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2019年04月23日
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《柳沢吉里の和歌》

(古代から近世の文芸『武川村誌』一部加筆)

 柳沢吉保の男。幼名網干代または柳沢兵部安暉といい、元禄十二年十二月三日従四位下越前守に叙任され、同十四年御氏講を賜り松平伊勢守吉里と改めた。宝永六年丑六月八日家督甲斐守と改め四品侍従に至った。
 なお吉里は享保九年三月二十一日大和の郡山に転封の命を受けている。
 宝永八年二月府中一連寺において次の和歌を詠じた。
 
  池水のすめるこころの長閑さを問はゝ千年の松やこたへん
 
柳沢吉里の和歌《甲斐八景、選定企画》
 なお、宝永三年八月十五日住吉明神(甲府)に奉納した一〇〇首一軸、享保四年正月一日同社奉納一五首、五〇首一軸の和歌があると『甲斐国志』に記してある。
 また享保年中に吉里は甲府八景を選定企画したことは大きな事績であった。中院大納言通躬ら八人に八景の歌を請い、奏閲して中御門天皇の勅許を得たのである。
 甲府とは、現在の山梨県全体を意味し、八景選定の意図は近江八景(比良の暮雪、矢橋の帰帆、石山の秋月、瀬田の夕照、三井の晩鐘、堅田の落雁、粟津の晴嵐、唐崎の夜雨)に対抗したものであろう。
 恵林寺に秘蔵されている和歌巻物の表題には「甲府八景」と題されて、伏見宮中務卿邦永親王が執筆したものである。金瀾装帳の一巻を播けば流麗の文字で次のように展開する。
 
   夢山春曙 中院前大納言通窮卿
   きのふまでめなれし雪は夢山のゆめとぞ霞む春のあけぼの
    龍華秋月 武者小路参議実陰卿
名にしおはゝ峰なる秋の月やしるその暁の花のひかりも
    富士晴嵐 入江民部権少輔相尚朝臣
吹おろすあらしを見せて一むらのくももさほらぬふしのしら雪
    恵林晩鐘 外山前中納言光額卿
静かなる夕の鐘の声聞きてみれば心の弛もにごらず
    石和流螢 日野中納言輝光卿
石和川夏なき浪のよるよるは水の螢の影ぞ流るる
 金峰暮雪 久世三位通夏卿
月のかげは暮てもしばし色はれぬゆきぞこがねの峰にかがやく
    酒折夜雨 冷泉中納言為綱卿
暮ぬまのあらしほたへて酒折にまくらかるよの雨になるやど
    白根夕照 中山前大納言篤親卿
此夕べのこる日かげもはれていまむかふしらねの雪にくまなき
 
 以上が八景であるが、当時随分と人口に膾炙され、これらの影響を受けて、以後各地に地域を主題とする八景が流行した。
これらの影響を受けて、長松山萬休院も「寺境八勝」がある。





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最終更新日  2021年04月25日 05時52分34秒
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