落語「せ」の5:精神病院(せいしんびょういん)
【粗筋】 車が暴走する夢ばかり見るので精神病院に相談に行くと、医者のくれた薬で車に乗る夢は見るが徐行をするようになった。お礼に行くと、前とは別の先生が診察に出てきて、医者は自分一人しかいないという。患者の一人が医者になったつもりで悪戯をするらしいのだ。「いやあ、かかとの皮で丸薬を作っていましたが、これが効くのであれば新発見ですなあ」 そこへ看護師さんが来て、「その人と話してはいけませんよ。その人も患者さんですから」【成立】 春風亭柳昇の創作落語。どう繕っても無茶な設定。柳昇の軽いタッチがなければ聞くに堪えない作品。 主人公の前に現れた医者は二人とも患者なのだろうか……まあ、これが一番面白いので、おそらく正解なのだろう。病は気からということだろうか、患者の製造したいい加減な薬が、主人公の夢には効いてしまったのである。 だが、最初の先生は本物の医者で、二度目のが患者の化けた贋医者であっても筋は通る。逆に最初のが贋医者で、二度目の医者が本物であっても良い。そうなると、最後の看護師だってコスプレ好きの患者なのかもしれない。 どれが、本当なのだろう。 こうして考えていくと、この混乱の面白さが、この噺の生命のようにまで思われてくるのである。これが本当の「考え落ち」かも知れないと思ったりする。柳昇のふわーっとした雰囲気が、作品までもやもやっとした面白さにしている。【蘊蓄】 精神科で扱う患者は決していわゆる狂人ではなく、何かしら心の不安を持っている人がほとんど。そういえば祖父が大正時代に東京の松沢病院を設計、建築したが、精神科で有名な病院らしく、当時の著名な入院患者とも遭遇している。