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2019年06月15日
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カテゴリ:日本と戦争

大英帝国(イギリス)の世界制覇

 

著者 池田敬正氏・佐々木隆爾氏

    『教養人の日本史(4)』社会思想社 昭和42年刊 一部加筆

 

 

「この島(イングランド)が三千六百万人の人口のうち六百万人を維持しうるに過ぎず、また世界はわが商品を寺坏しようとしていることを考えれば、わが国民の生産品に自由な、開放された市場をあたえるような地球の表面を、一インチたりとも取らねばならない」と、

南アフリカを植民地として支配するためにどんな非道も辞さなかったセシル・ローズは一八九二年に述べていた。帝国主義だけがイギリスを救うとも彼は公言している。十九世紀の末になると、列強は一インチの土地も支配下に置こうとして、戦争にも訴えるようになる。帝国主我の時代がはじまったのである。

イギリスはその先頭を切った国であった。

植民地が新しい意味を持ち始めたのである。一八九二年で、イギリスが海外投資から得た純益は五四〇〇万ポンド、海外貿易から得た純益が一七〇〇万ポンド、世界一の商業国でさえも海外投資からの収入が貿易の三倍を越えているのだ。国内の大企業と固く結びついた一握りの金融資本家グループが、国内の産業への投資よりも、巨利を貪ることのできる植民地への投資に熱中するようになった結果であった。

国内では少数の大企業が産業全体を支配し、その大企業と結びつき、それを統制する大銀行資本が一国の経済全体を支配するようになっていた。独占資本主我の時代に入ったのである。国内の実入りのよい事業はみんな握ってしまったので、後進国でもっとぼろい儲けに有り着こうというのだ。事実、セシル・ローズは南アフリカで金とダイヤモンド産業を独占して、無一文から億万長者に伸し上がった。


 イギリスはどくから世界一広い植尺地を持っていた。すでに一九〇〇年には西ヨーロで全体とほぼ同じ面積をもつインドのほかに、アフガニスタン・エジプトおよびアフリカの諸地域など、世界全面積の四分の一にも達していた。植民地が投資の対象となれば、資本家たちの欲望は留まるところを知らず、植民地を奪うための戦争が次々と企てられる。イギリスが、金とダイヤモンドの産地であるポーア戦争(一八九九~一九〇二)は、その帝国主義的な植民地争奪戦争の開幕を告げるものであった。だが帝国主義戦争は、資本家を肥らせはしたが、国民からは戦争のための費用と兵士を吸いあげるだけであった。こうして世界はすべての弱国が、帝国主義列強により分割され、支配される時代に入り始める。


 日本も、欧米帝国主義諸国の植民地争奪の戦いに、大変おずおずしてはいたが、参加し始めたのである。

 






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最終更新日  2021年04月14日 06時18分02秒
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