落語「し」の116:霜夜狸(しもよだぬき)
【粗筋】 木枯らしの夜、山番の老人が山小屋に一人でいると、表で戸を叩く音がする。声を掛けると、狸だと言う。古狸だが、寒さがこたえるので、火にあたらせてほしいと言うのだ。追い帰そうとするが、哀れになって入れるが、狸の姿では困る。「では、あなたの友達で、同じくらいの親父さんに……狸親父と言いますから……」「それじゃあ、亡くなった息子に化けてくれ」「息子さんの顔は知りませんが……」「俺とそっくりで瓜実顔のいい男だ。俺を若くすればいい」「じゃあのぞかせて下さい……瓜実顔と言うより馬面ですねえ」 ともかく人間に化けて入り、一緒に酒を飲み、狸の勧めで義太夫を語ると……「おや、鼾をかいて……もう寝ちまったのか」「狸寝入りでございます」 これから夜ごと訪ねて来たが、春になると暖かくなる。別れを告げて、また冬になるとやって来る。これが三年続いて、また春が来た。「お礼に何か欲しい物はありませんか」「息子が帰って来たようでうれしかったが……本当に狸なんだよなあ」「尻尾を出して見せましょうか」「いらないよ。息子は無理だろうなあ……小判の1枚も欲しいかな」 こうして別れるが、その年の冬になっても狸は現れない。その翌年の冬にもやって来ない……春が来たなと思う頃に現れた。話を聞くと、小判が欲しいといわれて佐渡へ渡り、小判を作ったと言うのだ。「そりゃあ悪い事を言ったなあ。苦労させちまった」「これで私もほっとしました。やはり生まれた土地はよろしゅうございますねえ……あの笛の音は……春になると聞こえますが、昔と同じ人でしょうか」「若い男だったが、いつまでも同じじゃない。年をとったら笛を吹かなくなるかも知れねえなあ」「じゃあ、私はこれで……まだすみかにも帰っておりませんので」「そうか、寂しくなるなあ……また寒くなったら来いよ」「へい……ああ、いい月夜だ……じゃあ、また」「おお、また来いよ……あ、走る走る……転ぶなよ……見えなくなった……また来いよ、待ってるぞ……おや、腹鼓を打ってるな……あんまり打つと破けるぞ……また来いよ」 狸は腹鼓で返事をする……ポン、ポン、ポン……【成立】 宇野信夫が放送劇として書きおろした。昭和17(1942)年、戦争中の作品で、本人は翌年疎開し、再放送を聞いたそうだ。その後、古今亭今輔(5)が高座に掛け、三遊亭円生(6)も取り上げている。昭和36年1月の新橋演舞場で芝居になり、山番を市川左團次、狸を尾上松緑が演じた。舞台音楽は團伊玖磨。森繁久彌が声優を勤めたアニメもある。画像は宇野信夫の色紙。