名作落語大全集

[落語] カテゴリの記事

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  落語「た」の１２：大黒（だいこく）：その４

  ​​【粗筋】　小僧が、「あのおせき様のことを樒屋（しきみや＝寺前の花屋）で弁天様のようだと申しておりました　と言うと、和尚、「まあ、今に大黒にして、布袋にしてみしょう」​【成立】　文化頃の『一雅語三笑』の「和尚」。弁天は美人で大黒は和尚の妻、布袋は腹が膨れている……何のことやら、初な私には見当もつかない。​【蘊蓄】　弁天を大黒にしまた布袋にし　（誹風柳多留１０６－１７）

  2024.04.22

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  落語「た」の１１：大黒（だいこく）：その３

  ​​​【粗筋】​　坊主が所用で出かけ、妻である大黒が一人で留守番をしていると、男が尋ねて来た。「和尚様は」「留守でございます」「お前様は客か」「いえ……私は和尚の妹でございます」「左様で……戻られたらよろしく頼みます」　と帰って行く。​　和尚が帰って、「誰か来たのは」「はい。客があったので妹だと申しました」「それでよい」　　と、内所（なっしょ）に行って、小僧に、「どなたか客があったか」　と尋ねると、「いいえ、本日は誰も参りませんでした」　大黒が、「あら、あの、小袖来た人が……」「ああ、あれは和尚の弟御です」​【成立】　安永７（１７７８）年『今歳笑』の「梵妻（だいこく）」。寛保２年『軽口わかゑびす』巻一の「しらぬ兄弟」も同じ。「大黒」は僧侶の妻。続けて読んでる人は分かるね。​​【蘊蓄】　ぬっぺりと和尚妹で候といゝ（柳多留拾遺二の６）​​

  2024.04.21

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  落語「た」の１０：大黒（だいこく）：その２

  ​【粗筋】　酒屋に来ては５合ほどの酒を買い、勘定に少しずつ余計な銭を置いていく、髭の美しい老人がいる。金持ちの御隠居に違いないと、それとなく調べると、向島の生大黒天のお守役だという。生大黒天を信仰すると、１年たつかたたない間に５万の富が得られるというので、酒屋の主人はすっかりその気になり、老人に話をして甲子の日に生大黒天のお宿を願うことにした。その日は奉公人を残らず外にやり、座敷を掃除して、宝や貸金の証文を飾りとして並べ立てるよう命じられる。その日、老人が​27､8の品のいい青年を連れてきて、これが生大黒天だという。生大黒天が首に掛けた大きな袋に、宝や証文を入れ始めるので、驚いた主人がとがめると、「酒屋のくせに高利貸しまでするとは不届きな奴。俺達は泥棒だ」  と、若い者が短剣を出して、主人の胸元へプツリ。  女房に起こされて気が付くと、全部夢。そこへ桂庵の伊兵衛が訪れ、前から頼まれていた妾のいいのが見付かったという。「芸者上がりのような玄人は駄目だよ」「いいえ、教養もある婦人で。ある寺の住職のもちものだったんですが、この住職が死んだんで……」「それはいけない。もう大黒はこりごりだ」​【成立】　大正元（１９１２）年の『文芸倶楽部』に三遊亭円右の速記が載っている。「大黒や」とも。​

  2024.04.20

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  落語「た」の９：大黒（だいこく）：その１

  ​【粗筋】　竹さんが寺の小僧と会ったが、酒とドジョウを買ってきたという。坊主が禁止されているものばかりなので聞くと、寺ではドジョウを踊り子、酒を般若湯という符牒で詠んでいると言う。竹さん、寺へ押しかけてごちそうなろうとたくらみ、坊さんに、​「実は人から千里眼の稽古をつけてもらいましてね」  と言い出した。「それは面白い。わしにも教えてくれ」「……（じっと和尚を見付け）今日、酒を買いましたね。それにドジョウも……こういう符牒がありますね……まだ隠していることがありますね」「いや、恐れ入った。これ、お花や。もう仕方がない。こちらへ来て挨拶をしなさい」​【成立】​　安永２（１７７３）年『飛談語』の「寺詣」。寺を訪ねると、小僧が風呂敷包みを抱えて戻るのに出会い、中身は何だと尋ねる。小僧は人に見せてはいけないと言われているが、寺のねんごろな旦那なので強く言われると拒否できない。中は蒲鉾、酢だこ、切り身……どう見ても酒のつまみ。知らぬ顔で坊主に会い、いつもの質素なつまみで酒を出すので、「住職、もっといい物がございましょう」「いえ、当寺には他に何もございません」「住職は毎夜楽しんでいらっしゃるとか。お隠しになることはありませんぞ」「それでは仕方がない。これ、こちらへ来てご挨拶しなさい」　文化４（１８０７）年喜久亭寿暁の『滑稽集』に「寺の女ぼう　お近付に」とある。「坊主の妾」、上方では「寺のあてもの」とも。題名の「大黒」とは坊主の妻を指す寺の符牒。分からないので、枕に「大黒の頭巾」などを振っておくことが多い。​【蘊蓄】　大黒は仏教の守護神、中国では台所の神となり、最澄が伝えて延暦寺の厨房に祀った。平安時代の神仏習合で大国主命と合体して豊穣の神となったが、同時に人間の方の豊穣ということで、性の神とされた。女性のあそこに拳印を結ぶ姿があり、これが僧侶の妻を大黒というようになった一つの根拠とする説もあるが、あまりに露骨であるから、後には打出の小槌を持つようになった。​

  2024.04.19

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  落語「た」の８：太公望（たいこうぼう）

  ​【粗筋】　画家の小林崋山が吉原萬治楼のたまきに通いつめ、支払いが出来ずに、襖に絵を描いて許してもらう。それでもまだ廓通いがやまず、結局女と逃げようとして追われ、心中の末女を残して自分だけ死んでしまう。それから数年、この絵に描かれた太公望が動き出す。川に出て釣りを始めると、口入屋の清兵衛に声をかけられる。針も餌も付いてないのだ。それなのに巨大な鯉が連れた。​「おい、太公望」「え……鯉がしゃべった」「俺だよ。崋山だ」　死んでも浮かばれず、鯉になって糸をくわえて上がったという。たまきについて尋ねると、心中に失敗してそのまま寝込んでいるという。太公望の知恵で、魂が鯉から抜け出て清兵衛に乗り移る。これで見舞いに行けるが、金がない。太公望はその夜、部屋に泊まった客の財布を釣り取る。これでたまきに会いに行き、栄養になる物を食わせるようにした。しかし、すぐに金が無くなり、太公望に頼むので、あの部屋に泊まると財布が無くなると評判になってしまった。どう栄養を与えても寿命が尽きていると太公望にいわれ、店の方に、今日が最後だが明日栄養になるものを届けると伝える。翌日大きな鯉が届いたのでこれを食わせると、腹に入った鯉がたまきに話し掛ける。　翌日、火事が起こり、太公望がたまきを連れて逃げ、大川に身を投げる。襖が焼けて診せに戻れなくなった太公望、釣り糸を垂らしていると、二匹の鯉が泳いでいる。「先生、やっと一緒になれましたね」「そうだな。これで私の鯉（恋）も成就した」​【成立】　三笑亭夢丸（１）の新江戸噺し。第​1回の受賞作。向山正家の作品。本があったのを某噺家さんに貸しているので、名前など漢字が違うかもしれません。​【蘊蓄】　太公望は周代の政治家・呂尚（りょしょう）。渭水で釣りをしていたが、針も餌も付けずに天下のことを考えていた。８０歳で周の文王に見出され、先君・太公が望んでいた賢人だとして太公望と呼ばれた。文王の死後、この武王を助けて殷を滅ぼし、斉の国を与えられた。紀元前​7世紀には桓公（かんこう）によって春秋時代の覇者となるが、前３７９年、家臣の田氏によって滅ぼされる。太公望は実在の人物であるようだが、８０歳から活躍という年齢に無理はないのだろうか。この人が釣りをしていたから、釣り人を太公望と呼ぶ。

  2024.04.18

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  落語「た」の７：太閤の猿（たいこうのさる）

  ​【粗筋】　天下を取った豊臣秀吉、曽呂利新左衛門に「余が去るに似ているというが眞か」と尋ねると、「そうではございません。猿が殿下に似ているのです」と答えた。それで自分にそっくりの猿を探せと命じ、顔だけでなく体つきまでそっくりな猿が献上される。秀吉は自分と同じ着物を着せ、同じ物を食わせ、一緒に生活するので、登城した武将らはどちらがどちらだか分からない。更に猿に袋竹刀を持たせ、人を叩くことを教えたから大変。噂を聞いた伊達政宗が、賄賂を使って登城前の猿に対面し、猿をこっぴどく脅し付ける。翌日登城すると、大綱が猿をけしかけるが、猿は怯えて太閤の元へ逃げる。大綱がまたけしかける……可哀そうなのは猿で、行たり来たり。​　それで歌が出来た「猿とは辛いね……てなこと仰いましたかね」​【成立】　東京の本にも載っているが、実際に聞いたのは森乃福郎。​

  2024.04.17

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  落語「た」の６：太閤記（たいこうき）

  ​【粗筋】　天文６年正月、尾張で生まれたのが後の豊臣秀吉。これだけそらで言えるのだから、三平は馬鹿じゃない。​　親が日吉神社に参拝したら生まれたので、日吉丸と名付けた。わんぱく坊主はきっと出世する。落語界では一番が談志、二番が三平、後が円強につばめ。つばめは国学院大学を出て学校の先生になったが、女生徒に手を出してクビになった。つばめさんの親戚がいたら謝ります。（こんなのばっかり続く）　天文１３年に蜂須賀小六と出会い、藤吉郎と名を変えて織田商会に就職。社長は気が短く、短期（短気）大学の優等生。雪の日に草鞋をチンして２階級特進。　天文２６年の演武大会では槍の部門に出場、道具は長いか短いかと言われて股ぐらをのぞき込む。　永禄３年では桶狭間。今川義元との戦いになる。「猿、木に登って敵の様子を見よ」という命で、「敵は給食の時間です」「何を食べている」「今川焼です」「お前なら何を食べる」「もちろん、太鼓（太閤）焼きでございます」​【成立】　林家三平（１）が演った……って、分かるね。ストーリーはどうでもよく、三平ギャグが続くので、本当の粗筋を説明するには全文出さなきゃならない……やーめた。​​【蘊蓄】　日吉丸の名の由来は、神社の祭礼の日に生まれたから、母親が夢に見たから……諸説あるが、後付けで付けられたようで、本人がその度説明を変えていたという。​　草鞋を懐で温めた話であるが、草履取は暗殺をしやすいので絶対に新参者にはやらせない。自分から真相を説明するのもわざとらしいと、子供の頃から疑問を持っていた。伊達政宗が草履取を叱って追い出し、数年後に真相を知って謝ったという逸話を、秀吉が我が事のように語ったものらしい。蜂須賀小六との橋の上での出会いも、義経と弁慶の話を意識したもので、事実ではないことが分かっている。一夜城もでっち上げ。色々面白い話を全部我がことにして、『太閤記』を作らせたもの。母親は本当は農民だったが、高貴な娘で宮中に奉公して貴族の手がつき、妊娠したので農民だった父親と結婚させられたということにして、ようやく貴族の地位を手に入れる。他の戦国武将が、武士としての地位を求めたのに、秀吉だけは貴族を求めた。まあ、そのために豊臣家は滅びるのだから、どちらがいいのかは分からない。

  2024.04.16

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  落語「た」の５－２：大工調べの改作：マザコン調べ（まざこんしらべ）

  ​【粗筋】　カズエの家にオバサンが訪ねて来た。マキヒコが後ろに隠れるようにしているから母親だ。つまり、カズエの勤務先の社長夫人だ。​「身分の違いを分かっていればいいのよ。お話があるの」「何でしょう。マキヒコさんがお付き合いしてくれと仰ったのははっきりお断りしましたが」　母親は息子が入社したが、甘やかしてならないと下積みからやらせた。半月もやったからもういいだろうと本社に転勤して専務になる。すると、マキヒコちゃんは、今いる支店の子が好きだから嫌だという。彼氏がいるが、今時の女は貞操観念なんてないから、金を出すから付き合うようにと訪ねて来たのだ。もちろん身分が違うから結婚は出来ないから、マキヒコちゃんが飽きるまでオモチャになってくれればいいと言う。カズエさん、「突っ込みどころは沢山ありますけれど、人をオモチャ扱いする人を相手に出来ません」「あら、そんなこと言っらかしら。尻軽そうな女だからつい本音が出ちゃったのね。でも、マキヒコさんの持っているブリキのおもちゃは、あなたよりはるかに値打ちがある物も多いのよ」　次第にエスカレート……カズエの彼氏が退職したイトウさんの元彼だから、「あんたが泥棒猫じゃない。あんたのレジ打ちのミスで一家心中した家族がどれだけいるか、その誤差をれをちょろまかして、太く短く命をつないだろう。大学で準ミスですって。完全なミステイクじゃないの。マキヒコちゃん、あなたも言ってやりなさい」「ママ、もう帰ろうよ」「何言ってるの、これだけ馬鹿にされて、腹立たないの」「ママがそういうなら……やい、カズエさん」「さんなんか付けなくていいの」「やい、カズエ……そこにいるのはイトウさんの元彼だろう……本当はずっと前に別れていたって知っているよ……だから僕イトウさんに言い寄ってお尻触ったら辞めちゃって……カズエ、お前は大学で準ミスだから、綺麗だよ……あの、先週のイトウさんの送別会では飲み過ぎて、酔いつぶれて、靴下片方無くしたろう」「そうよ、そうよ。みっともないわよ」「あの靴下今も大事に取って、毎日匂いを嗅いでいるよ」「余計なことは言わないの」「その送別会でイトウさんの元彼と仲良くなって、店でも評判の美男美女で……結婚式には読んでね」「何言ってるの」　というので、このママがお上に訴えて出るという、「マザコン調べ」の序でございます。​【成立】　春風亭百栄の改定。「大工調べ」は、そもそも店賃を溜めたのが問題で、大家の方にも言い分はある。ちょっと厳し過ぎるお裁きで、もう少し甘くてもいいんじゃないかと思う。だから大家の因業ぶりをしっかり描かないと、説得力がない。さて、それに比べて今回の「マザコン調べ」であるが、どこをどう取ってもカズエさん方に落ち度はない。お上に訴えるといのは、会社内の会議でクビにするのだろうか……「大工調べ」と同じならカズエさんがやり込められるのだが、さあ、どうなるか、結果聞いたら教えてね。​

  2024.04.15

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  落語「た」の５：大工調べ（だいくしらべ）

  ​【粗筋】　大工の与太郎に棟梁が仕事を持ってきたが、店賃のかたに大家が道具箱を持って行ってしまったので仕事に行けない。一両と八百の店賃だが、棟梁も一両しか持ち合わせがなく、これを与太郎に渡して道具箱を取りに行かせるが、与太郎が棟梁との内証話まで口に出してしまい、怒った大家が道具箱は返さないと突っぱねる。棟梁が行っても渡さないので、とうとう棟梁の方も腹を立てて担架を切ると奉行所へ訴えた。​　奉行は与太郎の店賃を耳をそろえて返させた上で、質屋の鑑札を持たずに道具箱をかたに取ったとがで、家主から与太郎にその間の手間賃を支払うよう申しつけた。「政五郎、一両八百のかたに日に十匁の手間とは儲かったな。さすが、大工は棟梁」「へえ、調べをごろうじろ」​【成立】　大岡裁きのもとになった『板倉政要』巻６の「宿賃公事出入之事」。大工でなく車引きの話。宝久６（１７０９）年『本朝藤陰比事』巻１の「買物は当の違う槌右衛門」は、大工が地頭に訴え出る話。落語に近いのは『板倉大岡両君政要』で、尾張町の大工・半七が病気で店賃３両が滞り、大親の次郎兵衛に追い出された上大工道具を指し押さえられる。半七は旅籠町の重兵衛が家主の長屋に引っ越すが、重兵衛が１両出して、道具箱だけもらって来いと言う。次郎兵衛がはねつけたので大岡越前守に訴えが出され、重兵衛に、「１両出してやるのなら、なぜ３両出さぬか」と叱って、その場で道具箱を戻させる。奉行は、道具箱が差し押さえられたために１００日間働けなかったと、その間の手間賃として５両を支払うよう命じる。これは土屋越前守正方の話となっている。「大岡裁き」「大工裁き」「大工訴訟」とも。​　裁きまで行かず、棟梁が小気味のいい啖呵を切り、与太郎がこれを真似て失敗するという盛り上がった場面で切ることが多く、この場合は「あた棒」とも呼ばれる。　落ちの「大工は棟梁」、もちろん「とうりょう」ではなく「とうりゅう」と発音する。これはどうも気の利かない落ちであり、裁きも理に勝ち過ぎている嫌いがあるので、前半の啖呵で切るのが一般化した訳である。　江戸の啖呵で溜飲の下がる噺で、やはりいい江戸言葉で演ってくれないと面白くない。それもトントンと毒づくのが心地よい。興奮すると途中で言葉が途切れたりする。まあ、それでも悪くはないのだが……私が感心したのは春風亭小柳枝（９）。尚、立川談志（７：自称５）はこの場面で棟梁に「大工は棟梁、調べをごろうじろ」と言わせて落ちとしていた。この落ちはやはり最後まで演ったときのものだから、大家と喧嘩で、「この野郎、口が横に裂けてる思って嘘八百並べるない」「おい、棟梁、嘘でもから八百並べろ」で落ちとしていた。これは金が後８００足りないというのにつながる。​【一言】　啖呵を切る所は、本当は気をいれて切っちゃうと、つっかえちゃうんです。小さん（３）師匠が、「本当に怒っちゃいけない、ためて啖呵を切らなくちゃ」といったそうですが、まったくその通りで、本当に興奮して演っまうと、聞いているほうでも自分が怒鳴られているような感じで、気持のいいものじゃない。（柳家小さん（５））​​【蘊蓄】　江戸の通貨は四分で一両。幕末には千六百文で一分。八百というのはその半分になるから、六分の一両ということになる。ここでは一文が２５円で扱っている。​

  2024.04.14

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  落語「た」の４：大工（だいく）

  ​​【粗筋】　吉原へ行くのに職人ではもてないということで、呉服屋ということにした。「今度来なんす時、紅絹の布（もみのきれ）を持って来てくんなんし」「何、棚でも吊るのか」​【成立】　安永９（１７８０）年『大御世話（おおきにおせわ）』の「大工」。紅絹の布を樅の木切れだと思った。​【蘊蓄】　紅絹（単に「紅」で使うことも）は文字通り紅で染めた絹で、古くなると色合いが変化する。いい物はかなり高価、安物は着物の裏などに使った。目が悪い人が目を押さえる場面が「文違い」などに登場するが、眼病に効果がある……とされていた。​　　おすもふがめやみをあら紅のきれ　（口よせ草）　　（お相撲が目病みを洗ふ紅の布）​

  2024.04.12

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  落語「た」の３：大学楼（だいがくろう）

  ​【粗筋】　吉原へ遊びに来た侍がいる。​「この店は何と申す」「大学楼と申します」「正面には『諸客床に入るの門』とあるな。して、遊女はいずれにある」「みな格子の内（孔子の家）におります。どうぞ、お上がりを」「予も而（しこう）して後に参る」​【成立】　安永２（１７７３）年『今歳花時』の「額」は、大門に「大学」という額が上がっているので訳を聞くと、​「大学は格子の居所にして、諸客床に入るの門なり」と説明するので、「而して後に辟（へき）すか」と答えるもの。「辟す」は偏りが出ることで、本来は偏った見方で公平な判断が出来ない様子だが、一般には「避ける」の意味で用いた。　四書の一つ『大学』を文章を洒落て廓の話にしたもので、「廓大学」と同じ趣向である。　「而して後」とも。今は分からないので演じられなくなった。昔の客は学があったんだねえ。

  2024.04.11

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  落語「た」の２：鯛（たい）：その２

  ​【粗筋】　店の生簀にやって来た鯛、網ですくわれそうになったが、見事に身をひねって飛び出し、助かった。これを見ていたのがこの生簀の主と言われる年寄りの鯉、生き抜く方法を伝授する。客が見ていたら腹を上にしてダラーッとする。客がこれは駄目だと思う。店の者だけなら元気に泳ぐ。生きがいいから後にしようと思う。​「結局すくわれてしまったら、もうまな板の上の鯛じゃ」「それ鯉でっしゃろ」「もうじたばたせずにされるままにするんや。バタバタしてはみっともない」　ところが、その時に網が入って若いのがすくわれそうになると、主が体当たりして逃がし、自分がすくわれてしまった。　生き作りになって出されるが、ピクリともしない。「これ、古いんと違うか」「すんません、じゃあ、もう一匹すくますわ」「あ、ええわ……途端にこの鯛ピクピク動き出しよった」​【成立】　桂文枝（６）の創作落語。第７６作目、１９９０年６月の作品。​

  2024.04.10

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  落語「た」の１：鯛（たい）：その１

  ​今日から「た」で始まる落語でございます。​​​【粗筋】　山中の田舎に、鳶がさらって来たのか、鯛の頭が落ちていた。皆見知らぬので、庄屋に聞くと、「これは恵比寿の束袋であろう」​【成立】　享和４（１８０４）年、十返舎一九の『商内上手』の「鯛のあたま」。恵比寿が鯛を抱いているが、魚が分からないので、刀の束を包む袋だと思った。​

  2024.04.09

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  落語「そ」の３４：ぞろぞろ

  ​【粗筋】　茶店をやっている夫婦、客が来ないので浅草田圃の真ん中にある太郎稲荷にお願いに行くと、とたんに客が来て売れ残っていた草鞋を買って行く。売れ残りを売ったのでもうないと思ったら、天井にいつのまにか草鞋がぶら下がっている。それを売って客が店を出るとたんに、新しい草鞋がぞろぞろっと出てくる。これを見た向かいの床屋、自分も信心しようとお稲荷さんへ出掛け、商売繁盛をお願いして帰ってくると、店は客で一杯になっている。早速最初の客の髭を剃ると、新しい髭がぞろぞろッ。​​【成立】　九州の座頭話をもとにした上方噺が江戸に移植されたものとされている。九州の話というのは有名で、打出の小槌で米と蔵を出そうとして、「米倉、こめくら」と言うと小さな盲人がぞろぞろと出て来たというもの。これが原話なのって、ちょっと疑問。​　大阪では赤手拭神社が舞台、東京では四谷のお岩稲荷だが、橘家円蔵（４）から林家彦六らに受け継がれた舞台が太郎稲荷。ここは立花左近将監（筑後柳川１１万９６００石）の下屋敷に祭られていたもので、『たけくらべ』で美登里がお参りに出掛けたところ。　神様が登場するのと登場しないのがあるようだが、登場すると何だか有難味がなくなった例しか聞いていないような気がする。実は立川談志（７：自称５）が、神様の方を主人公に作り替えた。神様の気まぐれ、移り気を描いたのだ。物足りない事例は、そこを中途に取り込んだからだろう。​【一言】　お岩稲荷のほうが確かにすご味が出るのですが、太郎稲荷というと、なにかとぼけた味があって捨てがたいので。（林家彦六）​​【蘊蓄】　草鞋は、底・紐・乳・かえしから構成される。​

  2024.04.08

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  落語「そ」の３３：それからどうした

  ​【粗筋】「面白い話があるが、お前はすぐに『それからどうした』と言うから話しにくくていけない」​「今日は絶対に言わない。もし言ったら２００文出すから、話しておくれよ」「じゃあ話そう。昨日、横町のお光の所へ行ったんだ。親父もお袋も留守で、お光は炬燵に入っていた」「うん、そ……ここが我慢のどころだ」「お光は、一人で寂しいから、少し話でもして行ってくれと言うんだ」「うん、そ……そうかい……」「炬燵で話しているが、これはうまくすると……と思うから、炬燵の中でそうっと手をのばすとな」「うん、そ……そそそ……」「そっと手に触れると、向こうは引っ込めない。向こうからも手をのばしている。足をそっとのばすと、むこうも……」「えーい、もうたまらねえ。２００出すから、それからどうした」​【成立】　どこまで行って落ちにするかが噺家の品位……客に合わせている可能性もある。​

  2024.04.07

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  落語「そ」の３２：徂徠豆腐（そらいどうふ）

  ​【粗筋】　荻生徂徠（おぎゅうそらい）が出世前、正月だというのに貧乏で食う物もない。食う物があると思うから腹が減る、この世に食う物がないと思えば腹も減らないと学者らしい屁理屈で乗り切ろうとしたが、それでも腹が減って仕方がない。２日に豆腐屋が売り歩くのを呼び止め、２丁をぺろりと食べ、​「見事な豆腐。何、親の代から豆腐屋。実に見事じゃ。幾らじゃ。１つ４文で８文になる……今日は小さいのがない、明日一緒に払おう」　という。翌日も同じ。豆腐だけでは持つ訳がなく、日に日に弱ってくるが、３日目になると、「今日は小さいのがない」「そうおっしゃると思って今日は家中の銭をかき集めて来ました。大きいのでも結構で」「小さいのがないのに、大きいものがある訳がない」　あきれかえった豆腐屋だが、食べっぷりの良さ、素直にあやまる様子に心を動かされ、明日からは腹にたまるようおからを持ってくると約束した。　それからどれくらい経ったか、豆腐屋が風邪をひいて数日休み、久しぶりに徂徠の家に行くと、引っ越した後だった。　２年後、赤穂浪士の討ち入りが評判になった頃、火事のために焼け出された豆腐屋夫婦に、大工が現れて店を建て直すから、その間は何とかつないでおけ、と大金を置いて行く。やがて店を建てたから来いといわれて行くと、立派な店が出来ている。金を出してくれたのは徂徠であった。幕府の要人の目にとまって出世したのである。「優しい心を忘れず、うまい豆腐を作れよ」　といわれて商売に励み、お屋敷出入りの豆腐屋になるという、徂徠豆腐という一席。​【成立】　講談では「出世豆腐」という題で演じられている。２００２年に人間国宝になった直後の一龍斎貞水、神田蘭ら、何人も講談で聴いた。落語で聞いたのは圓窓師匠と金太郎師匠が良かった。​​【蘊蓄】　江戸の豆腐には紅葉のデザインが入っていた。『俳諧当世男』（延宝４）の​　　朝風や紅葉をさそふ豆腐桶　重秀　という句をとり、「紅葉」に「買うよう」の洒落をきかせたのだという。大きさも現在のものよりかなり大きい。荻生徂徠（１６６６～１７２８）。江戸の儒学者、思想家。父親は綱吉の侍医だったが、蟄居して現在の千葉県茂原市に移る。この時徂徠も移り住んで独学、元禄３年２５歳で江戸に戻り、３１歳にして柳沢吉保に抜擢され、学問を教え政治に意見を述べた。赤穂浪士の討ち入りに対し、処罰を持って臨むことが忠義の道にも通じるという意見を述べ、これが採用されて全員が切腹したというのは名高い。　その後柳沢の失脚で日本橋茅場町で私塾を開くが、１７２２年頃、吉宗に呼ばれて出仕するようになった。弟は吉宗の侍医、北渓。

  2024.04.06

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  落語「そ」の３１：染分手綱（そめわけたづな）

  ​【粗筋】　本所林町の小間物屋重兵衛、いい男で気が利くので旗本のお屋敷にも出入りをしてお女中が買い求める。杉浦家の奥に勤めるお杉が思いを寄せて文を寄越す。これが不器量ではあるが、行儀作法も身に付けており、文の文句の見事さに返事を送った。用人が間に入って夫婦にしてやる。​　夫婦仲もよく、子供が出来る。お腹の子が六月になる頃、小間物屋の寄合で吉原へ由岐、稲本の勝本という遊女が相手に出る。すっかりこれに夢中になってしまう。家財道具も売り払って、博打に出を出し、家にも寄り付かない。　子供が生まれて、母親似の女の子なのでがっかり……ほったらかしになって、栄養も足りずに体が動かなくなって、子供と一緒に掻巻一つで寝ている。そこへ博打に負けて帰って来ると、無理に奪って行く。抑えようとしたので爪が引っ掛かって剥がれてしまう。質屋に持ち込むと、血が付いていると言われて犬を蹴飛ばしたとごまかす。爪が二枚付いているというので、「合わせて三分にしてくれ」　嫌がるのを無理やり一分借りたが、博打ですってしまう。また家に戻ると、お杉は屋敷を出る時に奥方が一両をくれたと言う。それで乳をもらう里扶持にしてくれと言う。重兵衛はすまなかったと誤って、すぐに位牌の裏に貼ってあった金を手にして吉原へ……しかし、博打で増やせば倍にも使える……迷いに迷って、乳をもらっている屑屋の陣兵衛に行き会ってしまった。仕方なくその家に行って一両を渡す。すると、女房が、「一両なんて釣りがありません。そうご心配なく……お杉さんも心配して奥に来ていますよ」　と言う。とても動けぬ体だから来る訳がないと思うが、人に背負われて来たのでもなく、まして駕籠賃などあるはずもない。奥へ行くと本当にいたので、「お前が来るなら、俺に金を預けねえでもいいじゃねえか」　と甚兵衛のかみさんに乳の礼を言う。赤ん坊を抱くと父親と分かるのかにこにこ笑っている。　表が騒がしいので甚兵衛が出て見ると、重兵衛の長屋の連中で、今お杉さんが亡くなったから重兵衛を探しに来たのだと言う。今この奥にいると言うと、みんなで恐る恐るのぞきに行く。すると、蒼い顔のお杉、髪の毛は蜘蛛の巣のように広がり、行燈の光で、「お長屋の衆、のぞいちゃいやだよ」　ここから道具噺になるのですが、本日はこれぎり。この後重兵衛は改心して娘のお仙を立派に育て上げます。​【成立】　明治の末、林家正蔵（５）が演った。『累ヶ淵』から取ったものだろうが、「お累の自害」と「豊志賀」をくっ付けたんだろう。でも、最後の長屋の衆はお粗末。家にあった仏壇が置いてあったくらいにしれおけばいいのにねえ……主人公も改心しちゃったんじゃあ面白くないなあ。​​【蘊蓄】　『恋女房染分手綱（こいにょうぼうそめわけたづな）』は歌舞伎の演目。近松門左衛門の『丹波与作待夜小室節（たんばよさくまつよのこむろぶし）』をお家騒動ものに改作したもの。​　東海道鈴鹿あたりの宿で、丹波の調姫（しらべひめ）がお泊りになるが、江戸の大名との婚礼が決まった。それが嫌だといので台詞が「いやじゃ」しかないので通称「いやじゃ姫」。乳母の重の井（しげのい）と爺やが困っている。大勢の家来も引き連れており、馬を操る馬子も多くいる中に、小汚い子供がいるが、これがなかなか目箸が利く利口者。「自然薯の三吉」と呼ばれている。この子が道中双六を持っているので姫の前に出て、みんなで遊ぶ。今日から江戸まで行くのに東海道の宿場の名所名産が書かれているのを読み上げる。みごとに一番で上がった姫君、本当の旅も楽しいと思うようになり、出発の声が上がる。残った三吉と重の井、重の井が例に菓子を与えるが、なぜ馬子をしているのかを訪ねると、生い立ちを語る。これを聞いてびっくり、何と腰元時代に小姓と関係して産んだ我が子だったのだ。城内では不義と同じで城から追放になるが、殿様が温情を持って子供を産むと乳母としてお城に上がったのである。乳離れすると二人は生き別れにされていたのだ。母と知るが、恩ある殿様に申し訳ないと突き放し、すがり、なじる子供を突き放す……いつも元気に歌う馬子唄を泣きながら歌う。　この「重の井子別れ」だけが演じらえる。　重の井の相手の小姓も馬子に落ちぶれ、丹波の与作と呼ばれている。これが関の小万という遊女と恋仲になって金のためにトラブルを起こす。近松の原作はこちらが主人公であった。重の井の父である能役者・武村定之進が主君に『道成寺』を伝授し、鐘の中で自害して娘の罪を償うなどの場面があるが「子別れ」以外が演じらえっることはほとんどない。子供が主役で、長台詞あり、歌あり……相当の腕の子供がいないと演じようがない。見事な台詞回しだが、実際には改作とされているが近松の原作ほとんどそのまま。

  2024.04.05

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  落語「そ」の３０：染色（そめいろ）

  ​【粗筋】　勘当された若旦那が、１２月の末に家へ忍んで来ると、親戚が集まって廃嫡の相談。みんなが賛成するのを聞いて、若旦那は情けなくなって吾妻橋から身を投げる。夜釣舟の客に助けられて、訳を聞かれると、若旦那、​「桜楼の紅梅という女を買ったところが、親切にしてくれるので、真実の愛（藍）と思っておりましたが、黄金色の縁が切れるが最後、用はないと突き出され、今（紺）度からは気（黄）をつけようと思ったがもう遅い。喉を突いてしのうかと思っても刃物はなし。とうとうこの川（樺）辺に飛び込んだのでございます」「……見事な色尽くしの身の上話。して、御商売は」「染物屋でございます」「ああ、それで色で苦労をしなさるか」​【成立】　宝暦１２（１７６２）年『軽口太平楽』の「色事のしくじり」。上方噺だが、東京でも三遊亭円馬（３）、三遊亭円歌（２）らが演じた。​

  2024.04.04

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  落語「そ」の２９：粗末な月見（そまつなつきみ）

  ​【粗筋】　謙遜が美徳だよと言われた八っつぁん、それから品物を出すのも、家の物を見せるのも「いや、粗末なもので」と頑張った。​　月見だからみんなで一杯やろうということになって、八公の家が会場となった。「拙宅は粗末な家で……どうぞ上がってくれ」　というのはともかく、「粗末な酒だが飲んでくれ」「どれ……いい酒じゃないか」「田楽は拙宅で作った粗末なものだが食ってくれ」「うめえじゃねえか。おっ母さん料理がうめえから」「いや、粗末な母親が作ったものだから……」　月が上がると、「おお、いい月じゃねえか」「なに、お恥ずかしい。拙宅の粗末な月で……」​【成立】　ここまで遠慮深くなくてもいい。マクラで聞いた。​

  2024.04.03

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  落語「そ」の２８：蕎麦の殿様（そばのとのさま）

  【粗筋】　親戚の家で手打ち蕎麦を馳走になった殿様、すっかり気に入って、見様見真似で蕎麦を打ち始める。粉が多すぎた、水を入れすぎたと手こずるうちに、鼻水は入る、汗は入る、よだれは入ると、ヘドロのようなものが完成。これを食わされる家来こそたまった​ものではない。翌日になると全員が厠へ通いつめて青い顔で登城してくる。そこへ殿様が、「これ、みなの者、その方らが蕎麦好きじゃによって、今日も蕎麦を打ったのぞ」「恐れながら申し上げます。蕎麦を下されおかれますよりは、一思いに切腹を仰せつけ願わしゅうぞんじまする」​【成立】　「お蕎麦の殿様」「そば殿」とも。三遊亭圓生（６）も、殿様が家来に謝って「今度は精進料理で失敗するという」という後を暗示する切り方をいていた。「精進料理」については未詳。禽語楼小さんも本文の落ちの後に説明が続く。そのため東大落語会の『落語辞典』では「切腹」を落ちとは認めていない。​​【一言】　この噺の発端で、殿様が茶坊主に言いつけてそば粉を調達させるくだりがあるが、上層階級ではそばきりは茶懐石の添え物として供されたことが窺われる。（立川志の輔）​​【蘊蓄】　松江藩７代目藩主松平治郷が飢饉対策として、信州から蕎麦を移植したのが、出雲系蕎麦屋の由来書の定番。つゆの「江戸汁」が辛いことは名高いが、こちらは生醤油をそのままかける。​

  2024.04.02

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  落語「そ」の２７：そばつゆ

  ​​【粗筋】　そばはつゆをちょっとだけつけてさっと食べるのが通なんだと言う男、「お前ェのようにたっぷりつけるのはみっともねえ」　と言っていたが、いよいよ死ぬ時に、​「一度でいいからつゆをたっぷりつけて食べてみたかった」​【成立】　江戸者の意地っ張り、あるいは蕎麦の噺のマクラでよく聞く。​​【蘊蓄】　寛延４（１７５１）年『蕎麦全書』では、たれの作り方を紹介している。垂れ味噌（味噌を煮詰めて布で越したもの。江戸では鰹節を入れる）、塩、醤油で味を調える。​　当時のつける汁は醤油を半量に煮詰めたようなもので、今のようにたっぷりつけると辛くてたまらない。だからちょっとつけるのが通だというのは、味の問題もあった。​

  2024.04.01

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  落語「そ」の２６：そば清（そばせい）

  【粗筋】　蕎麦好きで俗に「そば清」と呼ばれる清兵衛、蕎麦を​60杯食べるという賭を申し出られたが、自信がなくて断った。仕事で信州へ出掛けた帰り、うわばみが人を飲むのを見た。このうわばみ、腹がふくれて苦しがっていたが、岩陰の赤い草をなめると、みるみる腹が小さくなってしまう。清さん、この草を持ちかえって、蕎麦６０杯に挑戦。３０、４０は軽くクリアしたが、５０を越えるとさすがに苦しくなり、一息つくと言って障子の外へ出ると、例の草をなめた。清さんが戻らないので、さては逃げたかと障子を開けると、蕎麦が羽織を着て座っていた。​【成立】　大坂の「蛇含草」を移殖しただけだと本にあるが、、別々に発展した可能性がある。「蕎麦の羽織」「羽織の蕎麦」とも。なぜか、上方の資料には「そば清」という題は説明されずに、武士が蕎麦を食って「蕎麦が大小を差していた」という落ちだと説明されている。ううん、聞いたことがないなあ。それで「蕎麦の羽織」ってタイトルも変。実は、享保元（１７１６）年『軽口ちはこの玉』の「牡丹餅が大小」を蕎麦に代えただけの解説で、実際に演じられたのかも疑問。​​【一言】　大食漢（グウルモン）というものは大体に於いて無邪気である。それだけ微妙な味を識別し得るかというよりも、ひたすら如何に多くの量を食べ得たかということに、誇りを感じる。「いやどうもオツでげす」なんて斜に構えたりはしない。辰野隆博士が「私は食通ではない。大食漢である」というようなことを仰しゃったのも、まことに通人の一家言であって、本来の“食通”は自ら通人だなどとはいわないものである。うまいものはどんどん食べ、まずいものは見向きもしない。そういう観点からすれば、清兵衛さんは大食漢の名に恥じない人物である。ただ少しばかり利巧すぎて、蛇含草などという怪しげなクスリに、頼っちまったのが不運であった。しかし大好きなおそばに、自分の着ていた羽織を遺したのだから、清兵衛さんも以て瞑すべしであろう。（西川清之）​​●　さらりといた考え落ちなんで、余計な説明はしたくないんですが、このままではわかりにくいこともたしかなんで、私は、「人間の溶ける草を、腹の減る薬だと間違えて、こいつをなめたから、清兵衛さんが溶けて、お蕎麦が羽織を着て坐ってました」と演っています。（三遊亭小円朝）​​【蘊蓄】　ハミとは蛇のことで、うわばみは「蟒」と書いて巨大な蛇の俗称。水辺に棲むのがうわばみといって、他の蛇と区別されているという説もあるが、日本には青大将以外に大きな蛇はいないので、うわばみ伝説は南方渡来のものと思われる。​  尚、蕎麦を食う数について、原田信男著『江戸の料理史』によれば、文化１７（１８１７）年３月２３日、柳橋の万屋八郎兵衛方で行われた会で、池の端の山口屋吉兵衛（３８歳）が６３杯、新吉原の桐屋惣左衛門（４２歳）が５７杯、浅草の鍵屋長助（４５歳）が４９杯、神田の肴屋新八（２８歳）４３杯と記録されている。  根岸鎮衛著『耳嚢』巻二には、「そばを解かす奇法の事」と題して、荒布（あらめ＝海草の一種）が蕎麦を溶かす妙薬であると伝えているが、真実であるかどうかは分からない。

  2024.03.31

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  落語「そ」の２４：蘇鉄（そてつ）

  ​【粗筋】　馴染みの女郎が植木が好きと聞いて蘇鉄を持って行くと、​「まあいいとてつだね」「おい、とてつというのは血を吐くことだ」​【成立】　天明８（１７８８）年『千年草』の「蘇鉄」など、類話多し。「三人旅」で上方見物があり、堺の妙国寺の大蘇鉄を見てこのやりとりが使われている。​

  2024.03.30

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  落語「そ」の２３：そってん芝居（そってんしばい）

  ​【粗筋】　堺へ出掛けることになった男が、床屋で月代を剃らせるが、この男が芝居好きで、床屋の方も大の芝居好き。二人でやりとりして『忠臣蔵』大序から３段目まで通すが、これでは堺に行けなくなるというので、​「早よ剃ってや。急いでんねん、おそいおそい」「ははッ、おそなわりしは拙者重々の不調法」「早う、早う剃って……そってん、そってん」　これがいい掛け声になってますます芝居が盛り上がる。やっと駕籠屋を頼んで出発するが、この頃追剥が出るというので、裸で駕籠に乗れといわれる。言われた通りに裸で揺られて行くと、案の定追剥が現れ、ぱっと垂れをめるくと、裸の男が坐っている。「もうあっちで済んだんじゃ」​【成立】　「蔵前駕籠」を参照のこと。「そってん、そってん」は芝居の囃子の真似。​　前半は『忠臣蔵』三段目の台詞をいかしたもの。後半は東京の「蔵前駕籠」と同じであるが、「蔵前駕籠」では追剥の方が「ううん、もう済んだか」と言う。上方の「そってん芝居」では駕籠の中の人物にこれを言わせている。東西の気質の違いだという評論家もいるが、東京の追剥の早とちりには何とも言えぬおかしみがある。これは東京の方に軍配を上げたい。​【一言】　以前から（桂）米朝が復活したいと念じている幻の噺である。（小佐田貞雄）​​【蘊蓄】　「月代」は「さかやき」と読む。髷の周囲を剃り上げたもの。時代劇でこれが伸びていると、剃る金に困っている浪人者であることが分かる。​　　人を斬るのが侍ならば  恋の未練がなぜ切れぬ　　伸びた月代さびしくなでて  新納鶴千代苦笑い　（昭和初期のヒット曲「侍ニッポン」。主人公は井伊直弼の隠し子で、「新納」の姓は「にいろ」と読むが、作曲家が分からずに「しんのう」で曲をつけてしまった。これがリズムとメロディに合っているため、歌だけは今日まで「しんのう」で通している）

  2024.03.29

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  落語「そ」の２２：即興詩人（そっきょうしじん）

  ​【粗筋】　池袋の一流会社に勤める課長、やっと一戸建てを買ったのだが、帰るのが大変。池袋から日暮里へ出る。何と「日の暮れる里」という、名前だけでもその寂しさが伝わる。ここから常磐線で取手へ。「とりで」と聞いて頭に浮かぶのは「アラモの砦」か……この最果ての地から何と関東鉄道常総線に乗り換える。若い女性はあきれ果て、​「何それ、単線じゃないの」　なんて言う……当たっているからこわい……これで、「水海道（みつかいどう）」という、北海道と１字違いの場所へ。ここから更にバスで家まで、合計２時間以上という生活をしているのだ。　ある日、自分の生活に疑問を持つ。「俺はどうして朝飯を食わねばならないんだ」「パンが嫌いだからでしょう」「何で会社へ行かなければならないんだろう」「バスと電車ででしょう」　表へ出て春を感じた彼は、突然詩人として目覚める。「昨日まで捨ててあった果物の皮と種が、今日は違う果物になっている……ああ、変わったね（皮・種）」​【成立】　三遊亭円丈の創作落語。私は柳家小ゑんが演じたのも聞いた。私が住んでいるのが地の果て「取手」。因みに、関東鉄道常総線は、私の行動範囲は複線。「即興詩人」はアンデルセンの作品で、森鴎外の名訳が有名。​　尚、つくばエクスプレスが出来て、水海道と取手の間の守谷から北千住へ出ると地下鉄で西日暮里へでて池袋まで１時間２０分くらい。取手経由だと１時間４０分くらいだから２０分も早く通える。ただし、運賃はカードで６円高いだけだから、この主人公も利用している……かな……とにかく一番安い料金しか認めないという会社だったら、定期代の６円分の誤差は自腹になるかも。

  2024.03.28

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  落語「そ」の２１：粗朶売り（そだうり）

  ​【粗筋】　粗朶というのは薪にする木の枝。これを売りに来た男の噺で……​「旦那さん、粗朶はいらんかね。安くするから買ってくらっせえ」「買ってやりたいが、肝心の穴のあいたものが家（うち）にないから駄目だよ」「はあ、おかみさんが留守かねえ」​【成立】　何を売りに来てもいいのだが…お足がないのを何か勘違いしたらしい。​

  2024.03.27

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  落語「そ」の２０：粗忽者（そこつもの）：その２

  ​【粗筋】「おい、履物間違えたよ」　と声を掛けられて見ると、確かに人の草履を履いている。その場で脱いで裸足で戻り、「これは申しわけない」　……​「おい、自分の草履を押し頂いて、手に持ったまま行っちゃったよ」​【成立】　安永９（１７８０）年『笑長者』の「簏相もの」。枕にあるが、ネタの中にも仕込めそう。原作は人のを投げ捨て、自分のを履いて戻る。噺家さんによれば、もっと慌て者になると、「間違えたよ」の声が聞こえずに行ってしまうそうだ……それじゃあネタにならないが、「粗忽の傘」ではそうなっている。​

  2024.03.26

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  落語「そ」の１９：粗忽者（そこつもの）：その１

  ​【粗筋】「おい八助、源左衛門様のところへ使いに行って来い」「へい」　と出て行く。「あいつ、口上も聞かずに飛び出して行ったが、大丈夫かな」というところへ戻って来た「お前、口上を何と言った」​「はい、幸いお留守でございました」​【成立】　安永２（１７７３）年『飛談語』の「新参」。​正徳３（１７１３）年『軽口福蔵王』巻二の「疎そうな寄合」は「ほんに用事を聞きて来る筈でござったものを」という落ち。「粗忽の使者」と同じようだが、落ちがいい。「いらちの丁稚」その１、「別に変わりはありませんでした」という噺も同工異曲。

  2024.03.25

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  落語「そ」の１８：粗忽の店（そこつのみせ）

  ​【粗筋】　ある店に客が来て、番頭が応対する。​「もし、ちょっとお尋ねいたします。ここらだと伺ったんですが、福徳屋徳右衛門様というお店はどちらでございましょうか」「何だい、福徳屋の……徳右衛門かい。はて、聞いたことがあるようだが……おい、お前知らぬか」「いや、知らぬ。だが、たしかに聞いたようだ……旦那様はご存じありませんか」「福徳屋徳右衛門かい……聞き覚えがあるからこのご近所に違いない……ああ、そうか、聞き覚えがあるはず。それはわたくしところでございます」​​【成立】​　文化５（１８０８）年、十返舎一九編『江戸前噺鰻』の「旦那」。​​【蘊蓄】　大名や大旗本の屋敷には、式台という玄関の脇かその奥に、御使者の間が設けられていた。使者は、案内の武士に刀をあずけ、茶・煙草盆を供せられた後、先方の重職と挨拶を交わす。ここで双方氏名を通じ、各々口誼を述べ正席につく。​

  2024.03.23

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  落語「そ」の１７：粗忽の葬礼（そこつのそうれん）

  ​【粗筋】「これは立派なおとむらい……もし、どなたがお亡くなりになったのでございますか」​「これかえ、病人が死にました」​【成立】　天明９（１７８９）年『室の梅』の「葬礼」。昔はマクラで聞いたことがあるが、最近は全く耳にしない。​

  2024.03.22

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  落語「そ」の１６：粗忽の使者（そこつのししゃ）

  ​【粗筋】　杉平柾目之正の家来でなみ外れてそそっかしい地武太治部右衛門、使者の役を仰せつかり、弁当ではなく別当を呼んで、犬ではなく馬を用意させて、赤井御門守の屋敷へ出掛けた。赤井家の家臣田中三太夫に使者の向上を伝えようとするが、どうしても思い出せない。尻をつねれば思い出すというので、三太夫がつねるが、尻にタコができていて、まるでこたえない。このままでは切腹というのを見かねた大工の留ッ子が、えんま（釘抜き）を持ち出して尻をつねると言う。​「町人を出しては失礼なので、当家の家臣ということにするが、お前の名前は何という」「留ッ子ってんです」「留ッ子ではおかしいな。本当の名前があるだろう」「何だか知らねえが、誰かが『留ッ子ォ』と呼ぶと『ひえー』ッと掛けだすんだ」「留ッ子ではおかしいな……わしの姓の田中を引っ繰り返して、中田……中田留太夫としよう。これがお前の名だぞ」　ということに決まり、治部右衛門の元へ戻ると、治部さんの方ではもう三太夫の顔を忘れている。とにかく留ッ子を呼んで尻をひねらせようと、「当家の家臣、中田留太夫殿……中田氏……留太夫殿……留ッ子ォ」「ひえー……ああ、驚いた。誰か呼んでるなと思ったが、あっしとは思わなかった」　留ッ子が、用意したエンマで尻をひねると、「これは、はや、痛みたえがたし……ああ、思い出してござる。屋敷を出る折、聞かずに参った」​【成立】　元禄１４（１７０１）年『百登瓢箪』の「そそうな寄合」。正徳６（１７１６）年『軽口福蔵主』にも同趣のはなしがあり、上方の「いらちの丁稚」のもとになった。この「いらちの丁稚」が源流と考えられる。「尻ひねり」「尻ねじり」「粗忽武士」「治部右衛門」とも。系統によって人物名は異動がある。​　三遊亭円朝が完成させたといわれ、ほとんどそのまま現代に伝わる。小円朝（２）が受け継いで、以来三遊派が演じたもの。三遊亭小円朝（３）によれば、使者は３０歳前後、大工の留ッ子は２５，６、三太夫が４０歳くらいとして演じている。​【一言】　このあと杉平邸へ戻った治部右衛門は切腹しようと、短刀のつもりで白扇を腹に突き立てたときに、柾目之正さまが飛んで来た。「許せ、治部右衛門。御門守どのにはなんにも用はなかったのじゃ」留ッ子は、２、３日して治部右衛門さんから、尻つねり料として十両もらったそうである。目出度し目出度し。（西川清之：昔、この殿様の台詞で落ちとした記録がある。柳家小さん（５）は面白い男だから親戚の家に使いに出される。もちろん戯れの使者だと最初に言っている。まあはっきり言えば、落語の後日談なんてどうでもいい）​​●　やはりいちばん難しいのは、痛さにつれて、だんだん思い出す所ですよ。ここは、ちょっと呼吸を誤ると、とてもいけません。それから、留っ子が、「留太夫」と呼ばれて、自分のことであることに気がつく所。ここは難しいけれど、楽しく演れる所でもあります。（三遊亭小円朝）​​【蘊蓄】　大名や大旗本の屋敷には、式台という玄関の脇かその奥に、御使者の間が設けられていた。使者は、案内の武士に刀をあずけ、茶・煙草盆を供せられた後、先方の重職と挨拶を交わす。ここで双方氏名を通じ、各々口誼を述べ正席につく。​　釘抜きを「えんま」という。閻魔大王が嘘をついた者の舌を抜くのに使う。今のペンチのように釘を挟んで抜くもの。

  2024.03.21

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  落語「そ」の１５：粗忽の釘（そこつのくぎ）

  ​【粗筋】　粗忽者の亭主、朝早く引越の荷物を背負って出るが、ちんどん屋を追いかけたり、喧嘩を見物して回ったり、最後には引越先を忘れてあちこちを歩き回り、やっと元の家に戻って大家さんに案内され、夕方になってようやくたどり着いた。これだけの説明をする間、背中の荷物を下ろさないで話すので、また女房にあきれられる。​　女房が箒を掛ける釘を打つよう頼むが、亭主は馬鹿にされた腹立ちまぎれに、一番長い瓦釘を壁に打ち込んでしまった。謝って来るようにいわれて、まず向かいの家へ行って、「往来を越えて来るほど長い釘がありますか」と言われて戻ってくる。「御免下さい」とのぞくと自分の家。落ちつかなければならないと、釘を打った方向を確かめてやっと隣へ行くが、落ちつくために煙草をのんで、世間話などしているうちに何をしに来たのか忘れて帰ってしまう。もう一度戻って、やっと釘を打ち込んだことを話し、調べてもらうと、仏壇の阿弥陀仏の頭の上に釘が出ている。「お宅じゃここに箒を掛けますか」「呑気な人だ。それで、御家族は」「私と嬶、それに親父……ああっ、大変だ。親父を前の家に忘れて来た」「あきれたね。いくら粗忽でも、自分の親を忘れる人がいるかい」「なあに、酒を飲むと我を忘れます」​【成立】　文政１３年『噺栗毛』下巻の「田舎も粋」は、親父がうろうろしているので声を掛けると、「向こうの茶屋に女房を忘れて来ました」と言うので笑うと、「嬶を忘れたことを終わらないになるな。駕籠かきなどは我を忘れている」……どうして駕籠かきが出るのか分からないが。​　文化４（１８０７）年の喜久亭壽暁のネタ帳『滑稽集』に「となりのくぎぬキ」とある。文政１３（１８３０）年都喜蝶作『噺栗毛』の「田舎も粋」が同じ趣向の落ち。「我忘れ」、大阪では「宿替え」「粗忽の引越」とも。荷物を背負って歩き回ったことの説明が長くなるので、このタイトルもよく分かる。　最後までいかず、「お宅ではここに箒を掛けますか」という台詞で切ることがあったが、昭和に入ってから、「ここまで箒を掛けに来なくちゃならない」とか「来られません」という落とし方が生まれた。柳家小さん（３）の演り方というから、もう少し前かも知れない。戦後、元の落ちが演じられるようになったが、「我を忘れる」がピンと来なくなったので、再び「箒」で落ちにすることが多くなっているようだ。そもそも途中で一度元の家に戻ったのに親父が忘れられているのに本人も大矢も気付かずにいるのが変。​【一言】　わたしねェ、あの『宿替え』のおやっさんが大好きでしてね。どっちか言うと後半のドタバタより前半の嫁はんとゴチャゴチャ言うとこが演りとうて手がけさしてもらいましてん。他の人もあんまり前半は演りはれしまへんしねェ。（桂枝雀・前半とは、荷物を持って一日うろうろしていた事情を、荷物を背負ったまま女房に語るくだり。ここに力をいれると「宿替え」「粗忽の引越」の題名が生きる）​​●　​好き勝手にくずしてできるはなしですが、粗忽者を与太郎ととり違えるような誇張は、いただけませんね。（三笑亭夢楽）​【蘊蓄】　瓦釘は丸瓦用のもので長さ２０センチ以上の物も。五寸釘というのは１５センチほど。​

  2024.03.20

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  落語「そ」の１４：粗忽の火事（そこつのかじ）

  ​【粗筋】「おう、大変だ、大変だ」​「何が大変だ」「ほれ、その、何だ、あれ、燃えているんだ」「お前がか」「俺が燃えている訳がねえだろう。家が燃えているんだ」「まるで火事みてえだな」「そう、まるで……いや、本物の火事なんだ」「そりゃあ大変だ」「だからよ、叩くんだよ。あの、太鼓じゃねえ、ほれ、その、何だ、あれ……」「木魚か」「そう、木魚……じゃねえ。ああ、半鐘、半鐘。早く上がって叩け。……どうした。火事は近いかい」「待ってくれ、真っ暗で見えねえ」　よく見たら半鐘の中へ首を突っ込んでいた​【成立】　粗忽噺の枕によく使われる。​

  2024.03.19

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  落語「そ」の１３：粗忽の傘（そこつのかさ）

  ​【粗筋】　慌て者が出掛けたが、急に雨が降り出したので友達の家に飛び込む。「すまねえ、急な降りだ、傘借りて行くぜ」​「おい、待て……それは傘じゃない。箒だよ」　男雨の中を歩いて行くが、「柄盛りがひどいね……あっ、あんまり雨が強いから、傘が箒みたいになっちまった」​【成立】　万治２（１６５９）年『百物語』下巻にある（無題）のは、傘と間違えて箒を持ち出し、知人と行き会って相合傘で歩く。柄漏りがひどいと言いながら行くと、別の知人と行き会い、「それは箒だが、傘だと思っているのか」と指摘されて箒を捨てて立ち別れ。粗忽者のマクラによく聞く小噺。​

  2024.03.18

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  落語「そ」の１２：粗忽の犬（そこつのいぬ）

  ​【粗筋】「おい、よしねえ」「何だい」「よせってんだ」「何を」​「とぼけるない、俺がこうして飛び込んで来るようなことをやったろう」「何をやってたんだ」「ああ……夫婦喧嘩」「しねえよ」「してたよ」「出来ねえよ。俺独り者だもの」「あ、そうか……でもお前ェ、嬶ァ出てけって怒鳴ってたぞ」「それは違う。犬が入ェって来たから、あか出てけって言ったんだ」「そうかい……でも惜しいことをしたな。その犬を取っ捕まえて熊の胆を取るんだった」「この野郎、犬から熊の胆が取れるか。牛と間違えるな」​【成立】　「粗忽長屋」など、慌て者のマクラなどでよく聞く。柳家小さん（５）が得意としていた。会話は支離滅裂なのだが笑えるのがおかしい。息なんだろうなあと思う。​　安永４（１７７５）年『聞童子』の「肝」は、炬燵の中で猫が馬糞を垂れたと怒っているので、ぶち殺して熊の胆を取ろうと言うと、「猿ではあるまいし」……動物は何でもいいのだろう。

  2024.03.17

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  落語「そ」の１１－１：粗忽長屋の改定：新粗忽長屋（しんそこつながや）

  ​【粗筋】　オレオレ詐欺の本拠地、手に入れた名簿で電話を掛ける。​「もしもし、お母さん」「何、お母さんって、いつもママって言うじゃない」「あ、ママ……俺、おれ」「何、俺って、いつも僕って言うじゃない」「あ、僕事故起こしちゃって。今警察の人と代わるから」　母親、驚いて、「すません、すぐ本人と代わりますから」と、寝ている息子を起こす。「あんた何やってるの。事故起こして怪我させたのに寝ている人がありますか」　と、電話に出させる。息子も寝ぼけて何だか分からないで、「すみません、僕と代わって下さい」　と状況を確認する。「しかし、おかしいなあ……向こうに出ているのは確かに僕だけど、ここにいるのは誰だろう」​【成立】　三遊亭鬼丸が演った。​

  2024.03.16

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  落語「そ」の１１：粗忽長屋（そこつながや）

  ​【粗筋】　あわて者の八五郎、浅草の観音様で行き倒れを見ると、「あっ、熊の野郎だ。今本人を連れて来ますから」と長屋に知らせに走った。熊の方はぼんやりとした粗忽者で、「俺は死んだような心持ちがしない」と言うのを、「初めて死ぬのに、どんな気がするか分からねえ」と無理に説得して引っ張り出した。​「なまじ死に目に会わない方がいい」と言っていたご本人が死骸と対面、確かに自分だと確認が取れると、長屋へ持って帰ろうと死骸を抱き上げたが、「何だか分からなくなっちゃったなァ。抱かれてンのは確かに俺だが、抱いてる俺は誰だろう」​【成立】　宝永５（１７０８）年『かす市頓作』の「袈裟切にあぶなひ事」が原作。辻斬りでお前にそっくりの者が斬られたというので見に行き、むしろをのけて、「ああ、うれしや。俺ではない」というもの。​　寛政年間頃（１７８９～１８０１）の『絵本噺山科』の「水の月」がより落語に近い。お前が死んでいるぞと言われて見に行く。　文化４（１８０７）年の喜久亭壽暁のネタ帳『滑稽集』に「そ々かしい男　おれでハない」とある。大阪では「いらち長屋」であるが現在演り手はない。立川談志は、主人公の錯覚はあまりに強い主観性が原因にあるということから「主観長屋」の別題で演じてる。柳家小さん系では枕に「夫婦喧嘩」を入れている。​【一言】　自分の死骸を引き取りに行くなんという、それを客の方に馬鹿々々しいなんて思わせたらもう駄目な噺で、とにかく客の笑いの波に乗ってとんとんと噺を運ばなきゃァならない。客からそれたらもうどうにもしようがないんです。（柳家小さん）​​〇　落語の「粗忽長屋」は奇妙な噺だ。十八番にしていた五代目柳家小さんに言わせれば、八五郎は気が短くてそそっかしい。兄弟分の熊五郎は気が長くてそそっかしい。この２人が繰り広げる不条理劇である。​　浅草の観音様からの帰り、八五郎は行き倒れに出くわし、「熊の野郎だ」と思い込む。しかも「当人」を連れてきて身元確認させると言い出す。荒唐無稽だ。「おめえ、昨夜（ゆんべ）死んでるよ」。八にそう言われ、熊も次第にそんな気になる。そして２人で遺体を引き取りに……　長屋にいるのに路上にもいる。生きているのに死んでいる。明白な矛盾が見えない２人。当然、町内の世話役たちとは話が全く通じない。不気味といえば不気味な世界を、抱腹絶倒の一席に仕立てるのだから、落語という芸術は奥深い。　話が全く通じないといえば、今年１年の日本もそうだった。安保法制をめぐる違憲合憲の論争は交わらなかった。米軍基地の移設をめぐる沖縄県と官僚との対立も同様だ。粗忽者がいるのかいないのか。言葉の通い路が失われていた。　落語に戻れば、熊五郎は最後、「自分の」遺体を持ち帰ろうと抱きかかえる。訳がわからなくなってくる。「抱かれてんのは確かに俺だが、抱いてる俺は一体誰だ……」というのが、この噺の下げである。　やっと矛盾に気付く瞬間。藤山直樹著『落語の国の精神分析』によれば、「人間という考える葦が再び芽ぶく瞬間」だ。年が改まる。葦が芽ぶき、少しは話が通じるようにと願う。（「天声人語」２０１５年１２月３１日：これからアヘ総理の「朝ごはん理論」など、きちんと答えない国会討論が５年も続く。もちろんこれを認めて来た国民の責任なのだが……）​【蘊蓄】　極端な粗忽は一種の精神分裂病とされている。​

  2024.03.15

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  落語「そ」の１０：束髪丁稚（そくはつでっち）

  ​​【粗筋】　丁稚がおかみさんの使いでお屋敷の奥方のところへ、髪結を世話してもらった礼に鯛を持って行くことになった。出がけに番頭が声を掛け、普通の土産は半紙と手拭くらいだが、お屋敷では２０銭の駄賃がもらえると言うので、大喜びで出掛ける。口上を言って鯛を渡すと、「お家はんは、髪を何に結うてであった」と尋ねるので、洋服にも合うように束髪にして、眉毛も伸ばし、鉄漿（かね＝お歯黒）もはがしたと言って、鉄漿は衛生に悪いと旦那がおっしゃったのだと伝える。奥方から土産をもらうが、その場で開けると半紙と手拭。番頭の話と違うので、「もう一つ足りません」と言うと、​「カネをつけたら衛生に悪い」​【成立】　上方噺。明治の曽呂利新左衛門が演った。「束髪」「白歯」とも。書物には東京にはないと解説されているが、「女の衛生」という題で記録がある。​【蘊蓄】　鉄漿はこれで「おはぐろ」と読むこともある。結婚した女性がするもので、私の子供時代には時代劇でもやっていたが、カラーが普及すると消えて行った。福沢諭吉の『片端娘』は、生まれつき歯が黒いのでいじめられるが、結婚したら何も言われなくなったという話。​

  2024.03.14

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  落語「そ」の９：曽我（そが）

  ​【粗筋】　田舎から出て江戸見物。芝居を見たという出の聞くと、​「勘左衛門でしたか勘三郎でしたか、そこへ参りましたが、悪い日に行き合わせまして、ろくに狂言は見られませんでした」「それは残念、しかし、一体どうしたのです」「はい、さかおもだかの鎧が無くなったとかなんだとか、その騒ぎを見ただけでございます」​【成立】　明和９（１７７２）年『鹿の子餅』の「田舎者」。堺町（西海町＝中村座があった所）へ行ったという話で、中村座が「勘三郎」と呼ばれていた。夏は忠臣蔵で、正月は三座そろって曽我兄弟を演じた。京大が工藤祐経を討つというストーリーは変わらないので、その間を色々変える。家来の鬼王が二人を引き取って世話をするが、貧乏なので苦労する。妹を遊女に売って二人を世話する。あるいは腰痛で苦労する、弟が廓通いで異見する、そういう苦労話を作るのだが、兄弟の鎧「さかおもだかの鎧」が無くなる、あるいは質に入れるというのもお定まりのストーリー。​

  2024.03.13

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  落語「そ」の８：素麺（そうめん）

  【粗筋】　大食が自慢の八っつぁんに素麺を食わせる。大和名物の丈長素麺を切らずにゆでさせたもの。知ったかぶりの八っつぁんを困らせようというのだが、当の本人は、​「素麺にも食べ方があり、麺が２尺くらいならつゆは５寸５分、１尺５寸なら３寸５分」  と講釈をたれながら食べ始めたが、長いので立ち上がっても間に合わない。とうとう２階へ上がって麺をぶら下げることになってしまう。「おい、八っつぁん。そんなに長い時はつゆはどうするんだい」「寸法はいらねえから、刷毛でなすってくんねえ」​【成立】　江戸噺。『日本昔話集成』３５１「首かけ素麺」はただ長いから首にかけるというだけの愚か者。上方では「素麺食い」といい、同じように長いものを食おうとして壁にぶつかり、「道理で腰を打った」という落ちになる。「丈長素麺」とも。三笑亭夢丸（１）が演った「江戸見物」では蕎麦を食うのに梯子を求める。元は同じなのか、聞きそびれた。​

  2024.03.12

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  落語「そ」の７：象の足跡（ぞうのあしあと）

  ​【粗筋】　雪の上にある象の足跡を物差しで計っている人がある。何をしているのかと尋ねると、これで象のことが分かると言う。​「この象は雌で。左の目が悪く、雄の子を妊娠している。これを追ってきた人間も女だ」  と言うので足跡を追っていくと、本当に妊娠した片目の象だった。「どうして分かったんだ」「足跡の深さが、左が三寸、右が一寸五分だった。左腹が思いのは男だから、雄をはらんだ雌象ということになる」「片目というのは何で分かる」「象は体が重いから、道を歩くときに地を叩いて確かめながら進む。右の方ばかり叩いているから、左目が悪いと知れた」「女が追ってきたというのは……」「婦人がそこで小便をした。小便の形が後ろにあって、足跡が逆さについていた」【成立】　桂文之助（２）の作。シャロック・ホームズ真っ青という名推理が、最後のバレで迷推理になる。​

  2024.03.11

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  落語「そ」の６：崇禅寺馬場（そうぜんじばば）

  ​​​【粗筋】　甚兵衛が馬鹿の喜ィ公を連れて崇禅寺馬場へ追剥に出掛ける。口移しで追剥の口上を教えているところへ、大阪の商人が通り掛かり、たどたどしい口上ではあったが、何とか裸にしてしまう。次に来たのは飛脚だったが、これが強くて二人そろって裸にされてしまう。「ひどい目にあいましたな。ここはどこだす」「何べん聞くのや。ここは名高い崇禅寺馬場や」「ああ、だから返り討ちに会うた」【成立】　上方噺。三遊亭円遊（４）が東京へ移植し、「鈴ヶ森」という題で演じた。俄か追剥という内容は同じだが、当然落ちが変わっている。上方でも同じ「崇禅寺馬場」という題名で浄瑠璃をもとにした芝居噺があったという。後家殺しの桂春団治（１）は、待ち伏せをして竹藪の中に社見込むと、竹を切った跡があって、そこにモノを突っ込んでしまう。「ああ、ええわ」という余計なシーンに脱線することがよくあった。【蘊蓄】　崇禅寺は大阪市東淀川区山田町。正徳５年、門前の馬場で、大和郡山の藩士・遠城治左衛門と安藤喜八郎の兄弟が、末弟・宗左衛門の仇である生田伝八郎と勝負をするが、伝八郎の多勢の門弟のために哀れ返り討ちになる。これを浄瑠璃にしたのが、「敵討崇禅寺馬場」。この伝八郎が、曽根崎の遊女に産ませた子供が上田秋成だという説がある。​​​

  2024.03.10

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  落語「そ」の５：増殖（ぞうしょく）

  ​【粗筋】　会社でも根が暗くて出世の道が閉ざされた男、飲みに行っても、帰りの時刻を気にして終電に間に合うようにするから、少しも気分転換にはならない。自宅の最寄り駅に着くとトイレに駆け込んで思い切り吐く……すると……もう一人の自分が現れた。これが本来の自分で、元は明るく活動的だったが、苦情処理係になり、次第にいじけて今のようになったのだ。家に帰ろうとすると付いて来る。様子を伺っていると、先に立って歩いて行く。​「なんでうちを知っとんのや……あ、わしやからか……」　家に着くと、女房を叩き起こして玄関を開けさせるから、女房の方は文句を言う。「すまんな」「あやまるな。文句を言わずに飯を用意しろ」とやっているのが、一人芝居に見えるらしい……　すると、この女房がもう一人の自分を吐いた。三つ指をついて「お帰りなさいませ」……実は貞淑な妻だったのに、亭主がだらしなくて恐妻に変化していたのだ。　この本音人間が次々増殖、人口が倍になってパニックに……車や家も増殖し、遂には地球も増殖、宇宙船が増殖すると、核弾頭も増殖し、片方の地球に発射……ついに地球が滅びる。　もう一つの地球は生まれたばかりで、まだ生命も発達していない……という、数十億年前のお話でございます。​【成立】　桂文珍が演っていた。​

  2024.03.09

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  落語「そ」の４：葬式（そうしき）

  【粗筋】　母親の葬式を出すのに羽織がない。半纏ではいけないと友達に借りに行くが、まだ一度も袖を通さないので、祝儀になら貸すが不祝儀に貸したくないという。スゴスゴ帰る姿を見て気の毒になった友達が、​「おい、貸そうか」「いや、土葬だ」​​【成立】　「貸そう」と「火葬」を掛けた落ち。本には必ず「貸そうか、貸そうか」と繰り返されているが、実際に演じられると全く必要ない。昔はよく聞いたが、やっぱり葬式はねえってことだろうか、最近は全く聞かなくなった小噺。​​

  2024.03.08

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  落語「そ」の３：臓器の桜（ぞうきのさくら）

  【粗筋】　天王寺の近くでは、外国人が多くなり、屋台も外人ばかり。怪しい外国人が怪しい物を売っている。インド人の店では、「そのパンみたいなのはなんですか」「これはナンです」「何なんですか」「ナンなんですよ」​　ロシア人の店では、北方四島を売っている。「二島だけでいいと言ってますが、一つも返って来ません。二島追う者は一島をも得ず」　その中でイラン人は臓器を売っている。「どうですか、噺家の肝臓。いくら飲んでも酔いません」「酒代が掛かるがな」「それ４キロありますね……間違えました。一里（一理）ありますね……こちらどうですか。腎臓です」「天然物かいな」「はい、天然物もありますが、人造腎臓もあります。大事なのはチンチン電車です。体のいい所は残して、悪い所を取り換える。チンチン電車です」「それは新陳代謝や」「階段を駆け上がると心臓ドキドキしませんか」「誰でもするやろ」「心臓なら国産、外国産、何でもあります」「頭痛くなってきた」「それなら脳みそ取り変えましょう。ノーベル賞取り損なった人は５０万」「その隣の随分小さいが、それは」「これは８００万になります」「高いなあ。どういう人の脳みそや」「森元総理の脳みそです」「どうしてそんなに高いんや」「一度も使ったことありませんから」「その脇のタッパに入っているのは」「これは合わせ味噌です。キロ３０円です」「誰と誰のや」「間寛平と坂田利夫」「使えへんわ……帰るわ」「帰るって、何か買って下さい」「イラン」​【成立】　桂文珍が演っていた。駄洒落満載で、それだけで作った感じ。タイトルから臓器下さいなとサクラが現れるかと思ったら、移植した人がみんな花見を楽しんでいるというだけだった。若い人はタイトル分かるのだろうか……年寄ばかりの席で演った？​​【蘊蓄】　俺になき臓器のひとつ桜咲く　瀧春樹​

  2024.03.07

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  落語「そ」の２：宗漢（そうかん）

  ​【粗筋】　魏の国の宗漢という医師、名医であるが貧しく、ある時楚の国からの使いが来て出掛けることにしたが、供の者を雇うことが出来ない。仕方なく妻を男装させ、供の者に仕立てて出掛けたが、帰り際に大雨に見舞われ、先方に泊まることとなった。ところがあいにく、この家で夜具を洗濯に出したため、先生は息子と抱き合って、供の方は下男と抱き合って寝ていただきたいと言う。今更自分の女房とも言えず、まんじりともせぬ一夜をおくった。翌朝、先生が帰った後、息子が、​「お父さん、あの先生は貧乏だね。褌をしていなかったよ」　と言うと、これを聞いた下男、「そりゃそうだろう。あのお供の方なんか、金がなかったもんな」​【成立】　橘家円喬の速記が残る。日本を舞台にして「薬籠持ち」とも。貧乏だから「金」がないということだが、もう一つ意味がある……というが、うぶな私には何のことやら……​​【一言】　妻に男装＝何のことはなく、簪を抜かせただけ。昔、中国では男女とも服装から髪形から全く同じで、これでは困るというので、女には目印として、簪を付けさせたというのが、この噺の前提。（立川志の輔）​​【蘊蓄】　魏・楚はＢＣ４～３世紀の戦国七雄と呼ばれる国。隣合っているが、とても日帰りが出来るとは思われない。そこが落語たる所以。​

  2024.03.06

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  １：そうおん！

  ​【粗筋】　アパートで上の階から、休日も平日も歩く音が聞こえる。マラソン大会でもやっているのか、ずっと音がしているのが気になって、箒で天井を叩いて抵抗する。時々複数の人間の話し声も聞こえるのだが、どういう人が住んでいるのか分からない。妻が上の階に行って、話をしたらお爺さんの一人暮らし。しばらくすると、ピンポン……上の人が文句を言いに来たかと思ったら、下の階の人で、​「毎日足音がうるさい。マラソン大会でもやっているんですか」　と文句を言う。みんな同じように迷惑を掛け、掛けられている。我慢も必要だと悟って、休むことにした。　上の階のお爺さん、「やっと下が静かになったな。わしが歩くとそれに合わせて天井を叩きおって……さ、始めよう……『ご隠居さん、いらっしゃいますか』『おお、八っつぁん、こっちへお入り』」​【成立】　春風亭昇々の創作落語。​

  2024.03.05

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  落語「せ」の５６：千慮の一失（せんりょのいっしつ）

  【粗筋】　植木屋の源さん、先生に呼ばれて行ってみると、この間話した未来を見る機械が完成したから見てくれと言う。そんな物出来ないと言っていた源さんに見せたいと思って真っ先に呼んだのだ。先生独身主義者で家族もいないから、源さんしか親しい人がいないのだ。では、一時間後を見ようとスイッチを入れると、腹を突き出して転がった源さんが写る。「どうしたんでしょう……ああ、うな重を食ったんですね。二つ空になっているから、二人前頂いたようで……腹が減っている時に腹いっぱいの自分を見るのは変ですね」　一週間後にすると、木の上で仕事をしているが、お隣をのぞいて木から落ちる。先生とお手伝いの竹さんに抱えられて行く。どうなったか心配で、もう一週間先を見ると、仕事が出来ずに寝込んでいる所へ借金取りが来ている。もう一週間先にすると、自殺をしようとして失敗……「こんなの見せられちゃあいたたまれない、こんな機械壊してしまいましょう」　と言うのを先生に止められたが、画面には穴を掘っているのが写った。壊そうとしてスイッチを一年先に合わせたらしい。何と、庭を掘って小判を掘り出した。これを元にして立派な植木会社の社長になった……「木から落ちる前に小判を掘りましょう」「それはいかん。未来を変えることになる」　じゃあ、先生の未来を見ようと一年後を見ると、赤ん坊を抱いて奥さんに叱られている。「あれ、奥さんと子供が……」「そんな訳はない。わしは独身主義だ」「でも、ほら……あっ、奥さんはお竹さんですよ」「独身主義のわしが、竹さんと結婚するのか……」「ほら、先生が子守をしていますよ……あれ、この赤ん坊、生まれたばかりじゃありませんね。どう見ても３、４ヶ月でしょう……ということは、今竹さんのお腹に赤ん坊がいるってことでしょう。先生、しらばっくれても駄目ですよ」「これはしたり……千慮の一欠だった」​【成立】　鈴木みちをの作品を、三遊亭円右（３）が演った。​​

  2024.03.04

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  落語「せ」の５５：千両蜜柑（せんりょうみかん）

  【粗筋】　船場の若旦那、夏の盛りに蜜柑が食べたいと思い込んで病気になった。番頭が走り回って、天満の問屋にたった一個腐っていない品を見つけたが、値段が千両だという。大旦那はそれで息子の命が助かるなら安いと千両箱を投げ出した。​　若旦那は十袋入った蜜柑を七つ食べ、残りを両親と番頭で食べてくれと言う。番頭、蜜柑を手に考えた。「いかに息子のためとはいえ、千両もよう出しなはった……私が暖簾分けをしてもらう時、旦那が出してくれるのがせいぜい50両……それが蜜柑一つに千両も……この三袋でも三百両か……ええいッ」　と、蜜柑三袋もってドロン。​【成立】　明和９（１７７２）年『鹿子餅』の「蜜柑」がそのまま。江戸が舞台で、神田須田町の問屋で蜜柑を手に入れる。宇井無愁によれば「現行話は原話の息子を娘に変えただけ」というのだから、上方では娘で演じていたことになるが、息子以外を聞いたことはない。松富久亭松竹の作と伝わる。​​【一言】　そのまま家に帰って冷凍蜜柑を取出しながらフト気がつくと丁度千円ばかり入れてあった私の財布がそっくりそのまま抜きとられている。汽車に乗り込みながら「押すな、押すな」と怒鳴っていた連中の中にスリが一人混っていたものらしい。とりもなおさず病人の娘のために買求めた一個の冷凍蜜柑のために私は千円を支払わされたということである。私は私のカバンの中から財布だけを美事にぬきとったスリ君の素晴らしい手腕に対し三嘆すると共に『千両みかん』という落語がまんざら架空の話ではなく、今の世の中でも場合によっては蜜柑一つのために千両の金を支払わされることがあるということを身を以て体験したわけである。（関屋五十二）​​●　サゲは、物の価値に対する錯覚をうまく利用したものですが、今の人にはっきりわからせるためには、番頭に「勘定しているうちにみかんが金に見えてきた」といわせるほうがいいのかも知れません。（林家彦六）​​●　落語のネタの番付をこしらえますと東の大関の『百年目』に対して、この『千両みかん』が西の大関にすわることが多いようです。うちの師匠の説によりますと、東の『百年目』に合わせて『千両みかん』としただけのことで、このネタ自体はそんなに大きいネタではないそうです。​　でも、私らにとったら大きい噺です。番頭と赤物問屋の主の対話などいいところもあり、サゲも上々のものなんですが、私にはことに冒頭の番頭と若旦那の対話の個所が荷が重く、しばらく地の文で説明してから、例によって「ほたら何かいな番頭どん」という旦那のセリフから入るようにしています。若旦那と番頭のやりとりの部分をカットしているのです。これも、私が将来ダレずにできるようになったら、ネタを元の大きさに戻してきっちり演らしてもらうようにするつもりです。（桂枝雀）​【蘊蓄】　蜜柑栽培が産業として発達したのは明治以降。それ以前は紀伊国屋文左衛物の例にあるような投機的要素が強かった。大阪で舞台となる天満には、古くから蜜柑専門店があった。​「穴ぐらか、それとも夏でもひんやりする土蔵の中で、何重にも特殊な梱包をして残そうとしたのでしょうか。囲うということをやった。」（桂米朝）

  2024.03.03

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  落語「せ」の５４：千両の富籤（せんりょうのとみくじ）

  ​【粗筋】　掏摸に財布を取られた小僧、慌てて追い掛けようとすると、侍にぶつかってしまう。侍が訪尋ねるので、店の主が吝嗇で、使いの金が１文足らなくても飯の菜を減らす。１両２分も奪われて死ぬしかないと話す。相手が情けのある侍で、１両２分を与えて去って行く。小僧は無事店に帰り、ほっとしたところで名も聞かなかったと思い出し、元の所に戻ったが、侍がいるはずもない。​　侍は三州岡崎の本田家の家臣・石橋健一郎、もらったばかりの給金２両うち１両２分を与えて、そのまま家に帰るのもためらわれる。ふらふら神社へ行くと、富籤を売っている。残っていた金で１枚買って帰る。女房には小僧を救ったと正直に話すが、給金全部だと言ってしまう。　瓦版売りが富籤の当り番号の速報を売っているので、買ってみると、何と千両の大当たり。「当たった」と長屋へ飛び込んで、女房に本当のことを話すと、「金は働いて得る物。そのような思わぬ金は人を駄目にします」と言われ、その場で籤を焼き捨ててしまう。　それから真面目に勤めていたが、正月になると上司からの呼び出し。何事であろうと出掛けると、年末の富籤千両を当てた者が名乗り出ていないという噂を話し出す。実は、瓦版売りが、当たったと言って駈け出す侍を追って、長屋の中の会話を聞いていたのである。あれが本当だったと、勧業主に申し出、奉行に届け出て、殿様に素晴らしい家来がいるから取り立ててやってくれと話を通したという。お陰で万々出世、国元へ帰ってからも奉行職として誠実に勤めた。　ある日、商人から声を掛けられると、これが助けた小僧で、店に来てくれと言われる。その後店で懸命に働き、主が「私は強欲と言われたが、そんな私にお前は本当によく尽くしてくれた。お前だけはいい加減に扱えない」というので店を出す金を出してくれたという。「どうか、食事をして行って下さい。河豚鍋を用意しております」「うむ、馳走になろう……いや、やめておこう」「どうしてでございます」「お前と会った後、また当たるといかん」​【成立】　講釈種で、笑福亭学光が演った。​

  2024.03.02

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