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日本神話の神々 波邇夜須毘古神 尿から生まれた神
伊邪那美神の病気中、尿より生まれたというけったいな神でござる
伊邪那岐神・伊邪那美神の夫婦の神が、淡道之穂之狭別島(淡路島のこと)をはじめ、伊予の二名島(四国のこと)・隠岐の三子島・筑紫島・伊岐島・津島・佐渡島・大倭豊秋津島の大八島国をお生み(国生み)になったが、その次には神生みか行なわれた。 そして生まれたのは、岩石・大砂・家屋・風雨。海川・山野・草木・渓谷・船舶・五穀などの神々です。しかし、最後に火之迦具土神という火の神を生んだ時に、伊邪那美神はみほと(陰部)を火傷し、瀕死の床に伏すことになります。病臥中に、その嘔吐や屎・尿からも鉱山・粘土、潅漑用水、食物の神々が生まれた。そのうちの屎(くそ)から生まれたのが、本項の主人公です。そして最後に生まれた食物の神の子 が伊勢外宮に鎮座まします、豊宇気毘売神(豊受比売神)です。 これらの神々は自己の分担すべき職能を示しているのです。これは、各氏族かその職能に応じて皇室を中心に系譜化されたように、これらの神々も皇室の始祖伊邪那岐神、伊邪那美神の二神の子孫として、その職能を分担することで、神統譜の中に組み入れられたのです。 そして火の出現は文化の始まりを象徴しています。閑話休題、ここで本項の主人公に筆を進めてみよう。 後序に唄天皇御治世の時、一夜、夢に、天神の御垂訓あり、天香山の社中の土をとって、八十枚の皿や茶碗を限り、 ちょうどその頃、天皇に反抗したものが兵をあげ、天香山に陣を張っていたので、椎津彦、弟猾の二人をもって、老父老婦に擬し、敵軍中をひそかに進み、天香山の土をとってきてそれで、八十枚の皿、茶碗を作って、天皇自ら盛大なる祭祀をなされたので、賊徒が平定したといいます。 この天香山の近所の大和国(奈良県)高市郡に埴土安神社というのがあり、これは、この埴土彦神を祭ったもので、上古の土器のいかに大切であったか、そしてこれを利用して、天皇が御勝利なされたのは、すなわちこの神の御威徳であるとの説もあります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年06月05日 17時08分22秒
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