もなく寺の和尚が大病になると夫を呼び、「お前はもう少しだけ仕上がっていない。腹が立ったらいつでもこれを開いてみろ」と言い残し、「指南書」と書かれた本を渡して息を引き取った。​　ある時、５０両を伯父に届けることとなるが、大金があるので、一緒に話しながら行こうと声を掛ける男が泥棒に思える。指南書を開くと「旅は道づれ、世は情け」とあったので、この男と同行し、二人で楽しく船着場までやって来た。船は満員だが、船頭が二人だけなら乗せてやると言う。本を開くと「急がば回れ」とあるので、船に乗った連れと分かれて無理に遠回りをすると、突然の大雨。指南書に「急がずば晴れましものを旅人のあとより晴るる野路の村雨」とあったので、雨宿りをしていると、なるほど、すぐに雨は上がった。　さて、伯父の家に着くと、船が沈んで大騒ぎになっている。驚いて浜に行くと、最前の連れの死骸も転がっており、よくぞ船に乗らなかったと喜ぶ。すっかり遅くなったので、伯父が泊まっていくよう勧めるが、女房が心配しているだろうと帰ることにする。家に着いて中をのぞくと、女房が男と一つ布団で寝ている。飛び込んで重ねて四つにしてやろうと思ったが、気を取り直して指南書を開くと、「七度尋ねて人を疑え」。　女房を起こすと、船が沈んだという知らせに、兄が訪ねて来てつきそっていてくれたのだった。翌朝になってみんなで土産の餅を食べようとすると腐っている。腹が立つので指南書を開くと、「うまいものは宵に食え」​【成立】　明治後期、寺の法話をヒントに作られた上方落語。東大落語会の『落語辞典』では桂文之助（２）の作とされているが、彼が東京に移植したものというのが正解らしい。最後で急にスケールが小さくなるのは落語らしい発想で、見事な肩透かしだと思うが、武藤禎夫は「サゲの文句で、指南書の価値がいよいよ高まる」と絶賛している。​​【一言】　東京の寄席でも演じられたが、特定の演者の音源の類は現在ない。上方では、桂米朝のテープが出ている。（立川志の輔）​​【蘊蓄】　「指南」とは「指南車」の略。中国古代の黄帝、あるいは周公が作ったといわれる方向指示装置のある車。乗っている人形が常に南を指すようにできている。これが常に南の方角を示して導くところから、教え導くことを「指南」というようになった。​

  2023.03.09

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• 落語「し」の７８：信濃者（しなのもの）：その２

  ​【粗筋】　信濃の者が病だと聞いて、力が付くように、小豆餅を百ほど贈る。その日の内に見舞いに行って、「どうだ、餅は食うてくれたか」​「ありがとう。気遣いはうれしいが、とても食えない」　と箱を開けると、１個残っているだけ。「あと一つが、どうしても食えない」​【成立】​　安永１０（１７８１）年『はつ鰹』の「小豆餅」。同８年『御笑酒宴』の「信濃もの」は、病気見舞いに行くと、「おとといから、たった１俵食べただけでございます」と言う。​【蘊蓄】　わづらつて人並みに食ふ信濃者  （江戸川柳）​

  2023.03.08

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• 落語「し」の７７：信濃者（しなのもの）：その１

  ​【粗筋】　信濃から来た男が病気になった。主人が心配して、​「どうだ。今朝はものが食えたか」「どうもいけません。飯も３杯しか食えません」「それほど食えれば何の心配もないわ」「何をおっしゃる。３杯くらいは素人でも食います」​【成立】　安永３（１７７４）年『囃稚獅子』の「信濃もの」。信濃者は大食漢として有名で、「米搗の幽霊」にも登場する。​　似たような小噺を紹介。田舎者が江戸見物に行き、宿で「御膳のお代わりをどうぞ」と言われて、「いやあ、わしは５膳は食べません。３膳で結構です」（天明６年『福茶釜』の「田舎者」）　これは言葉の行き違いだけ。こちらに似た小噺をもう一つ。信濃の者が足袋屋へ行き、「足袋を二足下さい」「では足をお出しなさい」と言われて足を出し、「ええと、九文（ここのもん）だな」「いいえ、信濃者でござる」（安永２年『今歳咄』の「信濃」：足のサイズを行ったのに「ここの者」と間違えた）

  2023.03.07

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• 落語「し」の７６：志那蕎麦屋（しなそばや）

  ​【粗筋】　酔った男が志那蕎麦屋を見付けて声を掛ける。胡椒を掛けるのに、逆さにしても出ないので、ビンを叩くよう言われると、面白がって歌いながら叩き、空にしてしまう。​「親父、お代わり」「あれ、一本全部入れちゃったんですか。おかわりって……」「歌がまだあるんだ」「歌があったって……こりゃどうも……こんなことをしちゃ食べられませんよ」「何、お前、客に食べられないようなものを出すのか」「辛くて食べられないんで」「俺は辛いものは大好きだ。納豆でも辛子の方に納豆を少しだけ混ぜて……おい、蕎麦がないぞ」「胡椒が山になっているんで」「あ、蕎麦が下に隠れてて……」　熱いのを吹こうとするとクシャミが出そうになって我慢、歌いながら麺を持ち上げてクシャミを我慢……「ハックション……風邪でもひいたかな」「食べられませんよ」「何を言ってる。♪泣いてくれるな～、ハックション、かわいい瞳～、ハックション、いよっ、ジャンジャカジャン、ハックション、ハックション、ハックション……食わずにいられよか……ツルツル……ハハハッ……ヒヒヒッ……ああ……ものすごく甘い……」​【成立】　春風亭柳橋（６）の自作自演。昭和４年の作品で、くしゃみをして、シベリアはもっと寒いといいながら、戦前の速記では「酒は涙か溜息か」（昭和６年）「酋長の娘」（昭和５年）などを歌う。「シベリアで働く人を思えば、辛いくらいは我慢が出来る」と言いながら食べ始める。「あなた、辛いでしょう」「くっくっくっ……シベリアはさぞ寒かったろう」という、「強情灸」のような落ちで演っていた。戦後は本文の落ちにしていたようだ。これも「強情灸」を思わせる。本文は戦後のもので、昭和４０年前後のもの。歌は岡晴夫の「港シャンソン」（昭和１４年）。​「うどん屋」の酔っ払い（上方では「親子酒」に入っている）はここから転用されたものだという。こっちをみんな演ているから、取り上げる人はいないかも知れない。歌はみんなが知ってる歌、新しい歌謡曲や逆に江戸の歌なのになっている。​​【一言】​　強情をはるところ、クシャミのところがヤマバで、戦時中は軍歌をいれて“満州で働いている人たちのことを思え、からい位で驚いてどうする”などと景気よくやったもんでした。当時はレコードが全盛時代で、この噺もあらゆるレコード会社で吹き込みをやらされましてネ……（中略）……大変でした。（春風亭柳橋）​

  2023.03.06

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• 落語「し」の７５：品川の豆（しながわのまめ）

  【粗筋】　品川に商用で行くという遊び好きの亭主に、焼き餅女房は一物に「馬」という字を書いて送り出す。亭主、こらえきれずに遊び、遊女に「馬」の字を書いてもらった。さて、家へ戻ってチン体検査が始まった。​「何だか、馬が太ったようじゃないか」「そうかもしれねえ、豆を食ったから」​【成立】　「品川の馬」とも。弘安４（１２８３）年『沙石集』拾遺５８ノ２では、女房が夫のモノに粉を塗る。遊びに行って友達が同じように粉を付けてくれるが、女房が粉をなめて、「私は粉に塩を混ぜておいたが、これは塩がない」と夫を「ひきふせてしばりけり」となるが、昔の物語には、女房の隠し所に寝ている牛を描いたのに、後で見ると起きた牛になっているので、追及すると、「寝ている牛は一生寝ているのか」と言われて納得する話があったと紹介している。こういう話はアラビアなど世界各国に見られる。​　落語の直接の原典は寛政１０（１７９８）年『全謔随訳』の「饂塵異味」か。「牛の馬」とも。「返し馬」「左馬」というのは、馬の字を左右を逆に書いて、「行きは左だったから、帰りは右になった」というもの。馬は大物であり、また強いことにも使い、花柳界ではわざと逆に書いておく風習があったことを考えると面白い。将棋の駒に逆馬を書いた物があるが、花柳界に置いておくための物。　馬を引っ張って来るのは新宿のイメージが強いが、宿場町だから馬も多く、豆を食わせる光景もよく見かけた。ということで、馬と豆がつながるのは品川ということになる。　主人公は遊び好きではなく新婚さんという設定が演じられるが、粗筋の方が面白い。まあ、どうだっていいけれど……​​【一言】​　馬と豆が、日本人の性間隔に特定の意味をもつ（宇井無愁：民話では『日本昔話集成』３７４の「鶯の谷渡り」と上品になる……って、そうでもないか＝編者注）​​【蘊蓄】　民話では女房が浮気をする話ばかり。鶯を書いたら左右が逆になっていて、「鶯の谷渡りだ」という落ちがみえる。​　落語でも、亭主が「玄米」と書いたのが「白米」に変わっていたので、「米屋さんについてもらったから」という、「米つき」も演じられている。

  2023.03.06

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• 落語「し」の７４：品川心中（しながわしんじゅう）：下

  ​​【粗筋】　金蔵は芝の親分に言い含められておそめへの仕返しを決意する。元々大飯食らいな金蔵、丸１日飯を抜くとげっそりと痩せる。おそめを訪ねて、酒にも肴にも手を付けず、葬式饅頭やにぎり飯を食べたいと言い、そのうち頭が痛いから少し寝かしてくれと言って床を用意させる。そこへ偽弟が現れ、海で金蔵の死体が上がったので葬儀をしているからおそめにも是非とも来て欲しいと言う。おそめが信じないので、弟が位牌を見せようと懐を探るが無い。金蔵が来ていると言うおそめの言葉に、そろって座敷へ上がると、金蔵を寝かした布団がぐっしょり濡れていて、中に無くなったはずの位牌が残っていた。親分がおそめを言いふくめて頭を丸めさせると、押入れに隠れた金蔵が踊り出した。「まあ、何だって私を坊主にしちまうのよ。」「お前があんまり客を釣るから魚籠に（比丘尼）したんだ。」​【成立】　「仕返し」とも。本来通しで演じたが、下は暗くなり笑いも少ないのでほとんど取り上げられなくなった。立川談志は皮肉にも後半のみを独立させ、「品川心中後日譚」という題で演じている。藤原敦が協力したもので、前半の経緯を簡単にまとめて語る。本来は通しで演じるものだったのだろうが、長くなるので寄席で聞く機会はほぼない。端折って演じられると、やはり何だか物足りない。独演会などでは通しで演じられることも。後半のみというのは談志以外聞いていない。​​【一言】　今は埋立地が広くなって、品川駅は海辺から遠くなってしまいましたが、私が子供のころ、駅のすぐ下が波打際でした。女郎屋の裏手はずっと海になっていて、ふだんは出入りがないか​​​ら切戸に錠がかかっているが、舟遊びをする客もあるので桟橋が付いています。（三遊亭圓生（６））​​​​●　戦争中は、このはなしなんかも禁演の指定を受けましてね。それに、「心中」はいけないんてんで、「品川情話」なんて題にしたこともありました。私は女郎の名を「おさめ」で演っています。品川だから、「おさめ」のほうがいいだろうってことで、べつに、「人を喰う」って洒落じゃないんです。（林家彦六）​【蘊蓄】　品川は四宿の一つ。東海道の旅人だけでなく、増上寺などに参詣する人の重要な宿場であり、寺の坊主も上客であった。​　遊女と客の心中は、天和３（１６８３）年に記録があり、男女の心中の最初ともいわれる。これが浄瑠璃や芝居に取り上げられるようになり、享保７（１７２２）年、心中禁止令が出され、浄瑠璃なども規制を受けた。「心中」という文字をあわせると「忠」になるというので、「相対死（あいたいじに）」と呼称も変えることとなる。　島津亜矢が芝居に出て来る女を歌うシリーズに『「品川心中」よりお染』がある。​​

  2023.03.05

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• 落語「し」の７３：品川心中（しながわしんじゅう）：上

  【粗筋】　品川で板頭をはっていたおそめ、寄る年なみで馴染み客は減り、紋日の移り替えの金にも欠くようになり、いっそ心中でもして浮名を立てようと決心した。相手に選んだのが中橋から通ってくる貸本屋の金蔵、可哀相に、選ばれた日から影が薄くなっていく。おそめに言いくるめられて心中を決意はしたものの、翌日暇乞いに回った時に芝の親分の所に刀を忘れ、「じゃあ、どうやって死ぬんだい」　と問い詰められて、​「もめん針で脈どころをつつきっこしよう」「そんなことで死ねるかい。仕方がないから、裏の海に飛び込もう」「そりゃあいけねえ、風邪気味だから、こじらせるといけねえ」　嫌がる金蔵を桟橋まで連れ出すと、後ろからおそめを探す声。あわてて、「金さん、一足先に行っておくれ」　と突き飛ばしたので、金蔵は海中にどぶん。続いて飛び込もうとするおそめを止めた妓楼の若い衆、番町の旦那が来たので金が出来たと言う。「でも、一人先に飛び込んじゃったんだよ」「誰？……本屋の金公……ああ、いいよ、あんな奴ァいなくなった方が世のためだ。俺が何してりゃ分かりっこねえから構わねえよ……」「あら、そうかい……じゃあ、ちょっと待っておくれ……金さん、どうしたんだい。本当にそそっかしいねェ。何も先に飛び込むことはないじゃないかね。上がっといでよォ。ねェ……おあがんなさいよォ……あらァ、本当に死んじゃったんだねえ。じゃあ失礼」　こんな失礼はない。金蔵は必死にもがいたが、実は品川の海は遠浅で膝までしか水がない。野郎横になって水を飲んでいた。今更店へは帰れず、親分の家を訪ねたが、中では博打の最中。金蔵が戸を叩くのを手が入ったと思い込んで大騒ぎ、人の頭を踏み台に梁へ上がる奴、漬物桶に飛び込んだ拍子にキンを打って、茄子の古漬をキンだと思って大事に握る奴、はばかりに飛び込む奴。そうした中で一人だけ、泰然と座っているお侍がいる。「さすがですねえ、肝が座ってますねえ」「いや、拙者、とっくに腰が抜けております」​【成立】​　享保１２（１７１７）年『軽口はなしとり』の「浅草のかたきうち」で、かたき討ちのチャンバラがあるが、茶屋に腰掛けて最初から最後まで見ていた四十くらいの侍がいる。度胸が据わっていると感心して声を掛けると「腰が抜けて立つことが出来ません」というもの。三遊亭圓朝『牡丹灯籠』の第１話が同じ落ち。　大騒ぎの中で、与太郎がはばかりに落ち、「助けてやれ」「自分で上がってきちゃった」「上がってきちゃァいけねえ」というのが多く演じられる古今亭系の切れ場。​【一言】　おそめが、どうして板頭を張り続けることができたか、そこの所は、はなしのなかからはどうもよくわからない。なみはずれて美貌だったのかというと、はなし家のやりようから察するに、あまりそうではなさそうに思える。では、よほど男好きのする躯なのか、男好きのする躯とはどういうものなのか、問題はそういうことになって、実にどうも、なんというか、むずかしい、（神吉拓郎）​​●　「おあがんなさいよォ」というのは客引きの声なんです。自然そういう調子になるからおかしい。（三遊亭圓生（６））​​【蘊蓄】　「お職」は吉原でのみ用いられる言葉で、他では筆頭遊女を「板頭」と呼ぶ。内所の遊女名を記した板が一番最初にあるからそう呼ばれたのである。６月と​10月の５日を「紋日」といい、この日に遊女の衣替えが行われた。これを「移り替え」といい、妓楼で働く者達に祝儀を出す風習だった。

  2023.03.03

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• 落語「し」の７２：自動車の布団（じどうしゃのふとん）

  ​​【粗筋】　新しい着物を人に見せたい奥方が、芝居に連れて行け、上野か浅草が見物したいと言っても、大変に嫉妬深い亭主の方では、奥方を他の男が見るだけでも我慢がならない。そこを無理に連れ出して、乗合自動車に乗ると、役者のような色男が席を譲ってくれた。これを見た亭主、無理に車を止めて下りると、そのまま家に戻り、奥方に離縁を申し渡す。​「お前、さっき乗合自動車で会った若い男と間男しとるじゃないか」「何を証拠にそんなことをおっしゃいます」「証拠はある。自動車の布団に聞いてみろ」​【成立】　三遊亭金馬（２）の創作らしい。陳腐なストーリで、下げに暗示も含蓄もない。​​【一言】　明治に入っても「姦通罪」は厳然と生きていた。詩人・北原白秋がこれに引っ掛かり、監獄に食らいこんだのは有名な話。（立川志の輔）​【蘊蓄】　日本に自動車が入ったのは明治３３（１９００）年、皇太子（後の大正天皇）成婚祝いにサンフランシスコ日本人会から献上されたものという。１０年後の明治４３年に陸軍がトラックを作り、大正３（１９１４）年には快進社が小型乗用車「脱兎号」を試作、これが「ダットサン」の基礎となる。この頃から自動車が増え、大正８（１９１９）年にはこの噺の舞台である１６人乗りのバスが営業開始。大震災後の大正１３（１９２４）年１月、架線をずたずたにされた市電や山手線の代替輸送手段として市バス（青バス）がお目見え、バス全盛の時代となるが、１か月の間に９０件の事故を起こし、原因のほとんどが運転の未熟だったにもかかわらず、日本ではフォードの車は駄目だという噂が広まり、人気が落ちてしまう。​

  2023.03.02

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• 落語「し」の番外：四天王を切る（してんのうをきる）

  【粗筋】　三平です、どうもすいません。四天王が今大変な人気ですが、私は四天王より上で、大王ですな。つけ麺大王で……（下らねえなと立川談志の突っ込み）　でも四天王が出て来ると、イスラエルの隣にいるような気がする。お前はイランと言われる。古今亭志ん朝（３）は家柄がよくて実力もあって、週刊誌ばかり読んでる。「週刊志ん朝」といって……人気があるから独演会が出来る。ダメな噺家は二人会をやる。（この録音が談志との二人会）​　三遊亭円楽（５）は寺の息子だから線香のコマーシャルばかりやっている。月の家円鏡（後の橘家円蔵（８））、親孝行でね……それしか取り柄がない。最後の談志は天才ですな。まあ災いという字を書きますが。選挙の時は私と円鏡が運動員でね。円鏡が街頭演説に立つと「円鏡です、円鏡……」談志のダの字も口にしなかった。「円鏡です。焼肉のたれをよろしく」　その次があたくしで……（にきにきにきにき、二木の菓子……と談志の声）「三平に清き一票を、どうもすいません」とやったら、文京区で７０票私に入った。円鏡は江戸川で１５０票、二人で足引っ張ったのに、５０番中５０番で当選しちゃった。（「いい加減にしろ」と談志乱入）​【成立】　林家三平（１）の漫談風舞台。落語家仲間の話をするという、「楽屋外伝」などと同じようなもの。一席とすることはできないが、その時代の記録として面白いので記録しておいた。１９７１年に談志が当選した直後のものと分かる。６０年前後から若くして頭角を現したのが昭和の四天王。最初は春風亭柳朝が入っていたが、テレビから離れて寄席に専念したため円鏡が加わった。​​【蘊蓄】　明治の四天王は、ステテコの円遊、ヘラヘラの萬橘、釜堀の談志、ラッパの円太郎で、珍芸四天王で、円遊以外落語を褒められたものが残っていない。円遊でも、人情噺が主流の明治の時代には、単純に笑いを求める芸で評価が低かったが、後の世では東京落語の祖といわれるようになる。当時の批評はそういう事情を知って読まないと、誤解が生じる。夏目漱石も、最初は円遊が面白かったようで、「坊ちゃん」に登場する、タヌキ、赤シャツ、うらなり、婆やの清などが円遊から出ている。「三四郎」では円遊を低く評価し、小さんを褒めているが、中を読めば分かる通り、人情噺、芝居噺に対する評価である。​　上方の四天王、笑福亭松鶴（６）、桂文枝（５）、桂春団治（３）、桂米朝は、戦後に頭角を現したものだが、四天王と呼ばれるようになるのは後になってかららしい。戸田学の「上方落語の四天王」からだという記載があったが、その本は２０１１年の発刊、その前にも使われているはずだが、上方の記録はうといのではっきりした資料が見当たらない。

  2023.03.01

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• 落語「し」の７１：支店と本店（してんとほんてん）

  ​【粗筋】　二人連れの旅、君塚温泉を目指すが道に迷ったらしい。小汚い旅館を見付けて女中に尋ねると、山越え８里と言うので、この旅館に泊まることにした。足を洗ってもらうが、この女中が涙ぐんでいる。足を見て故郷（くに）のことを思い出したというのだ。​「俺の足と故郷の恋人の足が似てるのか」「そうでねえ、夕方になると父つぁまが牛引っ張って帰るだよ。その牛の足を洗うのがわしの役目で、お前さんの足毛深いから牛の足を思い出して……」　まず風呂に入ろうと裸になると、「駄目だよ、風呂に入るのに裸になっちゃ。途中に駐在所があるだよ」　随分広い家だと思ったら、そうではない。「ここは支（す）店で、風呂は本店にしかないだよ」「本店はどこだい」「君塚（けめづか）温泉だ」「山越え８里だよ。そこまで行けないからここに泊まったんだろう。遊ぶようなところは無いかい」「パツンコ屋があるだよ」「何だ」「パツンコ、ほら、ツンジャラジャラ」「パチンコか、どこにある」「隣だよ」「気が付かなかったな、この隣かい」「本店の」「冗談じゃない」　風呂も遊びも諦めて食事にする。酒を用意してもらって、女中に酌をしてもらう。「生まれはどこだ、秋田か。名物は何だい」「びずんだよ」「食ったことがないな。どんなもんだい」「あたすのようなのだよ。ほれ、秋田びずん」「秋田美人かい……名物にうまい物無しってよく言ったもんだ。他には何かないか」「蕗があるよ」「それはそこらの八百屋でも売ってるよ」「秋田のは大きいだ。畳６畳くらいはあるぞ」「へえ、それは何という蕗だい」「ほらふきだ」　女中が「秋田音頭」を披露する。１番の名物を並べるのは分かったが、２番が分からない。「♪ガッコのヘンヘがケンタマ落すて生徒にふろわれた　小使い頼んでふろいにやったばみそへでねてくてたあ」「こりゃ大変だ。学校の先生があれを落っことしたのかい。そそっかしいねえ……それを生徒に拾われて、小使いさんに頼んで拾いにやったら、味噌漬けて食っちゃってた……おい、ねえちゃん、先生は何を落としたんだ」「ケンタマだよ」「そりゃあ何だい」「蒟蒻玉だ」　食事に掛かると、「田舎は味噌汁がうまいんだ……何だかしょっぱいな」「すまねえよー。味噌足りねえで、塩入れたよ」「何だかじゃりじゃりするぞ」「水が不便だからさっきお前さんが足洗った水を使ったよ」「冗談じゃないよ」​【成立】　雷門助六・八代目、九代目が演っていた。秋田音頭で盛り上がって切ることもあった。 「ケメ子」という女中で、「ケメ塚温泉のケメ、ケメの名はのケメ」を書くという説明で、ああ、本当は君子というのかと子供の頃に納得した。 ザ・ダーツの歌った「ケメ子の歌」は１９６８年、その時は分からなかったから、知ったのは高校生以降のこと。尚、同じ６８年に松平ケメ子が「私がケメ子よ」というアンサーソングを出している。​

  2023.02.28

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• 落語「し」の７０：自転車（じてんしゃ）

  ​【粗筋】「不景気な顔をしてるって言うが、したくもなるじゃねえか。友達と遊んでいて悲観的なことに出くわして、くよくよしても仕方がねえと分かっちゃいるが、ままにならぬが浮世の常だ……ねえ、父ちゃん」​「ガキの台詞じゃねえな。さっさと飯を食え」「物は相談だが、夕飯を抜きにして、その分小遣いをらえねえかな」「小遣いが欲しいのか」「欲しいが父ちゃんの稼ぎを知ってるからねえ。貯金もあてにはならねえ」「貯金はあるぞ。３千円」「へえ、１５００円の家賃を三つもためてるんだから、大屋さんに悪いじゃねか」「いいから欲しい物があるなら言ってみろ。上野駅か、西郷さんの銅像か、その位なら買ってやるぞ」「そんなのいらない。自転車がほしいんだ」「何十台いるんだ」「一台でいいんだ。古道具屋に出ているんだ」「それなら鍛冶屋で打ち立ての、持つとやけどをするような奴を買ってやる」　子供に約束をしたものの、実は貯金なんか一銭もない。明日になれば横浜に行く準備金が下りるはずだから、その定期券の代金を貸してくれと大家に頼んでみようと出掛ける。大家も呆れて、３千円くらいの金がないのかいと言うと、「それじゃあ何ですかい、大屋さんは雨露しのぐ家賃を溜めて、貯金をするのが筋だと言うんですかい」　と啖呵を切ると、大屋が謝って金を出した。「お前を見込んで借りに来たんだ。ぐずぐず言わずに貸せばいいんだ。おう、明日返しにくるから、覚えていろ」　翌日息子も喜んで、お婆さんが腰が痛いので買い物に行けないと言うと自転車で代わりに行ってやる、隣の奥さんの買い物をして、ここで２０円、あちらで３０円と小遣いをもらって、あっという間に数百円を稼いだ。　そこへ連絡が来て、横浜の仕事が延期になったからさあ大変。大家が来て、「お前、嘘を言って子供に自転車を買ったそうじゃないか。馬鹿にするな」　と怒っている。親父は開き直って、「大屋さんだって子供がいるだろう、その子供にねだられたら何とかしようと思うじゃねえか、さあ、殺せ」　子供が来て懸命に謝ると、大屋の方も心を動かし、「親子の情だな。いい話だ。新聞社の人を知っているから載せてもらおう」「新聞なんかに載るのは嫌だい。同じ乗るなら自転車がいいや」​【成立】　有崎勉作。戦前に柳家金語楼が自作自演で演っていたのを、戦後古今亭今輔がもらって高座に掛けたという。​

  2023.02.27

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• 落語「し」の６９：失恋ロードショー（しつれんろおどしょう）

  ​【粗筋】　タクシーに乗った客、自殺するから海に向かってくれと言う。​「何で自殺するんですか」「遺書があるから読んで下さい」「運転中で読めません」「じゃあ、僕が代読します」「本人でっしゃろ」「……マサ子の愛を失った今、生きていく自信がありません。月は晴れても心は闇だ」「どっかで聞いた文句でんな」「これは書いてまへん。ほんのアドリブで」　要するに誕生日だったのに婚約者からはプレゼントどころか、連絡もないと言う。「うっかり忘れたということは」「そんな冷たい女じゃありません」　彼女は小学校時代の同級生で、しかも同い年。先日ばったり会って電話番号をもらった。「私、今このお好み焼き屋さんに勤めているのよ」　デートの約束で、１０時に遅れてはならじと、早起きしてうがい手水に身を清め、仏壇にお経をあげて、遅刻せぬよう早めについて、８時半、「僕の方が先に着きました」「当たり前や」「彼女はそっと後ろから近付いて、だーれだ」「危ない。いきなり目隠ししなさんな」　二月ほどすると彼女のお爺さんが危篤だというので駅まで見送りに行って、さようならと手を振る。彼女も列車の窓から身を乗り出して手を振って……「タクシーの窓から身を乗り出しちゃダメです」「それなのに、誕生日に何もくれない……僕が教えた誕生日……あ、運転手さん、ここはどこです」「神戸です」「あっ、そこで止めて」「どうするんです。もう一度考え直した方が……」「いや、気付いたんです。僕、彼女に誕生日教えていなかった。そこで電話します」　思い出して良かった。じゃあ大阪へ戻りましょうと走り始めると、「遺書は破って窓から巻きましょう」「迷惑になるからやめて下さい」「あっ、いけない。止めて下さい」「どうしました」「電話を掛けます」「またですか」「はい、カズエとミドリにも誕生日教えてなかったんです」​【成立】　桂文枝の創作落語。第１６作、１９７５年９月の作品。マサ子さんと婚約したはずなのに、他に彼女がいるの……ま、文枝さんだからいいのか……​

  2023.02.26

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• 落語「し」の６７：実説大和往来（じっせつやまとおうらい）

  ​【粗筋】　鴻池の娘・お貞が、飛脚屋の亀屋忠兵衛に恋患い。身分の違いを越えてようやく婚礼となった当日、長町支配の緑川寅蔵配下の者が亀屋に暴れ込む。当時の婚礼は石を投げたり水を掛けたりする習慣があり、それを金を出して依頼するのが普通だったのに、一文も出さないからであった。これを忠兵衛は一人で取り押さえ、緑川が謝罪する。このことが評判になって大坂三郷取締りの役人に取り立てられる。​　父親の病のため、娘のおうめが身売りをして治療費を得ようとするが、父・磯右衛門は金井という侍に殺され、金を奪われてしまう。その金で新町に通う金井は、梅川という遊女を贔屓にするが、これこそおうめである。金井は忠兵衛の出世をねたんで、仲間の川村八右衛門が忠兵衛を新町に誘い、恥をかかせようとする。忠兵衛は掛け取りの３００両の封印を切って祝儀に配る。　忠兵衛は磯右衛門殺しを調べるため梅川に近付くため、金井の遺恨はますます深まって行く。熊蔵という者が磯右衛門殺しを知って金井に賄賂を要求するので、金井は闇討ちにして熊蔵を殺すが、この時小指を食いちぎられてしまう。そこへ通り掛かった忠兵衛の十手で刀も折ってしまい、金井は逃げ出す。　この指と刀を証拠に、忠兵衛は金井に切腹を迫り、金井も承知して、梅川に父親殺しを告白する。忠兵衛の女房・お貞が気を回して梅川を見受けすることにしていた。　金井は身支度をすると言って、川村と共に忠兵衛を闇討ちにしようとして、二人とも斬られてしまう。忠兵衛は、町奉行所に自首すると、調べに当たったのが川村の兄で、調べにことよせて忠兵衛を殺そうとする。緑川寅蔵が忠兵衛を救うため、部下の新助を牢に送り込み、囚人を焚きつけて牢破りをさせる。　忠兵衛は新口村の親に会って経緯を説明し、寺の境内で切腹する。妻のお貞と梅川がそこへ来て忠兵衛の死を知ると、二人で喉を掻き切って自害する。この寺に一男二女の塚が建てられる。​【成立】　明治２５（１８９２）年の土橋亭りう馬（５）の速記が載っている。近松門左衛門作、人形浄瑠璃『冥途の飛脚』（正徳元（１７１１）年）をもとにした作品。​　大和新口村の大百姓・勝木孫右衛門の息子である忠兵衛は、大坂の飛脚問屋亀屋の養子となり、主となっている。それが新町の遊女・梅川を贔屓にしているが、彼女が身請けされそうになり、江戸から届いた金を使ってしまう。　八右衛門は忠兵衛と手を切らせようと梅川に会いに行くが、これを聞いた忠兵衛が誤解して、預かり金の封を切ってしまい、その金で梅川を身請けする。　道行、新口村で父親に陰ながら別れを告げようとするが、倒れた孫右衛門を見て梅川が飛び出し、話をするうちに父親もそれと分かって別れを告げる。幼馴染の計らいで一旦は逃げるが、すぐに役人に捕まり引き立てられ、父親は気を失う。　宝永７（１７１０）年、藤堂藩城代家老の日記『永保記事略』に、新口村出身の清八が亀屋忠兵衛を名乗って養家を継いでいたが、金銀を盗んで遊女を身請け、上里村に親類を頼って逃げるも捕らえられて大坂で入牢したとある。世間の話題になり、この翌年京都で『けいせい九品浄土』が上演されている。これは梅川に男がいて、忠兵衛を利用して廓を抜け出す話で、忠兵衛はすぐに馬子に金を奪われて殺される脇役に過ぎなかった。　近松の作品は「あれあれ、あれに見えるが親父殿」「ほんに目元が似たわいな」という新口村の段が高校の教科書に載っていて、全文覚えていた。もともと有名なものだから人形浄瑠璃で見たこともあったのだ。　歌舞伎では八右衛門と忠兵衛のやりとりが面白い。相手の役者の秘密をあばいて怒らせようとする。芝居では頼りなく優柔不断の男だが、落語の忠兵衛は格好いい。

  2023.02.24

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• 落語「し」の６５：失業リストラン（しつぎょうりすとらん）

  ​【粗筋】　父親が息子に、会社をリストラされたと告白すると、息子は「あ、そう」​「驚かへんのか」「僕が会社のトップやったら、まずお父さんをリストラするから、不測の事態やのうで、十分予測できたことや」　退職金を元手にレストランをやりたいと言う。近所で親父さんが亡くなって廃業しただるま食堂を借りて、看板を変えるのは高くつくので、前に「火」の字をつける。「火だるま食堂……危ないな」 母さんは料理は下手だから、父さんが作る。以前から計画して調理師免はとってある。母さんは米を炊く専門、電気釜だから失敗はない。婆さんに注文を取ってもらうが、注文を間違えるのは間違いないから、親子丼専門店とする。自転車に乗れる爺さんは出前。食材は市場の友達を脅して安く仕入れるので、一杯５８０円の安い親子丼……ということで、「お前には試食をしてもらう」「それならやるわ」「代金は負けておく」「金取るんかい」　いよいよ開店すると。いい素材で人気になるが、この日、学生寮から３０人前、工場からも１２０人前の注文が入ったのだ。爺さんが丼を回収して来ないと親子丼を出せない。やっと爺さんが戻ったが、うどん屋の出前の自転車と衝突して全部割ってしまったと言う。「すんまへん。丼ないんで、親子皿やったら」カレーの皿で親子丼を出すことになる。これは面白いという客がテレビ局に知り合いがいるので紹介する。さあ、大変。行列の出来る人気店になってしまう。息子も学校へ行っている場合ではないと、サボって一日手伝い。「疲れたなあ」「ビールでも飲むか。焼き鳥作るで」「もう鳥を見るのもいやや。それよりバイト代上げてもらわな」「それはちょっと待ってくれ」「ええやないか。儲かっとんのやろ」「それが、会計を任せた母さんによると、儲かってないんや」「何で。行列が出来てんねんで」「母さんに会計を負かしたんが間違いや」「何で儲かってないんや」「母さんの計算が、丼勘定やねん」​【成立】　桂文枝（６）の創作落語。清水健太郎が「失恋レストラン」が大ヒットしていた頃、結婚式で健太郎さんがいたのに歌わない。結婚式で「失恋」はまずいだろうというのだ。歌手なのに歌えない……そんな話を聞いてタイトルが生まれたという。​

  2023.02.23

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