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山梨県歴史文学館 山口素堂とともに

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2019年06月29日
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カテゴリ:山梨の歴史資料室

 山梨県 山申会 

 

『新人国記』朝日新聞社刊 昭和38年 一部加筆

 

甲州出身トップ級の財界人が集って、月に一度、築地「米田中」で、ご飯を食べる会がある。

 その顔ぶれ、小林中、小池厚之肋・山一会長、浅尾新甫・日本郵船会長、森武臣・富国生命社長・根岸嘉一郎二世、岩下文雄・東芝社長、水上達三・三井物産社長、新海英一・古河鉱業会長、進藤武左ヱ門・水資源公団総裁、小林米三・阪急社長ら十人は、この順で、前に紹介した。

 

 ほかに----近海郵船会長・雨宮謙次(甲府市)、三菱地所専務・小川勝(山梨市)、住友建設顧問・中沢英三(白根町)、三井物産副社長・長沢昇三(鰍沢町)、住友金属工業社長・日向方斎(下部町)、丸紅飯田会長・森長英(竜王町)ら。あわせて十六人。甲州財閥の今日を形づくる面々である。

 

 字義通りの「財閥」でないことは、前にお断りした。この集りも、食べて雑談するだけの財界・山梨県人会のようなものらしい。

 

 始まりは、敗戦直後。会の名を決めることになった。「ヤマザル会はどうだ」だれかがいい出して即決。「ヤマザルをもって自認するものばかりだからね」と浅尾。しかし、山猿会と書いては芸がない。「山甲会」を小林中が提案した。「サンシンカイ」と読ませる。

 甲州と、ヤマザルと。----明治三十四年真の甲府中学(いまの甲府一高)。新しい校長さんが来て、就任式があった。大島正健。札幌総長学校の一期生。クラークの直弟子である。紹介があり、演題に立った大島に、突如、猛烈なストーム(暴風雨)が襲う。ドンドンバクバク、講堂の床を、生徒が一斉に踏み鳴らしたのだった。

 新校長は一言も喋れない。赴任前「全国で最も扱いにくい中学が三つある。鹿児島・宮崎・そして山梨の甲府中」と聞いてきた。「これだな」と思う。これを見て、大島の一喝。

 「静かにしろ。このヤマザルどもッ」

 じつに影響力の強い教師だった。そのとき、ドンバタやったひとりに石橋湛山(増穂町)がいた。湛山は二度落第し七年目の生徒。

 「落第したおかげで大島校長に会うことができ、一生を支配するほどの影響をうけた。私は今でも書斎にクラークの写真を掲げている」と、その回想記にある。

 こうして「ヤマザルどもッ」の一喝にはじまる大島の在任十四年。大島の影響下に甲府中を卒業、いま、ヤマザル会にいるのが、新海、浅尾、雨宮・進藤(中退)・中沢・小林中・森長英、森武臣・水上。

蛮カラは明治の中学生一般だろうが、しかし、いったいなぜ、甲府中学が全国に抜きん出て山猿的だったのだろう。

 生徒は犬殺しの様な棍棒を持って町を闊歩した。二年生のころから、どえらいストをやる。雪合戦となると、真先に教師を雪ダルマにし、堀に叩き込んだ、などと古い同窓会誌にもやはり、歴史と荒れた風土との所産なのだろう。甲州は幕府天領であった。他所のように、おっとりした藩風文化などは育たない。圧政下、黒駒の勝蔵とか、ドモ安といった侠客の栄えた国だ。

 奔放な野生を、維新後そのまま都に持ちこんだのが甲州財閥。同じ血、同じ反骨で、その二世、三世が一時期、教師を手こずらせることになったのではないか。

 甲府中学時代の小林中。仲間の生徒三十人ほどをひき連れて巡業の相撲見物に出かけ、教室を三日間も空っぽにした。(統率力のサエは当時から、とみえる)

 あばれん坊の進藤。一年のとき大ゲンカ。他県へ転校させられる。

 日向方斉。中学ではない。早や小学校のとき、ストの総大将にかつがれ、いられなくなって郷里を出た。

 少年時代のワンパククぶりを、成功者はよくオーバーに語りたがる。が、このひとたちの場合は、どうも本物らしいのである。

 ……さて、今日のヤマザル会。いや、サンシン会。片足・根津ら先代の甲州財閥にくらべて、インテリで、お行儀がよく、十分に協調的でもある新時代の経営者ぞろいだ。同時にまた、戦後の撰‐興過程、それに続く激しい企衆説争では、やはりそれぞれ、伝統の闘志とマシラのような俊敏さが、大いにモノをいったに違いない。

 石橋湛山は、東川経済記者から戦後、政界へ。昭和三十一年、総理大臣。選挙区の関係で、このひとのことは、静岡県の項で紹介した。

 

 甲州財閥・補 古屋徳兵衛・赤尾好夫・小佐野賢治

 

『新人国記』朝日新聞社刊 昭和38年 一部加筆 

  

 昨秋、伊豆油のオーシャン・ヨットレース。途中から猛烈なシケになり、死者・行方不明十人、四十三隻が参加してゴール久里浜にはいったのは、たった九隻。そのうちの一隻に「ネプチューン八世」号というヨットがあった。艇長・百貨店松屋社長の古屋徳兵衛。

多くの甲州財閥と同じく、今日の松屋も、スタ-トは、ささやかな呉服行商だった。初代・古屋徳兵衛。白州町(北杜市)生れ。明治二年、横浜に呉服店鶴屋を開く。当時、甲州財閥創業のひとびとが、生糸や洋銀相場で興亡はなばなしいレースを展開するわけだけれど、なかで徳兵衛はめすらしく手堅い商い、また、徳望もあった。同二十二年、東京・今川橋の松屋を買収。呉服商から百貨店

 古屋徳兵衛二世は松屋銀座店を開く、大震災の直後でもあり、ここは甲州人らしい大胆な勝負。いまの古屋徳兵衛は三世。横浜生れ、東北大卒、名古屋地裁判事に任官したとき、伯父、徳兵衛二世の突然の死去。昭和十二年、襲名して社長になる。戦災と接収とで戦後のデパート競争に立遅れ、苦しいレースだった、という。関東百貨店協会会長。ヨットは三十年から三年間スナイプ級日本選手権を保持した腕前。五十二歳。

 

欧文社社長・赤尾好夫 

 

石和町の肥料問屋に生れ、東京外語卒。「政治はやるな」「人とケンカするな」ふたつの条件つきで父親から四百円借り、出版と受験生相手の「欧文社通信添削会」を始める。最初の受講者十七人。それが三十年後のいま「蛍雪時代」二十万部、ほか雑誌、参考書、辞書類で年間扱い高およそ四十億円。出版社として、トップから五、六番目にある。

 また、民放時代、いち早く受験講座、英語諸宗をラジオとアレビに載せた開拓者。NET会長。

 「蛍雪時代」二十万部というと、全国受験生の二人に一人は、これを読んでいることになる。いま四十歳代の大人たちも、受験勉強中、一度は旺文社出版物の何かに励まされ、何かを学んだことだろう。勉強の進め方。人生いかに生きるか。健康相談。「戒名は赤尾さんにつけてもらいたい」。そう遺言して病死した受験生か千葉県にあった。「親がわり、先生がわり、親切一本で二十年間打ちこんできた」と、赤尾。暗い入試制度の影の、知られざる教育者でもある。五十六歳。

 代表著作「英語基本単語熟語集」初版から二十年、いまでも毎年三十万部は売れる。印税の一部で郷星に「赤尾育英会」設けた。

 

国際興業社主・小佐野賢治 

 

勝沼町生れ。小学校を出ただけで、戦争中、東京・田村町に小さな自動車部品屋を開いた。戦後まもなく五島慶太の斡旋で東都乗合自動車に手を入れ、二十八台の本炭車が白煙あげて動き出す。いま、東京、大阪はじめ各地に計三千三百台のバス、ハイヤー、タクシーを持ち、従業員一万。自動車部門では最大の大手だ。

 外国車がまだ珍しいころ、一万トンの船をチャーターしてハワイから中古外車三百台を輸入、日比谷公園でアッというまに売り尽したことがある。飛行機何台かを借りきって、北海道へ社員の慰安旅行をしたこともある。甲州出身財界人の名簿をチョットと見て「ぼくが、いちばん金持だな」という。四十六歳。無邪気で豪放な、乱世の雄。

 

ほかに、日立精機社長・市川政章(東山梨郡春日居村)、第一証券社長・小川三郎(韮崎市)、内外編物社長・小林雅一(韮崎市)、東芝炉材社長・五味六四郎(若草町)、西端製鋼所社長・望月要(甲府市)。

 甲府に、ブドウ酒「サドヤ」の今井友之肋。山梨放送社長・野口二郎。

 

 政界 

 

元労動大臣・鈴木正文(韮崎市)、いま科学技術政務次官の内田常雄(甲府市)、富士急行会長で衆議院議員・堀内一雄(御坂町)、元知事で参議院議員・吉圧勝保(甲府市)。

 参議院社会党に元日教組委員長・岡三郎(一宮町)、元全電通委員長・鈴木強(下部町)。

 また、愛知県知事四期目の桑原幹根(富士吉田市)、元参院議員で、立正大学学園理事長・小野光洋(石和町)。

 

 官界

 

 食糧庁長官・大沢融(御坂町)、建設省次官・山本三郎(山梨市)。






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最終更新日  2021年04月12日 17時00分50秒
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