ウンチク炸裂
【バーさん Head News】★ バーさん 意識不明の患者を演じる【熱】 熱 37度前半をうろうろ【リハビリ】無【感度】 最悪 口パクさえもなく、とにかく寝続けた。【嘔吐】 1回 CT検査から戻った直後、唾液を出す。【食事】 3食、ぺろりと平らげる。@@@@@11時前に到着。無造作に寝かされていた。昨夜つけた、アイスノンがそのまま母の頭の下にあり、人肌程度に暖かくなっていた。汗をかいていたので、体を拭き着替えをする。時間をかけて腰のマッサージをした後、ハミガキをして胃ろうに突入。CT検査に車椅子に乗せられた際一瞬眼を覚ましたが、それ以外は完璧な「意識不明の患者」を演じきった。 話しかけても 完全シカト。全く話さず、目も開けなかった。夕方、兄とバトンタッチをして久しぶりに早く帰宅。嘔吐に関する病院側への手紙をしたためる。(近日中に提出予定)兄から聞くところによると、それ以降もバーさんはグースカ寝ていたとの事だった。ヤレヤレ・・・。@@@@@私はこの日記を書くに当たり、初めから決めていた事が一つある。日記の内容は、母の記録や自分の感じた事にとどめ、アドバイス的な発言は一切しない、と言うことだ。私は自分に与えられた時間を生きているだけの話で、人にあれこれアドバイスできるような立場では無いし、家族はともかく他人に対して、聞かれもしないのに経験者ヅラをして物を言うのが好きな方でもない。しかしこの掟を破り、いちどだけ「べき」調の文を書こうと思う。昨日は、医療機関について考えさせられる事の多い一日だった。今までの母の入院生活を振り返ってつくづく思ったのは、家族の一人が母のように長期にわたって入院を必要とするような事が起こった場合、その家族は、病院に全てをゆだねる「お任せコース」を選択するか、積極的に介入して、出来るだけ入院中の家族のニーズに合わせた医療サービスを要求し続けるか、のどちらかを取る「べき」ではないか、と言うことだ。もし私が、一日2,3時間母を見舞うような家族だったら、今回の一般病棟への移動に関しても、「お医者様が、母のためを思って検査をしてくださる。」と間違いなく理解しただろう。母の消化器を検査することによって、嘔吐の原因を突き止められたら、それに越したことは無い、そう考えて、「よろしくお願いいたします。」と、頭を下げたことだろう。しかし、そう言うには、私はあまりにも長い時間を病院で過ごしすぎた。日記にも何度も書いてきたように、母は食事中にいきなり嘔吐した事はほとんど無い(1~2回)。また、嘔吐はほとんど移動直後(大概平行移動:ストレッチャー)にある。車椅子の場合、乗せる前に吸引さえしっかりしておけば、戻ってきた時にえずく事はあっても、胃の中の栄養剤が逆流してくるような嘔吐は無い。栄養剤が嘔吐に混じる事があるのは、食事の後の休憩時間が短い時だ。こんな事を知っているのは、私と(もしかしたら)転院前の病院のナース達である。もしかしたら、と書いたのは、ナースは自分の担当時に母が嘔吐した事は報告するだろうが、毎日担当は変わるため、母の嘔吐の傾向を把握しているナースがどれだけいるか疑問だからだ。一方担当医の方は、ナースの申し送りを読んで母の嘔吐を知るだけなので、もっと現場から遠くなる。 結果、嘔吐の件に関して、以前の病院は転院先の医師への申し送りに、「嘔吐がある」とだけしか書けない。そして、その申し送りを読んだ転院先の医師は、「嘔吐がある」という5文字と、当日の担当ナースの報告のみに頼らざるを得ないため、嘔吐していませんかと、食事中に病室に訪ねてくる始末だ。次に、ナースは患者側と医師に異なる事を伝える。そもそも患者と医師に挟まれたナースたちは、大変難しい立場にある。母の嘔吐に関して言えば、私のいないときにどれだけ嘔吐したかを聞いた場合、家族に不安を与えないよう、「そんなに沢山ではありません。」と言う必要がある。しかし一方で、母のような原因不明で嘔吐を繰り返す患者は、(責任問題が絡んでくるので)まず、医師に何故嘔吐をするのか医学的に根拠を突き止めて、動かしても吐かない様にして欲しいと思う。結果、こちらには「100mlほどの嘔吐でした」と伝えながらも、医師には、一日3回、取り込んだ栄養剤を殆んど戻してしまう、と伝えている事が発覚した。さらに消化器内科の担当医は、ただ単に検査をして欲しいと頼まれただけの話で、以前どんな検査を母が受けてきたかを全く把握していない。嘔吐の原因を突き止めるため、母に胃カメラを飲んでもらうと本日知らされた。胃ろうの手術の二日前(4/25)、胃カメラを飲んで胃に問題がないという事を確認しているのにもかかわらず、再び胃カメラを飲む必要があるのか?そう聞くと、「胃潰瘍は 一日で出来ますから。」と、医師は答えた。なるほどそれは事実だろう。しかし、その理屈でいくと、今度リハビリ病棟に戻った翌日に嘔吐しても、胃潰瘍を疑う必要が生じてくる。 しかし実際は、医学的事実(胃潰瘍は一日で出来る)に忠実に検査が行われるわけではなく、「常識」という個人の見解が介入してくるため、「数日前に大丈夫だったのだから。」と胃カメラをすぐに飲ませようとはしないだろう。では、一体どれくらいの間、過去のデータを元に、胃カメラを飲まないで様子を見るだろうか?一週間?一ヶ月?3ヶ月?そのような事を遠まわしに、じりじりと問い詰め、胃カメラの必要性を聞き続けた。とうとう医師は答えた。「私は、今朝来て、この検査をしてくださいとリハビリ病棟の担当医から頼まれただけですから。一ヶ月前に胃カメラを飲んでいらして、問題が無いのであれば必要ないかもしれません。 実際、注入前の胃液の検査(針のない注射器を胃ろうのチューブに差込み、胃液を取りチェックをする)で、血液が混じっているわけでもないですから・・・。」結局、数ヶ月たっても嘔吐が止まらないということであれば、そのとき胃カメラをお願いするという事で話は終わった。病院間における情報共有は紙一枚の申し送りのみ。病院内の異なる病棟間での情報共有は殆んどない。ナース・医師・患者間における情報共有も殆んどない。これらの事を母と共に病院に張り付き、病院・病棟間を渡り歩いて痛感した。知らなければ、「よろしくお願いいたします。」の一言ですんだ事が、知った以上、無意味な検査による無駄な苦しみを母に与えまいと、病院を相手に交渉を続けざるを得ない。無論、この交渉そのものが、病院側の母への態度に影響を及ぼす可能性もあると知りながら・・・。もしこの経験を元に、誰かにアドバイスをする事が出来るとするならば、医療機関を「信じられるもの」として置いておきたいのであれば、中途半端に病院側のやる事を知ろうとしないように努める「べき」であり、納得のいく医療サービスを受けたいと思うのであれば、病院側が行おうとする事を可能な限り理解する必要があると同時に、患者の状態を可能な限り把握する「べき」である、ということだ。最近、医療問題がテレビや新聞で頻繁に取り上げられるようになってきてきて、多数の人が病院という組織に対して漠然とではあれ、不安と不信を持っているのではないかと思われる。しかし病院も人間が運営する組織である以上、基本的には医師も看護師も患者の死を見るよりは、回復を見たいはずだ。それは、私が散々非難した松本と言う看護師だって同じだった。母が眼を開き何かを話すと 彼女もやっぱり嬉しそうにしていた。不満は多々あったものの、医師も看護婦も皆、それなりに頑張っていた。それでも間違いは起こる。「信じる」「信じない」といった感情レベルではなく、人が何かをする以上、必ず間違いは起こるのだ。故に、勝手に信じて病院に全てを任せておきながら、間違いが起こってから病院側を責めるのは、ちょっと病院が気の毒なようにも思えるし、また、記したように組織間、組織内、組織・患者間の情報共有に限りがある以上、一人一人がいくら頑張ってみても、「溝」が生じる事は避けられない。もし、本気で問題を避けたいと思うのであれば、その溝を埋める役割を患者が、患者の家族が担っていく他ないのではないか、と思うのだ。しかし、現実問題として 私のようにずっと付きっ切りでいる事を許されない人、不安を感じながらも、「お任せコース」を選ぶ必要に迫られる人も沢山いるだろう。しかしそのときには、リスクが生じる事を肝に銘じておく「べき」であると、私は言いたい。最後に、こんな事があった事を記しておく。胃ろうの手術が行われる前、母は鼻からチューブを入れて栄養摂取していたのだが、そのときの一日の栄養摂取量は1200kcalだった。胃ろうの手術を終え傷口が収まるまで一週間、母は一日600kcalの栄養を静脈から点滴で落としてもらい、次に胃ろうのチューブから水が流し込まれ、徐々に栄養剤が入れられるようになった。 それと平行して静脈の栄養剤の量は減らされ、最終的には胃ろうのみで栄養を取り込むに至った。が、5月中頃、何時までたっても一日800kcalしか栄養剤が入らない事を懸念して、いつ時ごろ元の1200kcalに戻るのかを、担当医に聞いて欲しいと、私は何度かナースに頼んでいた。その頃、母は日増しにやせてきていたのだ。ところが聞いておきながら、転院準備に追われて、私はうかつにもその事を忘れ去っていた。転院した日の午後、病院間の申し送りに800kcalの栄養剤を入れていると書かれている事を知った時、初めて自分さえも栄養価について忘れ去っていることに気づいたのだ。すぐに以前の担当医に連絡を取り、問い正した所、「すみません、忘れていました。 カロリーを上げて頂いて結構です。」との返答を得た。転院先の医師も、800kcalでは少なすぎると判断し、即刻1200kcalの栄養剤を母に与えたのだったが、その夜私はひどい自責の念に駆られた。どうして、以前の病院で摂取カロリーの低さを問い詰める事を忘れてしまっていたのか、と。医師に悪気は無い。毎日脳の手術に追い回されて、うっかりしていたのだという事は聞かなくてもわかる。そしてまた、(当然のことだが)私にも悪気は無かった。 ただ、引越しの準備などで忙しく忘れていたのだ。ナースは、担当の患者を多数抱えているため、医師からの指示に間違いなくその量を患者に投与する事で手一杯であろう。幸い、母は栄養が十分でなかった時期に大きな病をしなかったからよかったものの、体力が落ちていく中、万が一肺炎にでもなっていたら、と思うと今でも恐ろしくなる。そして万が一、その時期に肺炎などにかかって命を落としていた場合の責任問題を考える時、その責任が全て病院側にあると断言できない自分がいる。母にずっと付き添いながら、そんな基本的なことを医師に確認する事を忘れた自分の責任を感じずにはいられない。こうやって、「間違い」が生じるのだと身を持って知った。病院組織を理解すればするほど、「お任せコース」を選ぶ事の危うさを知る。それは組織に問題があると言うよりはむしろ、限界と言うものがあるからだ。もし、「お任せコース」を選ばざるを得ない状況にありながら、それでも何とかリスクを低くしたいと考えるなら、とにかく病院にいる時に出来る限りの情報を病院から得て、全てを記録する事をお薦めする。私の記録が完璧とは言いがたいが、基本的に1)体調(体温、尿量、排便、等)2)投与される薬剤の名前、作用・副作用3)検査や治療に対する説明4)副作用・合併症など、投薬や治療によって引き起こされる可能性のある問題等は、記録すべきであろう。そして、わからない事は徹底的に聞くなり、自分で調べるなりして理解に勤める事をお薦めする。あー、ウンチクすみません~ (汗)