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『為和卿集』類従群集。巻第二百四十二
▽ 天文四年六月(1535) 今月五日従 甲州 敵出張。廿七日に諸勢出陣。八月十 九日に万澤口にて合戦。同廿日に従 相州 氏綱兄弟 父子、何かに一万計にて出陣。同廿三日に相働。都留郡主小山田衆 。合戦終日侍りて未刻散。小山田 衆討捨七八百。三百六七十討捕。軈而廿三日に小田原へ帰陣。小田原衆手負二三百。討死衆は二人。河村與 太夫子也 天文五年正月十三日於 本城 彦九郎為昌興行當座(1536) ▽ 浦 霞 釣たるゝをのかすさひはことたらて霞の網にかゝる浦舟 ▽ 天文七年八月武田信虎亭にて 同名大井宗藝初て参會(1538) 之時信虎歌よみて 宗藝へ可レ遣之由申されける時當 座に彼宗藝歌道執心之法師にて侍る間かくなん いまよりや契置なんしるや君世々のねさしの和歌の浦松 ▽ 天文十一年二月十三日於 高雲齋 (1542) 晴信月次會 花 風 みよしのやその暁の花の香も金の御嶽にひくゝ山かせ ▽ 晴信同名民部少輔入道恰雲齋道鑑亭にて 庭梅各見は へるについてに ▽ 三月九日於 高白齋 當座 ▽ 初 花 とふ人の心や見んとけふまてに花はまたれてさらに聞らん ▽ 八月十五日於 板垣信方亭 會に ▽ 月前聞鴈 音に立て月もこよひの最中そと南にかへる鴈 ▽ 同當座 十五夜當日 月も今夜なたゝ秋に有耶無耶の心にさはる雲霧もなし ▽ 天文十三年二月三日甲州へ越とて 今河へ暇申とて富(1544) 樫民部大輔かたへ紅梅の枝につけてかく申遣 世はかくそ花も折しる姿見よ匂ひふかめてゆるし色なる ▽ 甲州於 晴信亭 月次會穴山信友頭役也 毎月十五日愚官越により九月十七日延 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019年03月05日 18時02分50秒
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